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絶対に笑ってはいけない行進曲軍艦その1

2011-02-17 | 海軍

先日CD「旧海軍軍楽隊行進曲集」を注文しようとしてこんなものを見つけました。
永久保存版「軍艦マーチのすべて 瀬戸口藤吉生誕130年記念」
何の気なしに注文し、週末にパソコンで聴いていたのですが、一曲おきくらいに

∵:.(:.´艸`:.).:∵ぶっ 

(;゜;ж;゜; )ブッ 


とやっているので家族に不審がられ、結局みんなで聴くことに。
これ、家族だんらんにお薦めです。
家族の会話が最近なくてお困りの方、これさえあればお茶の間がたちまち笑いに包まれます。

ご存知、名曲行進曲軍艦の色々なバージョンばかりを集めたもので、もうなんというか、
これは海軍ファンの方には、そしてこの曲を聞くと血沸き肉躍るタイプのあなたには、
ぜひ聴いていただきたい!

というわけで、今日はこのCDを、楽曲解説いたします。


あらためて言うまでもありませんが、この曲は軍楽隊員瀬戸口藤吉の手によりなる
帝国海軍軍楽隊の最大の遺産です。
「星条旗よ永遠なれ」「旧友」と並ぶ世界三大行進曲と言われることもあります。
シュトラウスの「ラデツキー行進曲」がなぜない?という個人的な疑問がないでもないのですが、
その話はさておき、名曲であるがゆえこの軍艦マーチ、あらゆる場所で、あらゆる形態での
レコーディングが残されているのです。
この企画はその「あらゆる軍艦マーチ」を一堂に集めて聴き比べをしましょう、というもの。

軍艦行進曲そのものについてはまたいつか書く日もあると思いますが、今日はこのCDです。
同じ曲ばかりなんと26種類が集められております。

もちろん、なにがオリジナルかその辺をきちっとするために、まず海上自衛隊の基本演奏があります。

しかし、元々のオリジナルたる「海軍軍楽隊初録音」を聴いてみると・・・

笑ってはいけません。
笑ってはいけませんが、とてつもなくヘタです。
オーケストラと言ってもおそらくせいぜい10人程度の編曲で行われたと思われるこの録音、
明らかに演奏レベルが基準に達していない楽団員が何人か混じっており、うちの息子でさえ
「あ、間違えた」
と気づくほどのミスを残してしまっています。

それもそのはずで、当時の日本には録音をする機材もなければスタッフも無く、
レコーディングは海外の会社から技術者が出張レコーディングに来ていたのです。
当然音源は一発取り。
スタジオ機材使用料人件費は海軍軍楽隊の年間予算を超えたのではないでしょうか。
とにかく録音などおそらく生まれて初めての楽団員ばかりだったに違いありません。
皆さんきっとカチンカチンにアガって録音したのでしょう。

それと、当時は現在のものとオーケストレーションはもちろん構成もだいぶ違います。
主旋律に戻らないで終わってしまうのです。

そして、これにコーラスが附いたものもあるのですが、この歌がまた
聴くからにカチンカチンの凍らす、じゃなくてコーラス。

なんというのでしょうか、明らかに西洋音楽の発声とか、今の歌の歌い方とも全く違う、
なにしろ歌の基本というものが全く分かっていないヒトのそれなのです。
そのなぜかとてつもなく投げやりでやる気の無さそうに聞こえる唄い方は、
今の感覚で判断すると物凄く奇異なものに思えるほどです。
当時の日本人は今と全く違う発音や言語リズムに生きていたのであろうか、
と考えさせられる貴重な録音です。

歌といえば、朗々とした美声を聞かせてくれる独唱バージョンが三曲。
そのうち一曲はあの東海林太郎唄、指揮は作曲した瀬戸口藤吉。
後二人はオペラ歌手らしいのですが、正直言ってこちらの二人の方が明らかに上手です。
しかし、この東海林太郎さんは一世を風靡したほどの歌手ですから、
当代一の人気歌手が歌う、というところに企画目的を置いたものでしょう。


海軍軍楽隊の最高位まで登りつめた内藤清吾軍楽少佐指揮のものも遺されています。
この内藤軍楽少佐によって行進曲軍艦は磨き抜かれたといってもよく、海軍軍楽隊を指揮する当時の録音は、
現在のバージョンとほとんど変わりありません。

唄といえば、最初の方に
「ただのおじさんたちの歌アカペラバージョン」
「ただのおじさんたちの歌オーケストラ伴奏つきバージョン」
というものがあり、何かと思いきや、それぞれ
「海軍兵学校出身者」「海軍機関学校出身者」の合唱です。
やはり当事者の歌と思って聴くと特別に感慨深いものがありますね。


さて、同じ曲なのに、演奏する人たちが変わると曲のイメージが、そして曲そのものが
オリジナルとは一億光年のかなたに離れてしまうという例があります。

パリ・ムーラン・ルージュのバンドによる演奏

この勇ましい軍艦マーチが、パリの、おフランスのエスプリを漂わせ、
バンジョーとアコーディオンの入ったアンニュイでボング―でトレビアンな響きになってしまいました。
中間部なんて、ジプシーバイオリンのすすり泣くビブラート附きざんすよ。

我が海軍の潜水艦隊がパリに行ったとき、ムーランルージュでは日本軍人が入って来ると
この曲で歓迎したという話がありましたが、これだったんだー。
伊潜のみなさんが「ここで絶対に笑ってはいけない」と我慢したかどうかは記録にありません。

そして、これは、全く笑っては失礼というか畏れ多いのですが、
エリス中尉的にもっとも笑ったオーケストラバージョンはなんとあの
ベルリン・フィルのゴーヂャスなフルオーケストラバージョン

もう、ストリングス効かせまくりのイントロからして
「ぶーっ」(AA省略)
だったのですが、一言で言うと
「良かれと思ってアレンジてんこ盛りにして全く違うものになってしまった」

イントロに続いて、まるでウィンナー・ポルカのような軽やかなメロディ・・・
もう、あっちこっち和声変更してるし。
こちらの方が和声的には完成度が高い、ってか?いや確かにそうかもしれませんが。
・・・おお!そこでオブリガート入れる?それも低音楽器で。
わあああ、なんでそこコード進行変えるかな。
なんだか中間部分に、勝手にヘンなハーモニー入れてる金管楽器の人が一人いるんですけど。
人数がいっぱいいるからって、余った人員用に対旋律作曲しないでほしいんですけど。
みんな上手いのは分かった。あんたらは上手い。
しかし指揮者がトスカニーニでもフルトヴェングラーでもないのはなぜ?
聞いたことのない指揮者の指揮でやっつけ仕事ワンテイクOK?
へ?そこ繰り返しますか。そこは原曲では付け足しなんですよ。

・・・・終わっちゃったよ。元のメロディに帰らずに。

一言で言うと
「極上の三田牛の赤身だけを使って作ったハンバーグ」



てな感じでした。
この、上等で高額だけど美味しいとは言えないハンバーグ風味のものは、
フランスのオケのもの、ドイツポリドールオケのもの、そして、ハッセルマン編曲のもの、
と全部で4曲あります。

実はこのやたらヨーロッパ風味の軍艦アレンジについては、こんな話があるのだそうです。

明治44年(1911年)イギリス国王ジョージ5世の戴冠式に我が海軍の
「鞍馬」と「利根」が派遣されました。
このとき軍楽隊を率いていたのがご存知瀬戸口藤吉。
滞欧中、ドイツ海軍軍楽隊長のハッセルマンに行進曲「軍艦」の楽譜を見せたのです。

これは、西洋音楽の後進国と君たちのいう日本にも、こんな素晴らしい曲がある!
そしてそれを作ったのはこの私である!
と、瀬戸口一世一代の自信作として、鼻高々の自慢であったのと思うのですが、なんと
キールから次の滞在地マルセイユにいた瀬戸口の元に
「ハッセルマン編曲、ドイツ風軍艦」
の楽譜が届いたのです。

それは、このCDで聴くことはできますが、ベルリンフィルのものと同じく
「和声はこちらの方がより複雑である意味音楽的には優れている」
という、言わばメロディを全く変えないで作り直された「別の曲」でした。


当然瀬戸口は気分を害します。


ハッセルマンにすれば
「うん、日本の作曲者にしてはよくできたが、こっちの方がいいだろう。
我々ドイツ人ならこうするがね。はっはっは」
みたいな、相手を下に見る気持ちがあったのでしょう。
同じ音楽関係者として、ハッセルマンのこの行為は必ずしも好意からでなく、 
音楽国に生まれた者の持つ、新興国作曲家に対する優越感であったことはまず間違いないと思います。


というわけで、ハッセルマンの楽譜は、さすがに丸めて捨てられはしませんでしたが、
ながきにわたって瀬戸口家の書庫に眠っていたそうです。
ハッセルマン版「軍艦」が日の目を見たのは、瀬戸口が亡くなって83年後の平成6年のこと。
発掘者の手によって初演されました。

しかし、聞き慣れているから、というだけでもなく、ハッセルマン版よりも、
ましてやベルリンフィル版よりも、オリジナルの軍艦の方がすっきりしてよくできていると思います。

なにより中間部の和旋律を元にしたメロディには、あまりに複雑な代理和音を駆使した欧州版は
「小野小町の顔にマリリンモンローのバディ」
(現代で言うなら小雪の顔に小雪の躰・・・・あれ?)
という感じですらあります。
決して身贔屓でなく、瀬戸口版が最初にして最後の、そして最高のバージョンと言っていいでしょう。

あとは

雅びな琴と尺八バージョン(海軍関係者の新年会のBGMに最適)

ハーモニカバンドバージョン(学校教材用)

インドネシアの竹でで来たシロフォンバージョン(バリ風エステサロンのヒーリングBGMに最適)

バッキー白方のハワイアン・ギターバージョン(夏向き)


この辺りは、もうご想像のとおりでございます。

というわけで、まだまだ続きます。
後半をお楽しみに。