◎パイドン
(2012-11-22)
ソクラテスが毒杯をあおって身体が次第に冷えていく状況を自ら実況中継したシーンのあるのが、パイドン。
パイドンにある彼の臨終観は、このようなものだ。
まず、悪人が死ねば、悪人が積んできた悪徳もご破算になると思っているが、魂は不死にして不滅であるがゆえに積んできた悪徳の報いから死後も逃れることはできない、と戒める。
人が死ぬとダイモーン(神霊)がその人を待っている。そのダイモーンは彼が存命中に彼を見守ってきたダイモーンだ。
このダイモーンが彼を案内して中有に連れて行く。
中有で裁きの庭に立つ。
裁かれた後、ダイモーンと一緒にハデス=死者の国に旅立つ。
死者の国でしかるべき期間過ごした後、ふたたび別のダイモーンに連れられてこの世に転生してくる。
こうした輪廻転生を何度も繰り返す。
このような死生観は、チベット密教をはじめとする仏教のそれと同じで、おなじみのものである。
パイドンでは、死後の世界では、至る所で分かれ道が多数あるので道に迷いやすいから、ダイモーンが道案内をしなければならないと、うがった説明をしているので、ソクラテスは自分でそれを見たことがあるのだろうと思う。
只管打坐で行く人は死後の世界がどうこうという話はあまり問題にしないものであるから、ソクラテスはクンダリーニ・ヨーギであったことがうかがえる。
ソクラテスは、こういう死生サイクルを見たのだろう。
更にソクラテスは、法華経ばりの「まことの大地」を見た感動の経験をも語っているのだ。(続く)