山梨県の韮崎市にあるのが新府城の城址です。この石段の続く先に
本丸跡がありました。

この城は石垣はなく、土塁と堀によって築城された山城ですが、今はすっかり
草木に覆われています。

戦国武将の武田勝頼が戦国時代末期(1581年)に築城を命じ、翌1582年に
入城しますが、同年織田軍の攻勢の中でわずか2か月で火が放たれ、城は廃墟と
化したと言われています。
武田勝頼は、武田信玄の没後、その後を継いだ武将ですが、織田・徳川との長篠の戦い
で敗れ武田家の最後を迎えることとなった悲運の武将であり、この城もまた悲運の城と
なりました。

今は静かなこの山城には、戦国の動乱はどのように映っていたのでしょうか。
本丸跡がありました。


この城は石垣はなく、土塁と堀によって築城された山城ですが、今はすっかり
草木に覆われています。


戦国武将の武田勝頼が戦国時代末期(1581年)に築城を命じ、翌1582年に
入城しますが、同年織田軍の攻勢の中でわずか2か月で火が放たれ、城は廃墟と
化したと言われています。

武田勝頼は、武田信玄の没後、その後を継いだ武将ですが、織田・徳川との長篠の戦い
で敗れ武田家の最後を迎えることとなった悲運の武将であり、この城もまた悲運の城と
なりました。


今は静かなこの山城には、戦国の動乱はどのように映っていたのでしょうか。