果物は好きですが、どうも皮をむくのが面倒くさくて、リンゴや梨、柿などは食べたくてもつい億劫になります。ゆっくりと皮を剥いていけばいいのですが、こういうところが年をとって短気になったのかとも思うことがあります。それでも思い立ってリンゴなどの皮をむいているとふと父のことを思い出します。
まだ私が中学生か高校生だった頃、あるいは小学生の頃だったかも知れないのですが、父が母に昔(と言っても大正の頃か昭和初期の頃かは分かりません)、リンゴの皮むきの、今で言うコンテストがあったという話をしていました。橋の上で水面に向かってリンゴの皮を切れないように細く長く垂らしながらむいていったそうですが、これはなかなか難しいことだと思います。父もその場にいたのではなかったらしく、どういう結果になったのか、父が言ったことは覚えていませんが、ただその話をした時父が母に「昔はのんびりして良かったねえ」と言った、その優しい声音と笑顔は今もはっきりと思い出します。夕食の後で母が食後のリンゴをむいていたのかも知れませんが、その時の雰囲気を思い出すと懐かしくなり、何か温かい気持ちになります。
その頃の灯りはもちろん蛍光灯ではありませんし、テレビもなく家の中は静かなものでした。今では明るい蛍光灯の下で、テレビを見ながら夕食を食べる家庭が少なくないようですが、それに比べると昔は何か一家がまとまった団欒というものがあったように思います。もちろん今でも食事中や食後の団欒というものがあるのでしょうが、きっと昔とは様変わりしているのではないかと思います。こういうことにも、父ではありませんが「昔はのんびりして良かったねえ」と言えるのかも知れません。