エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XIII-11

2021-08-21 13:04:07 | 地獄の生活

この点検作業は毎日行われるものであったが、今日は会計係が報告をしている間、フォルチュナ氏は心ここに在らずといった様子であった。彼はしょっちゅう手を止め、外からほんの小さな物音が聞こえてくる度に耳を澄ました。というのは、石炭卸売商人との面談の前に彼はヴィクトール・シュパンをド・シャルース伯爵の下男のカジミール氏のもとに送り、伯爵に関する最新の情報を集めてくるよう言いつけていたのだ。それから一時間以上も経つのに、いつもなら仕事の速いシュパンがまだ戻ってきていなかった。

しかしついに彼が姿を現したので、フォルチュナ氏は会計係を身振りで追い払い、シュパンの方に向き直った。

「どうだった?」と彼は聞いた。

「もう誰もいませんやね」とシュパンは答えた。「伯爵は亡くなりました……彼は遺言を残さなかったっていう話です……てわけで、あの綺麗な娘さんは路頭に迷うことになりました」

フォルチュナ氏の悪い予感は的中したのだが、彼は眉ひとつ動かさなかった。静かな口調で彼は言った。

「カジミールは約束の時間に来るのか?」

「出来るだけ行くようにする、と言ってました……奴が来るって百スー賭けてもいいっすよ……奴さん、フォルチュナさんのことを買ってるんすよ。何かおいしいもんにありつけそうなら十里の道でもやって来やすよ」

フォルチュナ氏もシュパンと同意見だった。

「それならいいんだが」と彼は言った。「ところでお前、随分道草喰ってたじゃないか、ヴィクトール」

「ま、そうですがね、俺の方でもちょいとした仕事がありやしてね。百フランの仕事なんで、ご勘弁ねがいやすよ……」

フォルチュナ氏は眉をひそめた。

「仕事熱心なのは結構なことだが」と彼は言った。「お前、ちょっと金、金って言いすぎじゃないか、ヴィクトール、ちょっとどころじゃないぞ……いくらあっても足りないぐらいじゃないか!」

剽軽な若者は悪びれることなく顔を上げ、もったいぶった調子で答えた。

「あっしには面倒を見なきゃいけない責任がありますんで」8.21

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1-XIII-10

2021-08-20 11:10:08 | 地獄の生活

「昨日訪問した債務者数は?」とフォルチュナ氏が尋ねた。

「二百三十七人です」

「で、受け取り額は?」

「八十九フランで」

イジドール・フォルチュナ氏の顔に満足を表す皺が寄った。

「悪くないな」彼は言った。「なかなか良いじゃないか」

そして仕切り棚の中から分厚い目録を取り、それを開きながら言った。

「ちょっと待った!記録しておこう」

すぐに奇妙な作業が始まった。フォルチュナ氏が名前を一つ一つ読み上げると、会計係が帳簿の余白に書き込んである数字を答えていった。

「〇〇氏、××氏……」と名前を挙げられる度に、会計係は次のように続けた。「…は二フラン、…は転居しました、…は留守、…は二十スー、…は支払い拒否……」

フォルチュナ氏はどのようにしてかくも多くの債務者を見つけることができたのか? そしてこのような少額の勘定に甘んじているのは何故なのか? ……答えは簡単だ。偽りの収支決算で帳尻を合わせる仕事の他に、フォルチュナ氏は破産後の清算に入っている事例にも目を光らせていた。その際全く無価値になったとみなされる大量の債券証書を競売でただ同然で買い込む。そして他の者なら一スーも手にすることのないやり方で、彼は儲けるのである。手荒な真似などはしない。それどころか、彼のやり方は辛抱強さ、物腰の柔らかさ、礼儀正しさに特徴づけられる。そして疲れを知らぬ、決して諦めぬ粘り強さによって目的を遂げる。ある債務者が彼にこれこれの支払いをするべしと決定すれば、そこでおしまいとなる筈であるが、彼はその債務者を放ってはおかない。二日に一度は部下に会いに行かせ、後をつけさせ、付きまとい、うるさがらせる。部下たちに彼を包囲させ、家に帰るときも、仕事に行くときも、カフェに行くときでも常にどこでも、絶えず付きまとう。但し、常に最高に洗練された礼儀を忘れない……。このようにすれば、いかに払い渋る相手でも、どんなに金詰りの相手でも最終的には降参する。彼らは怒りに駆られ、このようにしつこく付け回すのをやめさせるために、なんとか金を工面するのである。フォルチュナ氏は五十サンチームからでも受け取るため、彼らは支払う。

ヴィクトール・シュパン以外にも五人の部下がおり、彼らは日中債務者を訪問する。彼らは毎朝巡回表を配られ、夕方には会計係に報告する。そして会計係はその日の総括を主人に伝える。このちょっとした仕事が相続人探しと破産処理以外の収入源となる。フォルチュナ氏の持つ複数の職業の中で、これが三番目であり最後のものである……。8.20

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1-XIII-9

2021-08-18 12:55:35 | 地獄の生活

ルプラントル氏は、こうなったらもう仕方がないと観念した男の引き攣った笑いを浮かべ、それでも何らかの厚意を要求しようとした。が、フォルチュナ氏は占い師のような厳粛さを崩さなかった。彼が三千フランと引き換えに渡したのは、厳密に先ほど彼の言った額の株券であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。更に重々しい声でこう付け加えさえした。

「ちゃんと十二万フランあるかどうか、お確かめください」

相手は数えもせず、紙屑の株券をポケットにねじ込んだ。が、立ち去る前に今月末彼の債権者たちに貸借対照表を提示する肝心なときには力添えをしてくれるという約束をフォルチュナ氏に取り付けた。債権者たちに「この人は随分と不運に見舞われた人だ」と思って貰わねばならないからだ。

この手のちょっとした仕事はフォルチュナ氏のお手の物だった。相続人不明の遺産を相続しうる人間を探すという仕事以外では、彼はもっぱら厄介な決済問題に従事し、特に破産処理に関しては彼の右に出る者はいなかった。今ルプラントル氏に示したような巧妙な策により、彼は大儲けをしたのである。現在ではよく知られているこのやり口は、元はと言えば彼が発案者のようなものであった。彼のやり方のえげつない点は、彼の忠告に従う者は、彼がふんだんに持っている無価値な有価証券を、逆らえば密告されるという条件のもと彼の言い値で買わなければならないということである。これはまさに、無料で診療を行う慈善的な医者のやり口と同じだ。彼らは病人に自分の治療法以外は禁じ、それを相場の二倍の報酬で与えるのである。どんな発明の特許でもこの種の発見ほど独占的な搾取を保証するものはない。破産が殆ど日常的な経済戦略となり果てた今の時代、フォルチュナ氏の真似をする者はおそらく後を絶たないであろう……。それでもやはり彼は、危険を回避しつつ破産宣告をする巧みな方法を堂々と伝授する悪賢い人間の一人であった。

次にやってきた依頼人は、単に地主との間に持ち上がった問題を相談に来ただけだったので、フォルチュナ氏はさっさと片付け、その後執務室のドアを半分開けると大声で呼んだ。

「会計係!」

それに応えて、ヴィクトール・シュパンを思わせるようなみすぼらし身なりの三十五歳の男がすぐにやって来た。片手をカバンの中に、もう一方の手に帳簿を携えている。8.18

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1-XIII-8

2021-08-15 09:34:29 | 地獄の生活

しかし相手は最後まで言わせなかった。

「ああ分かりました!」とルプラントル氏は叫んだ。「分かりましたとも。私は在庫を売り払い、安心してその金を自分の懐に入れられるというわけですね。私の財産状況を示す何万フラン分かの株券がそこにあるわけですから……」

彼は喜びに有頂天になった。

「貰います」と彼は注文した。「十二万フラン相当の株券を。それと、何種類かの株を取り混ぜてくださいよ。債権者たちに多種類の株券を見せてやりたいので」

フォルチュナ氏は鹿爪らしくまるで紙幣ででもあるように株券を数え、選り分け始めた。その間にルプラントル氏は財布を取りだした。

「おいくらになりますか?」と彼は尋ねた。

「三千フランです」

相手は飛び上がった。

「三千フランですって!」彼はオウム返しに言った。「御冗談でしょう! これらは十二万フランという額面のただの紙屑で、一ルイの値打ちもないじゃないですか」

「私なら百スーの値打ちもない、と言いますね」とフォルチュナ氏は冷たい口調で返した。「確かに言えることは、債権者に弁済するためにこれらを必要としているのは私ではないということです。ところが、貴方は違う。これらの紙屑があれば貴方は少なくとも十万フランを浮かせることが出来る。私が頂くのは三パーセント、大した数字ではありません。そういうことです。私は誰にも強制はいたしません……」

それから至極意味ありげな口調で彼は付け加えた。

「これらの株券は探せばもっと安く手に入れられるところもあるでしょう。が、ご注意なさった方がよろしいです。他を当たったりしていると、債権者に怪しまれてしまいますよ」

「この悪党、俺を密告するつもりだな」とルプラントル氏は思った。してやられた、と気づいた彼はため息を吐いて言った。

「それじゃ三千フランで手を打ちましょう。でも、お願いしますよ。もうちょっと色をつけて貰えませんか? 二万フランほどおまけに付けて貰うのはどうでしょう」8.15

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1-XIII-7

2021-08-12 12:46:51 | 地獄の生活

「ということでしたら大丈夫ですよ。売って、その代金を安全な場所に保管することです」

良心の咎めるルプラントル氏は耳を掻いた。

「あの、お言葉ですが」と彼は言った。「私もその方法は考えました。ですが、そのやり方は、その……不正直と言うか、酷く危ないやり方のように思えるのですが……。私の資産が減少しているのをどうやって説明したらいいのですか?私の債権者たちは私の敵なのです。なにか怪しげな素振りを嗅ぎつけたら詐欺破産として私を告発するでしょう。そうしたら私は刑務所に放り込まれ、そして、そして……」

フォルチュナ氏は肩をすくめた。

「私が方策を提案するときは」彼はきびきびと先を続けた。「危険なしにそれを遂行する方法も併せて提示します。よくお聞きください。仮に、あなたが現在ではすっかり値打ちが下落した株を高価な価格で買ったことがあるとしましょう。あなたはその株をあなたの資産として記載することはできないでしょうか? そして安全な場所に移しておいた金額を書いておくのです。あなたの債権者たちはその株の現在の価格ではなく、以前の額を鵜呑みにするしかありません」

「なるほど! ですが残念なことに、私はそのような株を持ってはいません。ですから……」

「今買うのですよ!」

石炭卸商のルプラントル氏は目を丸くした。

「え、あの、すいません、よく分からないのですが……」

彼は実際のところ全く理解できなかったのだが、フォルチュナ氏は具体例を用いて理屈を説明していった。彼は大きな鉄製の金庫を開き、何年か前に国中に出回っていた株券の大きな束を、目をぱちくりさせている依頼人に見せた。これらの株は大勢の無知な人間や貪欲な愚か者たちの夢を打ち砕いたものであった。ティフィタ鉱山、ロベール操舵装置、大陸輸送、ベルシャム炭鉱、グリーンランド漁場、相互割引銀行等々の株券、社債などである。それぞれ一時的に脚光を浴び、証券取引所で五百フランあるいは千フランで取引されたこともあるが、現在では紙の値打ちしかない……。

「よろしいですか」とフォルチュナ氏が言い始めた。「仮にあなたが引き出し一杯にこれらの証券をお持ちであるとしましょう……」8.12

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