1940年(昭和15年)の9月号、旅とカメラです。
翌年には太平洋戦争に突入します。
発行は日本旅行会という、今の日本旅行の前身の団体のようです。
巻末に元京都事務所員の氏名が4名掲載されていて、謹告 「都合により退社致候につき今後本会とは何等関係無之此段念のため謹告仕候」とあって、記事内容よりこちらが何だか気になってしまいました。
独立したのか、何かしたのか。。会の支配人も出征中。
旅行募集がされていて、全鮮全満視察団として、昭和15年十月4日から十月二十四日に、東京、京都から下関を出港して釜山。京城、平壌から満州の開拓村見学。牡丹江、哈爾濱、新京、奉天、撫順から大連に出て船で門司に帰ります。これで三百八十円也。
台湾全島一周視察の旅が二百八十八円。南洋群島視察の旅が二百九十円で、サイパン、テニアン、ヤップ、パラオ、へ横浜発着で募集されていました。
どのような方が参加されたのでしょうか。
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