中国文学者で河上肇の研究者として著名な神戸大学名誉教授の一階知義さんは、門下生で友人の筧久美子、文生夫妻と共著で漢語に関するエッセイ集をいろいろ出しています。私も6冊ほど持っていますが、3氏ともに漢語の古典、現代語を通じての造詣が深く、読んでいて飽きません。その一つに『漢語四方山話』(2005年岩波書店)というのがあって、その中で一階さんは表題のようなエッセイを書いていますが、おおよそこのような話です。
定期健診で病院に行き、医師から、この頃何か変わったことはないかと聞かれ、「大したことはないのですが、上まぶたが垂れて来て、うっとうしいのです。何が原因でしょうか」、「物が見えにくいですか」、「それほどではありません。ただちょっとゆううつなだけです」、「カレー現象でしょう。気にすることはありません」。(ここで一階さんは自問自答します)。
カレー現象? カレーライスの食べ過ぎというのか。まさか。食べないではないが、毎日のように食べているわけではない。それにカレー粉でまぶたが下がって来るのなら、インド人は皆まぶたが垂れているはずだ。しかし街で見かけるインド人は皆パッチリとした眼をしている。「カレー」でなく「カレイ」か。華麗現象?この年で舞い上がって華麗になるはずはない・・・
家令とか下隷とかいろいろ考えたが分からずに病院を後にし、帰りの駅の長い階段で息を切らしてハッと「加齢現象」だと気がつきました。そして「これだから日本語はむつかしい。同音同義語が多すぎるのだ」として実例を幾つか挙げています。これは世界共通の現象のようですが、一階さんは漢字の国日本、中国では特に多いように思えるとして、最後に中国の少し古い諺「近世進士尽是近視」を挙げています。発音は「Jin-shi、Jin-shi、Jin-shi、Jin-shi」で、同音語が4つ並んでいます。今ふうに訳せば「近頃のインテリはみんな近視だ」となるそうです。面白いと思いました。
加齢現象は誰にもあります。私は上まぶたが垂れ下がっては来ませんが、いろいろなことで、これは加齢現象だろうと思うことはよくあります。脚が弱くなる、指先の力が鈍くなる、悪い歯が増えてくる、トイレが近いなど挙げればいくつもありますが、あまり気にしないことにしています。とは言っても体の変化にあまり無頓着でいると重大な異常が起こっているかも知れず、それはそれで気にはなります。厄介なことです。