ほんの手すさび、手慰み。
不定期イラスト連載、今回は2本立て。
まず、第五十三弾は、壁を背にした「クリスチーネ」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/a8/4ca9e0c71ec4473ca9fd054deeeb8b21.jpg)
『家にいるときの私には「デビッド・ボウイ」のメロディーだけが安らぎだった。
彼の曲を聴いているとき、私は”普通の女の子”に戻れた。
その「ボウイ」のベルリンでのコンサートに出かけた。
”STATION TO STATION”を唄う「ボウイ」に、私は酔った。
その帰り、私は初めてヘロインを経験した。』
(※「かなしみのクリスチアーネ」(クリスチアーネ・F著/小林さとる訳)より抜粋)
かつて、世界が2つに分かれて睨み合い、局地的に、あるいは水面下で、
小競り合いを繰り返していた頃の「ベルリン」は、奇妙な都市だった。
半分が、社会主義陣営に属する「東ドイツ」の首都であり、「ソ連」の占領地。
半分が、資本主義陣営の「米・英・仏」が統治する占領地。
整然として、しかし無機質な灰色の東。
賑やかだが、爛熟した退廃が漂う西。
同じ言葉を操る同じ民族が、壁を隔てて、違う価値観で暮らしていた。
人と時代が創った、一種のパラレルワールド。
…昭和56年(1981年)に製作された西ドイツ映画
「クリスチーネ・F」の主人公は、そんな「西ベルリン」に暮らす少女である。
作中では、主人公が、あどけなく可愛い顔に濃いメイクを施し、夜遊びを始め、
ドラッグでボロボロになっていく姿を、ドキュメンタリータッチで描いている。
13才にして麻薬中毒、しかも娼婦。
公開当時は、多くの観客から衝撃を以て迎えられた。
また、ロックスターの出演も話題を呼んだ。
役は「自分自身」。
ライブシーンは、珠玉の出来栄えである。
(※作注:原作表記は「クリスチアーネ」、映画は「クリスチーネ」となった。)
そして、第五十四弾「舞姫・エリス」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/e2/beb1b655c6ee9153b494a4ac8c22d94d.jpg)
『今この処を過ぎんとするとき、
鎖(とざ)したる寺門の扉に倚りて、声を呑みつゝ泣くひとりの少女あるを見たり。
年は十六七なるべし。
被りし巾(きれ)を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、
着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。
我足音に驚かされてかへりみたる面(おもて)、
余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。
この青く清らにて物問ひたげに愁(うれい)を含める目(まみ)の、
半ば露を宿せる長き睫毛に掩(おお)はれたるは、
何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。』
(※「舞姫」(森鴎外著)より抜粋)
…僕(りくすけ)が、初めて知った「ベルリン」は、漢字で「伯林」と書く。
明治の文豪が著した、いかつく美麗な文語体の名作「舞姫」の舞台だった。
その主人公「エリス」は、バレエ劇場「ビクトリア座」のトップダンサー。
当時は、踊り子が上客に春をひさぐ一面もあったと聞く。
舞台は置屋の張見世であり、舞姫は白拍子にもなり得た訳だ。
輝くプラチナブロンド、愁いを湛えたブルーアイズの美少女は、
活気に溢れた華々しい19世紀末の都で、光の及ばない闇に生きる夜の蝶だった。
やがて彼女は、極東から来た留学生と恋に落ち、悲しい最期を遂げるのである。
不定期イラスト連載、今回は2本立て。
まず、第五十三弾は、壁を背にした「クリスチーネ」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/a8/4ca9e0c71ec4473ca9fd054deeeb8b21.jpg)
『家にいるときの私には「デビッド・ボウイ」のメロディーだけが安らぎだった。
彼の曲を聴いているとき、私は”普通の女の子”に戻れた。
その「ボウイ」のベルリンでのコンサートに出かけた。
”STATION TO STATION”を唄う「ボウイ」に、私は酔った。
その帰り、私は初めてヘロインを経験した。』
(※「かなしみのクリスチアーネ」(クリスチアーネ・F著/小林さとる訳)より抜粋)
かつて、世界が2つに分かれて睨み合い、局地的に、あるいは水面下で、
小競り合いを繰り返していた頃の「ベルリン」は、奇妙な都市だった。
半分が、社会主義陣営に属する「東ドイツ」の首都であり、「ソ連」の占領地。
半分が、資本主義陣営の「米・英・仏」が統治する占領地。
整然として、しかし無機質な灰色の東。
賑やかだが、爛熟した退廃が漂う西。
同じ言葉を操る同じ民族が、壁を隔てて、違う価値観で暮らしていた。
人と時代が創った、一種のパラレルワールド。
…昭和56年(1981年)に製作された西ドイツ映画
「クリスチーネ・F」の主人公は、そんな「西ベルリン」に暮らす少女である。
作中では、主人公が、あどけなく可愛い顔に濃いメイクを施し、夜遊びを始め、
ドラッグでボロボロになっていく姿を、ドキュメンタリータッチで描いている。
13才にして麻薬中毒、しかも娼婦。
公開当時は、多くの観客から衝撃を以て迎えられた。
また、ロックスターの出演も話題を呼んだ。
役は「自分自身」。
ライブシーンは、珠玉の出来栄えである。
(※作注:原作表記は「クリスチアーネ」、映画は「クリスチーネ」となった。)
そして、第五十四弾「舞姫・エリス」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/e2/beb1b655c6ee9153b494a4ac8c22d94d.jpg)
『今この処を過ぎんとするとき、
鎖(とざ)したる寺門の扉に倚りて、声を呑みつゝ泣くひとりの少女あるを見たり。
年は十六七なるべし。
被りし巾(きれ)を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、
着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。
我足音に驚かされてかへりみたる面(おもて)、
余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。
この青く清らにて物問ひたげに愁(うれい)を含める目(まみ)の、
半ば露を宿せる長き睫毛に掩(おお)はれたるは、
何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。』
(※「舞姫」(森鴎外著)より抜粋)
…僕(りくすけ)が、初めて知った「ベルリン」は、漢字で「伯林」と書く。
明治の文豪が著した、いかつく美麗な文語体の名作「舞姫」の舞台だった。
その主人公「エリス」は、バレエ劇場「ビクトリア座」のトップダンサー。
当時は、踊り子が上客に春をひさぐ一面もあったと聞く。
舞台は置屋の張見世であり、舞姫は白拍子にもなり得た訳だ。
輝くプラチナブロンド、愁いを湛えたブルーアイズの美少女は、
活気に溢れた華々しい19世紀末の都で、光の及ばない闇に生きる夜の蝶だった。
やがて彼女は、極東から来た留学生と恋に落ち、悲しい最期を遂げるのである。