エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XIII-6

2021-08-09 11:08:38 | 地獄の生活

依頼人は顔を赤らめた。真実を告白するには勇気が必要で、彼には辛いことだった。

「つまりこういうことです」とついに彼は言った。「債権者の中には私の敵がおりまして、強制和議(破産手続において,破産的清算が破産債権者にとって必ずしも利益にならないことから,破産者の経済的立ち直りを助けて債権の回収をはかることを目的としたもの)に応じてくれそうもないのです……もうそう決まりましたもので……つまり私の財産一切合切を取っていくというのです……私は一体どうなるんでしょう? 飢え死にするしかないんでしょうか!」

「それは痛ましい未来図ですね」

「でしょう? だからこそ、お願いに上がったわけで……もし何とかなるんでしたら……危なくないような方法で……私は正直者なんです!……その、財産の一部をですね、なんとかできたら……こっそりと……言っておきますが、自分のためじゃないんですよ!……私には娘が一人おります。まだ幼くて……」

フォルチュナ氏は相手の取り乱した様子が気の毒になってきた。

「つまりこういうことですね」と彼は相手の言葉をさえぎって言った。「あなたは債権者からご自分の資産の一部を隠しておくことはできないか、と思っておられる」

このように端的に自分のあまり自慢できない意図を表現され、石炭卸商のルプラントル氏は椅子から飛び上がった。もう少し遠回しに言って貰えれば彼の実直さも顔が立ったであろうが、このようにあけすけに言われるとぎょっとしてしまう。

「そ、そんな!」と彼は抗議した。「不正を働いての金を守るぐらいなら頭を撃ち抜いて死んだ方がましですよ! 私がやりたいことは自分の債権者のためでもあるのです……私は妻の名前で事業をやり直したいのです。もしそれが上手く行けば、すべての負債が返済できます。そうですとも、元金も利息もすべて! ……ああ,事が私だけの問題なら良かったのですが……私には子供が二人いるのですよ。娘が二人。ですので……」

「よくわかりました」とフォルチュナ氏はきっぱりと言った。「あなたのお友達のブスカさんにして差し上げたのと同じ方法で行きましょう。間違いのない方法です。あなたが破産を申し立てる前にある一定の額の金を集めることが可能でしたら……」

「できます。ストックしてある商品の一部を相場より低い価格で売れば拵えられます。ストックは大量にあるので……」8.9

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1-XIII-5

2021-08-08 08:51:18 | 地獄の生活

そして彼女たちはまさに一番高いところから転落するので一番の深みにまで沈み、最も文明から隔たった不浄な掃き溜めのようなところに行き着く。

「ああ早く明日にならないかな」とフォルチュナ氏は思っていた。「朝になったらすぐ仕事に取り掛かるんだ!」

しかし明け方に彼はうとうとし始め、九時頃に家政婦のドードラン夫人が来たときにはすっかり寝入っていたので、彼を揺り起こさなければならなかった。

「従業員の人たちはもう来てますよ」と彼女は大声で彼に言った。「お客様が二人お見えです」

フォルチュナ氏はベッドの足元に飛び降り、十五分も掛からないうちに身支度を済ませ、自分の執務室に入りながら部下に声をかけた。

「お通ししろ!」

こんな日に来客を迎えるのは全く気の進まないことだったが、シャルース事件がまだどうなるか分からないというのに他を全部断るのは愚かな行為であろう。

最初に入ってきたのはまだ若い男で、身なりは裕福そうだが俗悪なものだった。フォルチュナ氏とは初対面の彼はまず自己紹介から始めるのが得策と判断したようだ。

「私はルプラントルと申しまして、石炭の卸売商を営んでおります」と彼は言った。「この度は友人のワイン商をやっているブスカから貴方を紹介されまして」

フォルチュナ氏は頭を下げた。

「どうかお掛けください」と彼は答えた。「貴方のご友人のことはよく存じております……ええと、私の思い違いでなければブスカさんの三度目の倒産の際、ご相談に応じさせていただいたと存じますが……」

「確かに、そのとおりです……で、今回伺いましたのは、私もブスカと同じ状況に陥ったからでして……商売が思わしくなく、今月末が期限の債務が相当な額でして……そんなわけですので……」

「貸借対照表を提出して破産を申し立てねばならないでしょうね」

「ああ、そんな!それを恐れているんです」

この依頼人が何を望んでいるか、フォルチュナ氏にはよく分かっていた。だが彼は主義として、依頼人に全部説明をさせ、決して先回りをしないと決めていた。

「事情をご説明くださいますか」と彼は言った。8.8

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1-XIII-4

2021-08-05 16:28:32 | 地獄の生活

 フォルチュナ氏はヴァロルセイ侯爵に用立てた四万フランが無駄になったことを知ると最初は激怒し、それはすぐに失われた金への嘆きに代わった。それも尤もなことである。しかし、彼はすぐに作戦を変更し、自分にこう言い聞かせた。ド・シャルース伯爵の突然の死で自分はこれだけの損失を被ったかもしれないが、あれだけの莫大な遺産の相続人をうまく見つけ出すことが出来れば、そこから得られる儲けはこの損失を補って余りあるものになるだろう。あぶく銭はたちまち消える、などと言うが、あっけなく消えてしまったものは同じようにすぐまた戻ってくるものだ、と。

彼には希望を持つ根拠があった。かつてド・シャルース伯爵からマルグリット嬢を探し出すようにという依頼を受けたことがあったので、彼は伯爵の内部事情をかなり知ることができるところまで入り込んでいた。フォルチュナ氏のような男にとってそういった知識は必ず役に立つものである。彼がヴァントラッソンから得た情報は彼の期待を大いに膨らませ、こんな思いが口から出るほどだった。

「そうとも、そうとも! これは災い転じて福となる、ということになるかもしれんぞ」

しかし、ド・ヴァロルセイ侯爵との嵐のような会見の後では、イジドール・フォルチュナ氏は殆ど眠れず、その僅かな眠りも苦しいものだった。どんなに強がっても、四万フランがあのように失われたとあってはとても楽観的な気分にはなれないものだ。彼にとっては骨の髄まで惜しくて堪らない金であった。これまで自分が乗り越えてきた危険及び自分自身に課してきた苦難が大きければ大きいほど執着心も大きくなる。それでも彼は自分を励ましてこう言ってみた。『その三倍儲けてやるのだ』 しかし心は晴れなかった。なんとなれば、儲けは可能性に過ぎず、損失のほうは確たる現実だったからだ。

彼はベッドの中で何度も何度も寝返りを打ち、あれこれと策を練ろうとしたがそれも尽き、これから征服せねばならない困難に向け、覚悟を決めようとしていた。彼の計画は単純なものだった。ただその実行がおそろしく複雑なだけだった。ド・シャルース伯爵の妹がもしまだ生きているなら、彼女を見つける、もし彼女が死んでいるならその子供たちを見つける、そうすれば俺には結構な額の金が入る……そうなりゃ文句なしだ……とは言うものの、どうすればいい? 三十年も前に家族を捨てて出ていった女を見つけるのにどこを探せばいいというのか? どこへ行ったか、誰と一緒だったのかも分からないというのに。それから彼女がどんな暮らしをしたか、どんな運命を辿ったか、どうしたら分かる? どの社会階層から、どの世界から捜索を始めればいい? ああ全くの難題だ!

こういう大家の娘が何らかの気の迷いで親の家を出ていくとなると、必ずと言っていいほど惨めな生活を経験した後、社会の最底辺に身を落とすと決まったものだ。下層階級の娘ならば貧乏や苦労と戦うことを知っているから否応なく鍛えられ、自分が身を落とすにしてもその程度を知り計算できる。そしてある程度自分の運命を自分の手で制御することができる。ところが上流階級の令嬢たちはそうではない。彼女たちは全く無知なので、自分の身を守ることもできず、自己を放擲することになる。8.5

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