視・聴・嗅・味・触。
五感の刺激で、意識が過去へ遡る事がある。
すると、感情が沸き上がる。
戸惑い、恥じらい、哀しみ、興奮。
思い出すシーンによって違いはあるが、
どれも共通しているのは「懐かしさ」だ。
また、主観的な懐かしさではなく、客観的な面白さを伴って、
実体験じゃない過去を想起する事がある。
この場合のキッカケは「視覚」が主。

営業前の「津幡ふるさと歴史館 れきしる」。
正面玄関に掲示されたポスター類は、僕を過去へと誘ってくれた。
GWに向けて館独自の催しや町内イベントも案内されているが、
心に刺さったのは「明治150年」。
アップにしてみよう。

【平成30年(2018年)は、明治元年(1868年)から起算して
満150年に当たる年です。
明治以降、近代国民国家への第一歩を踏み出した日本は、
多岐にわたる近代化への取組を行い、
国の基本的な形を築き上げていきました。
また、多くの若者や女性等が海外に留学して知識を吸収し、
外国人から学んだ知識を活かしつつ、単なる西洋の真似ではない、
日本の良さや伝統を活かした技術や文化も生み出されました。
一方で、昨今に目を向ければ、
人口減少社会の到来や世界経済の不透明感の高まりなど激動の時代を迎え、
近代化に向けた困難に直面していた明治期と重なっており、
「明治150年」を節目として、改めて明治期を振り返り、
将来につなげていくことを目的として、
政府一体となって関連施策を推進しているところです。】
(※政府広報HPより引用)
…という事らしい。
260年余り続いた江戸から明治へ。
徳川から薩長主導へ。
当時の大転換について考えると眩暈がする。
きっと驚きに満ちていたであろう事は想像に難くない。
勿論、僕は生まれていないが、追体験はできる。
しばし様々な空想に耽ってから歩み始めると、足元に目が留まった。
「…あ、ここは変わってないな。」

このアスファルト面だけは、旧「津幡小学校校舎」が建っていた時のまま。
かつては、鉄筋コンクリートの学び舎の影になり、もっと薄暗かったはず。
そして、先を見遣って、ある映像が脳裏に甦った。

隣接する「清水八幡宮」へ続く小径。
そこを歩く「昔の僕」が見えた気がした。

五感の刺激で、意識が過去へ遡る事がある。
すると、感情が沸き上がる。
戸惑い、恥じらい、哀しみ、興奮。
思い出すシーンによって違いはあるが、
どれも共通しているのは「懐かしさ」だ。
また、主観的な懐かしさではなく、客観的な面白さを伴って、
実体験じゃない過去を想起する事がある。
この場合のキッカケは「視覚」が主。

営業前の「津幡ふるさと歴史館 れきしる」。
正面玄関に掲示されたポスター類は、僕を過去へと誘ってくれた。
GWに向けて館独自の催しや町内イベントも案内されているが、
心に刺さったのは「明治150年」。
アップにしてみよう。

【平成30年(2018年)は、明治元年(1868年)から起算して
満150年に当たる年です。
明治以降、近代国民国家への第一歩を踏み出した日本は、
多岐にわたる近代化への取組を行い、
国の基本的な形を築き上げていきました。
また、多くの若者や女性等が海外に留学して知識を吸収し、
外国人から学んだ知識を活かしつつ、単なる西洋の真似ではない、
日本の良さや伝統を活かした技術や文化も生み出されました。
一方で、昨今に目を向ければ、
人口減少社会の到来や世界経済の不透明感の高まりなど激動の時代を迎え、
近代化に向けた困難に直面していた明治期と重なっており、
「明治150年」を節目として、改めて明治期を振り返り、
将来につなげていくことを目的として、
政府一体となって関連施策を推進しているところです。】
(※政府広報HPより引用)
…という事らしい。
260年余り続いた江戸から明治へ。
徳川から薩長主導へ。
当時の大転換について考えると眩暈がする。
きっと驚きに満ちていたであろう事は想像に難くない。
勿論、僕は生まれていないが、追体験はできる。
しばし様々な空想に耽ってから歩み始めると、足元に目が留まった。
「…あ、ここは変わってないな。」

このアスファルト面だけは、旧「津幡小学校校舎」が建っていた時のまま。
かつては、鉄筋コンクリートの学び舎の影になり、もっと薄暗かったはず。
そして、先を見遣って、ある映像が脳裏に甦った。

隣接する「清水八幡宮」へ続く小径。
そこを歩く「昔の僕」が見えた気がした。
