みなさん、パソコンの画面ってどうしていますか?
わたしは琳派や日本の屏風絵などが大好きになって来ていて
レギュラーで使っているMacでは尾形光琳の「風神雷神図」を使っています。
で、最近メンテナンスしたMacでは、写真のような画像を使いました。
これは、洛中洛外図屏風・舟木本の一場面で、京都の三条大橋とおぼしき
場面を拡大した図案を画像操作して使ってみたものです。
使用背景画像としてはもう少し暗めに設定していますが・・・。
パソコンやインターネットの普及で、
こういった国宝画像も、私的使用については比較的に自由になって
ちょっと前までの「美術と人間の関わり」が加速度的に大転換している。
パソコンの画面って言うのは、わたしの例で言えばほぼ1日の半分くらいは
接している「画像環境」ですが、そこにこうした画像が個人利用可能になっている。
この洛中洛外図屏風っていうのは、
今日の感覚で言えば、たぶん総合芸術としての映画制作にも似たような
そういったものとして日本社会で創られてきたものだと思います。
織田信長が上杉謙信を籠絡するのに、洛中洛外図屏風を贈った故事がある。
鄙の武将に対して、都の華やかさを生々しい総合映像として伝え籠絡する
その至当な手段として、こうした芸術制作はなされたことがわかる。
この舟木本、作者は岩佐又兵衛(1578-1650年)筆ということなのですが、
かれは信長に反旗を翻して惨殺された荒木村重の子で
2歳の時にこの事件に遭遇したけれど辛うじて殺されずに済み、
母方の岩佐姓を名乗り信長の息子・織田信雄に近習小姓役として仕えた。
その信雄が改易後、浪人し京都で絵師として活動を始めた。
絵師としては数多の国宝を描いた成功者であり、晩年は江戸で過ごして
江戸・浮世絵の「先駆者」という評価も得ている。
人物描写、その体動作の誇張表現の巧みさが特徴とされる。
舟木本のこの大橋の箇所では、春のサクラ見物花見の帰りの
酔客の一団が橋の上で踊り狂っている様が生き生きと描かれ、
同時にそれと遭遇した武家の馬上姿が左側に描かれていて
まことにこれからなにごとかが始まるような劇的画面構成になっている。
かれ、岩佐又兵衛の生きた時代を想起すれば、
戦国からの京都の復興景気が華やかであり、
江戸期という平和がもたらされた時代の空気感がどんなものであるか、
この狂乱乱舞の酔客たちの姿にそんな思いを感じさせられる。
日本の歴史と美術が交差して、時代感がまざまざとみえてくる。
こんな時空を超えた作品が、
自分のパソコン画面で日常的に楽しめる時代が実現している。
わたしたちは過去のどんな王侯貴族も楽しめなかったような現実を生きている。
まことに楽しく、興味深い世であることを日々実感させられる思いです。
わたしは琳派や日本の屏風絵などが大好きになって来ていて
レギュラーで使っているMacでは尾形光琳の「風神雷神図」を使っています。
で、最近メンテナンスしたMacでは、写真のような画像を使いました。
これは、洛中洛外図屏風・舟木本の一場面で、京都の三条大橋とおぼしき
場面を拡大した図案を画像操作して使ってみたものです。
使用背景画像としてはもう少し暗めに設定していますが・・・。
パソコンやインターネットの普及で、
こういった国宝画像も、私的使用については比較的に自由になって
ちょっと前までの「美術と人間の関わり」が加速度的に大転換している。
パソコンの画面って言うのは、わたしの例で言えばほぼ1日の半分くらいは
接している「画像環境」ですが、そこにこうした画像が個人利用可能になっている。
この洛中洛外図屏風っていうのは、
今日の感覚で言えば、たぶん総合芸術としての映画制作にも似たような
そういったものとして日本社会で創られてきたものだと思います。
織田信長が上杉謙信を籠絡するのに、洛中洛外図屏風を贈った故事がある。
鄙の武将に対して、都の華やかさを生々しい総合映像として伝え籠絡する
その至当な手段として、こうした芸術制作はなされたことがわかる。
この舟木本、作者は岩佐又兵衛(1578-1650年)筆ということなのですが、
かれは信長に反旗を翻して惨殺された荒木村重の子で
2歳の時にこの事件に遭遇したけれど辛うじて殺されずに済み、
母方の岩佐姓を名乗り信長の息子・織田信雄に近習小姓役として仕えた。
その信雄が改易後、浪人し京都で絵師として活動を始めた。
絵師としては数多の国宝を描いた成功者であり、晩年は江戸で過ごして
江戸・浮世絵の「先駆者」という評価も得ている。
人物描写、その体動作の誇張表現の巧みさが特徴とされる。
舟木本のこの大橋の箇所では、春のサクラ見物花見の帰りの
酔客の一団が橋の上で踊り狂っている様が生き生きと描かれ、
同時にそれと遭遇した武家の馬上姿が左側に描かれていて
まことにこれからなにごとかが始まるような劇的画面構成になっている。
かれ、岩佐又兵衛の生きた時代を想起すれば、
戦国からの京都の復興景気が華やかであり、
江戸期という平和がもたらされた時代の空気感がどんなものであるか、
この狂乱乱舞の酔客たちの姿にそんな思いを感じさせられる。
日本の歴史と美術が交差して、時代感がまざまざとみえてくる。
こんな時空を超えた作品が、
自分のパソコン画面で日常的に楽しめる時代が実現している。
わたしたちは過去のどんな王侯貴族も楽しめなかったような現実を生きている。
まことに楽しく、興味深い世であることを日々実感させられる思いです。