今日から何か変わるのでしょうか。
午後遅く、店に帰り着きました。
色々たまっています仕事を片づけながら新聞を見ます。一面から延々と選挙報道です。
ホテルの朝でも、帰る途中の食堂でも、新聞を見ました。
とにかくいろいろ書いてあります。
今日から何か、明日からどんどん、民主党は本当にちゃんと上手くやるのでしょうか。
いっぱい新聞読んで、またまた頭がいっぱい疲れました。考えられません、ゆっくり考えがまとまったら、また書きましょう。
(出石乙女の湯、百日紅「さるすべり」の花が満開です)
いよいよ明日は衆院選の投票日です。
毎日毎日、新聞にテレビに「マニフェスト、マニフェスト、あれもこれも、財源どうする、政権交代、政権交代、責任力、責任力」と、耳にタコができますよ。
26日の産経新聞「特別紙面」に、良いこと書いてありましたよ。
SMAPのニューシングル「そっときゅっと/スーパースター★」の宣伝全面広告です。
「幸せな国のつくり方。」の表題で、新聞二面ぶち抜きに書いてあります。
”政治家はみんな日本をよくしたい!と頑張っているんだろうと思います。自分たちで選んだ人たちなのですから、ちょっと大目に見て、応援することも必要なのかな、とも思うんです。・・・・もしも本当の意味で未来を変えるとしたら、誰か一人の力や、どこかの政党のマニフェストなどではないかもしれません。私たちひとりひとりの、日本をよくしたいという気持ちでしか変えられないのではないか、と思います。”と。
昨日のテレビで、寿司屋さんの普通の兄さんが言ってました。
”あれもやる、これもすると税金ばらまくなら、元気で世界と戦える会社にド~ンと税金つぎ込んで、日本の仕事を増やし、金を廻して景気を良くする方が先でしょう。”と。
私も思います。
金は天から降ってきません。子供手当と金をばら撒いても景気回復にはなりません。
日本はどんな産業を伸ばして世界に貢献し、環境に貢献し、何で飯を食っていくか、今こそ富国殖産政策を論じてほしいな。
新聞に書いてありました。曽野綾子さんのコラムです。
「力は悪と見なされる国」と題して、国でも個人でも大切なことは「責任ある力」、「倫理の伴なった力」であると、
さらに「金力」、「人間力」、「徳の力」、「教養の力」と、「力」についてのお話です。
今の日本では、時々力があるということは悪だと見なされる。しばしば弱者といわれる人たちが強い場合さえもある。しかし「力」が無ければ自国民は守れない。と
とうとう最後まで、「国民の生活が第一」という、目先のことで終始しましたね。
どうせどの党も、「国民の生活が第一」の中身は似たり寄ったり、ならば安全保障の政策での差でしか判断しようがありません。
私は判断基準を後者ですることに決めました。
百日紅(さるすべり)の花言葉は「雄弁」です。
どんな巧みな雄弁でも、国が無くなれば、ばらまきも子供手当もあったものではありません。
選んだ政治家が、「サルすべり」にならぬよう、しっかりしなければならないのは、実はわが方国民一人一人にあるのではないかなと。