息子はパソコンの修理です

2009年09月30日 | 店内外の話
                  (パソコンのHDDを交換します)

最近やたらと息子はパソコンの修理です。
5年か6年くらい使い込んだパソコンが、起動しなくなった、動作が遅い、カサカサ音がするなんてトラブルで、どんどん持ち帰ってくるのです。
持ち帰ると画面とにらめっこ、キーを叩いて中身をチェック、どんどんと設定やらをやり直して改善していきます。
能力アップのためにメモリーを追加したり、不調のHDDを交換したりの作業です。
見違えるように動作が速くなったパソコンを眺めて満足気、修復の達成感を味わっています。
お客様の喜ぶ笑顔を思ってでしょうか、いつも時間をかけてとことんやってる姿をみると、本当に街の電気屋の大切さ、なくてはならない存在感を、街の電気屋ながら感じ入ってしまいます。
最近は、パソコンに限らずDVDレコーダーにもテレビにもHDDは使われています。
衝撃には弱い、温度にも弱い、何やら原因不明に弱い、本当に厄介な代物、働きは素晴らしいのですが、もう少し丈夫であればと思いますね。

当店のパソコンご愛用者は、やや年配者が多いいのです。
若い息子にとっては見上げるほどの年齢差、
そのお客様から、「パソコンの調子見てもらえませんか」、時には「パソコンの先生今日は留守なの、親父ではちょっと」なんてかないません。
パソコントラブル解決で絶大な信頼を獲得、いいですな~パソコン詳しいって、若いのに。
息子にいつも言うのです。
『おいおい、本物の校長先生から、先生、先生なんて、上手にしたってなかなか言ってくれんよ、電気屋してなかったら相手にしてもらえん偉ら~い人なんよ』、
『トラブル解決で喜ばれ、どれくらいテレビやなんや買っていただくことか、ありがたいことだね~』と。

「特報!」ですよ~

2009年09月29日 | お客さん宅で
             (白い封筒からそろりと出して、
                       奥さ~ん、「特報!」ですよ~)

「アトム特選品カタログ10月号」と、「お店メッセージチラシ」を入れた、白い封筒を配ります。
今月の「アトムの花の種」は、大サービスの2個入りとなりました。白い封筒には、お買い上げ商品・お伺いカードもホッチギスで付いてます。
短冊のカードには、『00様、今年4月にお買い上げの「冷蔵庫」、半年過ぎましたが調子いかがですか?・・・・・』と、時候の挨拶と一緒に書いてあります。

『Hさ~ん、こんにちは~。冷蔵庫の調子はいかがですか?』、『毎月のアトムの便りを届けに来ました~。今日はすごいですよ~、特報ですよ~、お得ですよ~』と、白い封筒からそろりと「特報!」の文字を出して見せます。
奥さん、「なによ、何~。全部見せてよ~」と叫びます。
『今月の特報、特別なお知らせなのです。見るときっと欲しくなりますから気をつけてね』と、テレビの展示処分特価の案内を笑いながらの説明です。

アトムの勉強会で「本物の商売」について学びます。
本物の商売とは、お客様に「喜び」や「お得」を与えて「喜ばし料」ををいただく、奉仕の精神がこもった仕事を云うと聞きました。

加藤朝雄さんの仏教語法話集に、こんな良いことが書いてありました。
スーパーで、「徳用品」と書いてある意味について、買われる人が割安と感じ、得をするというならば「得用品」と書けばよいのに、どうして「徳用品」と書くのだろうか?と。
加藤住職の解釈では、売る者は割安に商品を売って善い行い(徳)をした。買う者はそれを買うことで店に儲けさせて善い行い(徳)をした。しかもその商品は双方に利益を与える。
これが「得用品」なら、得は損の対語であるから、片方が得すれば片方が損につながりかねない、そういうわけで徳用品なのだ、と説明、
売り手と買い手の双方にとって善い(徳を施した)行い、これが仏教の考えに通じますね、と解説です。

アトムの経営理念のベース、「天地自然の理(ことわり)」にも出てきます。
お客様は自分が一番得(徳)できる店で物を買う、社員は自分が一番得(徳)できる会社で働くという法則がある、という話です。

今日からは、「得」を言換え、双方に喜びが現れる「徳」に徹しようと思います。

じっと見ると、朝青龍に似てます

2009年09月28日 | ふるさとの話
               (博物館の入口に立つ、貫録の騎馬像)

「資母小学校に配達できますか~」の電話に、『ハイハイ、承知しました』の返事です。
豊岡市はむちゃくちゃ広い、広すぎるのです。
但東町中山にある資母小学校までは車でたっぷり30分、なんぼ田舎道でスイスイと走っても遠すぎますよ、少しの商品かないません。

2階の職員室にICレコーダー1台の納品、『教育委員会からの御注文ですよ』と先生に手渡すと、「電気屋さんはどちらから?」、
『国府は、府中小学校の横の電気屋です』、「えらい遠くからご苦労様です」、『ハイ、アトム電器と申します。これアトムの特選品カタログ、ホヤホヤの10月号ですよ』と、チャッカリ宣伝です。

資母小学校のある豊岡市但東町中山は豊岡市の東のはずれ、山を越えると天の橋立に通じる丹後半島なのです。
小学校のほんの近くに、日本に唯一存在するものがあります。
実はこんな山奥に、モンゴルの博物館があるのです。
「日本・モンゴル民族博物館」と称して、立派な建物が街の中心に出現するのです。
建物の中には、実寸大のモンゴル草原に点在する住居、ゲルがあるのです。
館内には、モンゴルの暮らしと文化に関わる5000点もの資料が展示されているのです。
もしもモンゴル好き、モンゴルのファンであるなら堪らない展示品の数々、じっくり見ると時間を忘れます。

どうして但東町にモンゴルが?、不思議なことでありません。
但東町は昔機織(はたお)りの町、京都西陣の「ちりめん」の生産地だったのです。
当店が創業した頃は、この中山のお客さんの中には機織りの「ガッチャン、ガッチャン」の音の大きな家がありました。蚕(かいこ)さんからつくる絹(シルク)の町が但東町、同じシルクで栄えた丹後半島に通じる、シルクロードの町が但東町だったのです。
シルクロードに通じるモンゴルとの交流がきっかけ、平成8年11月にこの博物館が出来たわけ、それも日本に唯一ですから凄いです。一度は見る価値ありの博物館なのです。

前庭に立つチンギス・ハーンの騎馬像は、極彩色ですごい貫録、じっと見ていますと、昨日24回目の優勝を成し遂げた朝青龍に似ているではありませんか。
目の細いところ、ヒゲの様子、りりしい姿は朝青龍そっくり、
何年か前に来館した本人も、この像を見て内心ニヤリとしたことでしょう。
そんなこんなのモンゴル博物館を横目に見ながら、但東町のお客様へごあいさつの訪問なのです。

国府地区・ふれあい運動会

2009年09月27日 | ふるさとの話
            (快晴の下、国府地区・ふれあい運動会、
                    テントの向こうに見えるは白亜の校舎)

9月の末にしてはとても暑い一日でした。
今日は恒例の国府地区・ふれあい運動会です。
雲ひとつない秋晴れ、さわやかとは言い難い暑さです。日差しを避けてテントの中か木陰に逃げないと頭が熱い、普段あまりかぶらない帽子を取りに帰ります。
府中小学校区の国府地区は13の地区、地区対抗の競技ですから、ボールを蹴り、転ろがし、頭の上を送り、バケツで受けて、ワイワイガヤガヤ大変な盛り上がりようです。
障害物リレーでは、テントの前で玉が入らず「キャ~、アレ~」の悲鳴、地区対抗リレーでは、「キャ~、ガンバッテ~、ワッ~追いつかれる~」の声援です。

今年からコースの向きが東西に替わり、テントからの声援もとてもしやすい、それに西の真正面には大岡山(おおおかやま)が望めます。
そして右手のテントの向こうに、府中小学校の白亜の校舎です。
世界の冒険家・植村直己さんの偉業を称えて、校舎の正面はマッキンリーをイメージしたデザインなのです。
府中小学校の校舎は、明治7年開校以来幾多の建て替えがなされ、私が通った頃の建造物も正門の凱旋門を残し皆無なのです。

ところで府中小学校・校歌は、昭和34年から41年頃在籍の森淳校長先生の作詞なるもの、それ以前の校歌は分かりません。
国府地区公民館発行の本で、菅村駅一さん著「孫たちに聞かせる話・匂(にお)うふるさと」がありますが、その中に、大正期に歌われた府中小学校の唱歌が載っています。
府中校運動唱歌と云うもの、校歌だったのでしょうか。


府中校運動唱歌


雲にそびゆる大岡山
ふもとに続くその広野
さざ波立ててたで川の
流れさざめくその右は

ここぞわれらの運動場
広き国府のこの野辺に
いざわが友よ打ち連れて
愉快にきょうも遊ばまし

春は桜の咲きにおう
山にのぼらん元気よく
ひばりさえずる野に行かん
れんげ菜種は花盛り

夏は夕べのほたる狩り
暑さわするる水泳ぎ
清き流れのたで川に
たらいの舟も浮かべなん

ちまちのわせ田色付きて
松たけ狩りやくり拾い
楽しき鎮守のみ祭りの
太鼓の音もひびくなり

大岡おろし吹き荒れて
寒さきびしき冬の日も
竹馬鬼ごと駆けくらべ
雪合戦もおもしろや

いでや国府のわが友よ
知識をみがき身をおさめ
み国のために尽くすべき
時こそやがて来たるなれ

唱歌にも謳われています、まん丸の大岡山(おおおかやま)、平成の運動会のテントの中から、今日もくっきり見えてます。
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「アトムのでんきや便り」

2009年09月26日 | 店内外の話
           (ばっちり出来ました、「アトムのでんきや便り」10月号)

明日の27日は「アトム特選品カタログ」の10月号が店に到着する日です。
特選品カタログと一緒にお配りする、当店独自のチラシ「アトムのでんきや便り」10月号が出来ました。
今月号は、『ミカド八尾ショールームで勉強してきました』、『アトムは今、オール電化やリホームに力入れてますよ』をアピールです。
「ショールーム見に行きたい人、一緒に行きませんか?」と書いてます。
私は、『おいおい、お客様を八尾まで3時間、車で連れて行く気か』とビックリです。

店で作成する手作りチラシを、アトムでは「オリジナル・メッセージチラシ」と呼び、お店とお客様の心をつなぐとても大切なものとして取り組んでいます。
一年に数回、アトムのお店が書いた「オリジナル・メッセージチラシ」を本部に届け、社長会でチラシ集が配られるのです。
出席の加盟店は、「これは素晴らしい」と感じたチラシ3点に投票、翌月上位入賞店の発表なのです。
店の独自性いっぱいの素晴らしいチラシ、いつ見ても参考になるものばかりです。
こっそりヒントを拝借、ちゃっかりすまし顔でアイデアを使います。

今月の「アトムのでんきや便り」も息子の担当、一生懸命作っているところを眺めていると、私の創業当時を思い出します。
35年前は青焼きコピー、一文字一文字丁寧に、イラストも全部手書きでB4のトレース用紙に書き込みました。
出来た原稿と感光紙(昔の日光写真のようなもの)を重ねて、青い液体の中を通す青焼きコピーです。
液を通ったコピー用紙は濡れているので、部屋一面に広げ乾くまで待ちます。
それを約1000枚も作り、一軒一軒自転車や単車で配ります。
ワープロなんてそれからずっと後、パソコンやプリンターでカラーなんて夢のまた夢、カラーで作った「アトムのでんきや便り」、昔を思えば不思議なくらいの出来栄えなのです。
今も保存されてる何百枚もの原稿、我ながらよくも書いた手書きの作品、息子の今の作品、どちらもよ~く出来てます。

幸せってなんだろう

2009年09月25日 | その他
              (エアコン工事に、蚊取り線香は欠かせません)

Kさんの奥さん、「午後がいいわ、午後にしてね」と電話です。
先日取り外したエアコンの、今度は取付け工事です。
『これって15年も経ってますよ、もう一台は17年で冷房専用、暖房のきく一台だけにしときますか?』と、本日は茶の間に取付けることになりました。
暑い、とっても暑い。夏ですよ今日は、私も息子も冬服なんか着ておられません。
それに裏の草むらからはぶんぶんと蚊の大群です。
いつもの通り、蚊取り線香の渦巻き両端に火を着け、二本の煙をくゆらせてずらっと線香を並べます。
毎度のことですお客様、「親子で仕事が出来ていいわね~」の、お褒めの言葉です。

一週間前の同窓会、一人ずつ近況挨拶聞きました。欠席者のハガキに記(しる)したコメントも見ました。
「親の介護と、後は畑の手入れ、毎日が日曜日、な~んにも仕事ないの」とか、「仕事は卒業、ボランティアの毎日」とか、「ほとんど病院通い」、「老々介護みたいなもんよ」、「親の介護で出席できません」なんて話がいっぱいなのです。
もちろん元気いっぱい仕事は現役と云う者もいますが、会社勤めであった者は、総じて無職のオールサンデー身分なんです。

それにつけても街の電気屋、何歳なってもエアコン工事の現役なのです。
「貧にして安んじる人は富者なり(金持ちは一見幸福そうでも分からない、たとえ貧しくとも、その分(ぶ)に安んじて幸福を幸福と感じている者が心豊かな者だ)シュークスピア」と、負け惜しみの電気屋さんではありませんが、
確かに、歳をとっても仕事が出来ること、ましてや親子で出来ること、これくらい幸せなことはありませんね。

「一生の仕事を見いだした人は幸福である。彼には他の幸福を探させる必要はない」と云った、イギリスの歴史家トーマス・カーライル、
夏目漱石や内村鑑三にも影響を与えた思想家の言葉です。
毎日仕事があることの幸せ、よ~くかみしめて味わう小さな幸せ、これが実はとっても大切なものそんなことを感じます。

大切な人の健康の為に

2009年09月24日 | 店内外の話
              (手作りメッセージボードで、いらっしゃいませ)

うちの息子の若嫁さんが、一生懸命手作りボードに飾り付けです。
仕事は今のところは電気屋さんでありませんが、何かと店のことが気になり、勤めの時間前に店にやってきます。
今日は、買ってきた栗や落ち葉の飾りをボードにあしらい、自身の写真まで貼り付けて作っています。
店の一角に空気清浄機を展示しています。
「大切な人の健康の為に」と垂れ幕を掲げ、サンヨーの、電気分解した水の力で空気を洗浄で有名な、「AQUA・加湿空気清浄機」、
シャープの、プラズマクラスターイオンでクリーンな空間でお馴染みの、「プラズマクラスター加湿空気清浄機」をご提案、
そこに手作りボードで応援アピールなのです。
「いらっしゃいませ」と切りぬき文字が目立ちます。そして写真の指さす先に、「若嫁、オススメ!!!加湿空気清浄機」、「インフルエンザが流行るこれからの時期に大活躍!」と呼びかけているのです。
実は当店に来られるお客様、「電気屋さんの若嫁さんは、どこ!!」っと、問われます。
『勤めなんです、ごめんね』とあいさつ、そんな事を心配してか息子の若嫁さんは写真丸出しのボードを作り、「お客様への挨拶にします」と健気(けなげ)で一生懸命、
当店伝統の、チラシに顔丸出し広告の、「店内版・若嫁さんの挨拶ボード」の出来上がりです。

秋分の日

2009年09月23日 | 季節(秋)
                 (秋分の日・店頭に国旗を揚げます)

ものすごい蒸し暑い一日でした。
エアコンを取り外して汗びっしょり、アンテナ工事に伺って又汗びっしょり、集金に行ったついでに、テレビの配線をして又々汗びっしょり、朝からシャツの着替えが4回にもなります。
よ~く考えてみますと、冬服では熱い筈、今日の陽気は夏のような蒸し暑さ、とても冬服など着てはおれません。
4回着替えてやっと気づいて、夏服にチェンジ、夕刻はこの暑さの中で、蓄熱式暖房機の相談に伺い、話しているだけで熱くなります。

本日、秋分の日、4連休の最後の一日です。
「9月はシルバーウイークと云うのよ」と指摘です。
18日のブログで、「9月のゴールデンウイーク」と書いたものを指摘されました。
敬老の日にかけてシルバーウイークでしょうか、まあ、そんな事はどうでもいいように思います。
秋の秋分、春の春分、どちらも太陽が真東から出て真西に沈むことから、何かと冥土や浄土に因む日として取り扱われますね。

「春秋」とは、春夏秋冬を縮めて一年を表したり、時には「歴史」を表す言葉としてつかわれますね。
四書の一つ、「孟子」の、滕文公章句下九の最後尾にこんな言葉が出てきます。

「是故孔子曰、知我者其惟春秋乎、罪我者其惟春秋乎、」(故に孔子曰く、我れを知る者は其(そ)れ惟(た)だ春秋か。我れを罪(つみ)する者は其れ惟だ春秋か。)です。

孔子が書いたと云われる魯の国の歴史書が、五経の一つ「春秋経」あるいは「春秋」ですね。
その中には、善人には褒め言葉、悪人には批判が、歴史の事実として淡々と記されているそうです。
だから孟子は、歴史書に長く残される善悪の記述に恐れなければならないと戒めたと述べている文章だそうです。
もしも我が国にも、現代の「春秋」のような歴史書があるならば、昭和・平成の政治家や官僚はどう書かれることでしょうね。
歴史に耐えられる政治をしたと後世に読まれるでしょうか、とても興味がありますね。

衰(すい)極まりて復(ま)た盛んに・・・・・・

2009年09月22日 | 私の思い
            (文章と関係ありません。京都錦市場の漬物屋さん)

ちょっとは予想されていましたが、実際に政権交代が現実のものになると凄まじいことですね。
正式には16日ですよ、まだ一週間も経っていませんよ鳩山政権が誕生してから、
それなのに毎日のテレビと云ったら、民主党の面々の「それ行け、やれ行け」の賑やかなニュースばかりです。

昨夜アメリカに出発した鳩山総理、早速中国の胡錦濤国家主席と会談です。
国家の成り立ちも思想も隔たりすぎる相手に、「友愛」の二文字で簡単に溶け合う錯覚、胡錦濤主席に「東アジア共同体」を説明したそうですが、主席はあまり関心なしのようですね。
オバマ大統領との会談でも次々と持論を展開するつもり、「今までの日本とはちょっと違うよ」と仕掛けるつもりでしょうが、「取り返しのつかない」ことにならぬように慎重にお願いしたいものですね。
国連気象変動サミットでは、温室ガス25%削減構想を表明されるとのこと、こんな難しく大変なことを、なんぼ政権取ったからといってもポンポンと矢継ぎ早に国際公約していいもんですか?
国内でも国外でも、民主党政権元気が良いのはいいのですが、もうちょっと議論して煮詰めてからのほうがいいように思いますね。

それにつけても自民党のニュースの扱い、激減ですね。
当たり前と云えば仕方ありませんが、総裁選の報道だって天気予報の次に回される寂しさ、えらいことですね。
自民党にはしっかり再生していただき、超一流の野党を務めてもらわねばなりません。
ブログのネタがなくて困り、吉田松陰の本をペラペラめくり、対外政策を述べた「幽囚録(ゆうしゅうろく)」を開きます。
安政元年、松陰19歳にしてこの言辞、この一文を自民党に捧げます。

「一治一乱(いっちいちらん)は政(まつりごと)の免(まぬ)かれざる所、一盛一衰(いっせいいっすい)は国の必ずある所にして、衰(すい)極まりて復(ま)た盛んに、乱極まりて又治まるは則(すなわ)ち物の常なり。」です。

治まったり乱れたり、栄えたり衰えたりは逃れない所である。究極まで衰退し、究極まで乱れてもまた治まる事も、「物の常」である。そう松陰は云っています。
自民党よガンバレ、民主党もガンバレ日本のために。

彼岸の金閣寺

2009年09月21日 | 季節(秋)
             (京都北山・金閣寺、鏡湖池に映る金閣の輝き)

本日休業日、東京から帰っている息子と一緒に、家族で京都に出かけます。
国道9号線を走ります。秋の陽を浴びる丹波路は、稲刈りもほぼ終わり、田んぼの周囲には綺麗な彼岸花の波が続きます。
昨日20日は「彼岸の入り」、あさって23日は「彼岸の中日」です。

訪ねた金閣寺(鹿苑寺・ろくおんじ))は物凄い人の波、外国からのお客様もいっぱい、蒸し暑さの中を進みます。
シンボルの舎利殿(金閣)は、秋の陽光に輝き鏡湖池(きょうこち)に綺麗な姿を映しています。
開運招福・家内安全「金閣舎利殿・御守護」と書かれた、大きなお札(ふだ)のような拝観券をいただき、パンフレットも日本語、英語、中国語にハングル文字、外国人に最も人気の日本のシンボル的な建築と云われ、お寺と云うより観光スポットそのものです。

境内を順路に従い歩きます。
最後が「石不動明王」を祭る「不動堂」、チャリンとお賽銭を入れて、正面に大きく案内されています「六波羅蜜を唱えると御利益あります」を信じて、手を合わせます。
「不動堂」にも案内してます六波羅蜜は、「彼岸(ひがん)」に大いに関係しているのです。

彼岸とは悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世、こちらの岸「此岸(しがん)」に対して、向こうの岸を「彼岸」と云いますね。
彼岸の中日をはさむ、前後3日を合わせた7日間を「彼岸会(ひがんえ)」の期間と云い、
「彼岸の中日」には先祖に感謝、残る6日は悟りを開くための六つの徳目である、「六波羅蜜」を一日一つずつ修める大切な日々なのです。

六波羅蜜は、「布施・ふせ(ダーナ)」、「持戒・じかい(シラー)」、「忍辱・にんにく(シャンティー)」、「精進・しょうじん(ビーリヤ)」、「禅定・ぜんじょう(ジャーナ)」、「智慧・ちえ(プラジュナー)」の6つを波羅蜜を云い、それを一つずつ唱え悟りを開くように修めることのようです。
金閣寺の「不動堂」で、それを一遍に唱えます。
今年の彼岸は、とってもいい「彼岸会」になるような思いです。

同窓会

2009年09月20日 | ふるさとの話
          (ちょっと前の写真です。校歌の歌詞に登場します、
                    高生(たこう)の耕地と大岡山の円い稜線)

今日は同窓会に出席です。
「まあ~、懐かしい。久しぶり~、元気が何より~」の声が飛び交う同窓会、
年をとればとるほど、同じ学び舎で過ごした昔日の懐かしい情景がめぐります。
昭和33年に卒業の、国府村立(その当時は納屋、上佐野も含む)府中小学校、
昭和36年に卒業の、日高町立府中中学校(納屋、上佐野に替えて豊岡の市谷、中ノ郷が含む)の同窓の懐かしい面々です。
還暦はとっくに過ぎて御年64才、さすが男性の頭髪はちょっと少なめ、それとも真っ白、
それにつけても女性は若い、同じ年とは思えない若々しさ、うらやましい限りです。
耳がちょっと、歯も危うい、あっちを手術した、病院にお世話になってるの年相応の話題です。
会も終了の頃、校歌を思い出し、思い出し、歌います。
小学校の校歌と中学校の校歌が、どこかで混ざってどちらだったかな、50年も経つとかないませんね。
歌詞に出てくる高生(たこう)の耕地、校庭から仰いだ大岡山(おおおかやま)、
田植えの頃の写真なのですが、右手にうっすらと、まん丸の稜線が懐かしい、
そんな情景を織り込んだ校歌の歌詞、書き写しながら、同窓の面々を思いながら、今日の夜を迎えます。


府中小学校校歌
  
  作詞 森   惇    
  作曲 大 熊  誠  

  
1 山脈遠く 空に映え
      豊かに流る 円山の
   拓く沃野に 緑萌ゆ
       ああこの幸に つつまれて
    厳然とたつ 名城の
        姿とたたう いらかこそ
      府中 府中 府中小学校

2 はるけき昔 但馬路を
      治めて久し 国司
   国府の誇り 今もなお
       ああこの栄え 受けつぎて
    瑞穂の郷の 躍進を
        誓いて励む われらこそ
      府中 府中 府中小学校

3 求めて集う 明倫の
      心にかよう 校風は
   自主 敬愛と 協同の
       ああこの道を ふみしめて
    香りも高き せんだんの
        希望に生きる 双葉こそ
      府中 府中 府中小学校



府中中学校校歌

作詞 足立為右衛門
補作 今井 弘史
作曲 水谷 知久


1.但馬のさ中 名も高き
  国府の跡に 咲き薫る
  自由と愛の 学び舎は
  我等が府中中学校
  文化の光 いざ仰げ

2.大岡山の 円(まど)かなる
  姿をおのが 鑑とし
  知徳を磨く 学び舎は
  我等が府中中学校
  真理の光 いざ仰げ

3.高生(たこう)の耕地 みはるかす
  ゆたけき郷に 生い立ちて
  いそしむ技の 学び舎は
  我等が府中中学校
  平和の光 いざ仰げ
 
4.流れも清き 蓼川に
  跳れる鮎を さながらに
  溌剌(はつらつ)若き 学び舎は
  我等が府中中学校
  希望の光 いざ仰げ

但馬國一宮・出石(いずし)神社

2009年09月19日 | ふるさとの話
           (御祭神・天日槍命「アメノヒボコ」を祭る、
                        但馬の国第一の霊社・出石神社)

私は子供の頃、大人からよく「出石のいっきゅうさん、いっきゅうさん」と聞き、何を勘違いしたのか、あの「一休さん」が出石に居ると信じていました。
実は出石神社のことを、但馬の一の宮であることから、「一宮(いっきゅう)さん」と大人は呼んでいたのです。
全国どこにも「一の宮」はあります。
但馬國の「一の宮」が、豊岡市出石町にある出石(いずし)神社なのです。
この神社の祭神が、新羅の国から渡来したと云われる、天日槍命(アメノヒボコ)と云う王子なのです。
出石神社に掲示されてる由来の文には、伊豆志八前大神と称される、八種の神宝が祀られていると書かれています。

古事記の記述にも、日本書紀の垂仁天皇3年の条にも、この由来が載っています。
垂仁天皇は11代天皇、在位が紀元前後を挟んだ頃と云われますから、今から2000年ほど昔、日本の神話の世界の最後の頃になりますね。
その日本書紀の記述では、
「昔有一人 乘艇而泊于但馬國 因問曰 汝何國人也 對曰 新羅王子 名曰 天日槍 則留于但馬 娶其國前津耳女 一云 前津見 一云 太耳 麻拖能烏 生 但馬諸助 是清彥之祖父也」なんて書いてあるそうで、

新羅の王子・天日槍(アメノヒボコ)が、播磨の国、近江の国、若狭の国を経由して但馬の国・出石に着いたこと、神宝の数々を持参したことが書かれています。
その当時としては高度な土木技術で、瀬戸の水戸を切り開き、現在の豊岡盆地や出石盆地の干拓に成功し、優れた鉄器による農耕をもたらしたといわれています。
出石にある文化ホールは、「ひぼこホール」と云いますが、ステージのどん帳に天日槍を中心とする渡来集団が、瀬戸の水戸を切り開く様子が描かれています。
そんな由緒ある神社が出石神社、出石の「いっきゅうさん」なのです。

今の小さい子供を前に、「出石のいっきゅうさん、いっきゅうさん」と話すると、「一休さん」と勘違いするでしょうか、一度ためして聞いてみたいものですね。


9月に4連休、ビックリしますね

2009年09月18日 | 季節(秋)
               (初めてです、9月のカレンダーに4連休は)

一週間ほど前から云われていました。
「今度の連休は店の営業どうするの、何日くらい休むの」と聞かれます。
二日前の朝礼で発表、『え~っと、世間並みには休めません』。
『19日の土曜日は、曜日指定のお客様。冷蔵庫やテレビの配達と、修理の予約で一日いっぱい』、
『20日の日曜日は同窓会でつぶれるし』、『22日と23日は、エアコン取り外しの予約が入ってる』と話します。
『ハイ、9月の当店のゴールデンウイークの休業は、21日の月曜日一日だけにします』と決定です。

但し、私は同窓会で日曜日、息子は別にあと一日休んでもいいよに決めました。
電気屋さんをやっていますと、暦通りに休めません。
お客様のお休みに合わせて仕事の予約も入ります。
実は、5月のゴールデンウイークにしても、今度初めて4連休になる9月のゴールデンウイークにしても、少しも嬉しくないのです。

そもそも9月に4連休なんて誰が決めたんですか。どうして4連休になるの?
23日が「秋分の日」ってのは分かりますが、いつから21日を「敬老の日」にしてしまったのかな、
昔から「敬老の日」は9月15日だったはず、それを2003年から9月の第三月曜日にしてしまってる。
とにかく月曜日に「敬老の日」の祝日を持ってきて、次が高等テクニックなのです。
祝日法第3条3項にへんてこりんな、「(月)から(土)の間で祝日にはさまった平日があると、その日は祝日にする」と2007年に決めているのです。
だから月曜日の敬老の日は確実にやってきて、火曜日を挟んで水曜日に秋分の日がくればめでたく4連休成立なのです。(秋分の日や春分の日が何日になるかは、暦から割り出されるので年により移動する)
その第一号が今年なのです、ビックリします。
5月のように、もしかして毎年かと勘違いしますが、次は平成27年、その次は平成38年、44年、49年とほんの時々の話です。

ヤレヤレ有難たや、来年は違います。
それより、平成49年なんて元気でいるか、それの方が心配になりますよ。

「徳(とく)懋(さか)んなるは官を懋んにし、功懋んなるは賞を懋んにす」

2009年09月17日 | 私の思い
               (鳩山内閣発足、「脱官僚依存」を強調)

鳩山内閣が昨日発足しました。
国民の大きな期待を背負ってスタートした内閣、閣僚の顔ぶれも揃いました。鳩山新首相の記者会見での抱負も聞きました。
「いろいろな試行錯誤の中で、失敗することもあるだろうが、国民が辛抱強く、新しい政権を育てていただければ大変幸いだ」と、大変真摯な気持、とても好感が持てますね。

民主党政権が最も強調していることに、「国民のための政治を作り出す。『脱官僚依存』の政治を実践していく」と云うものがありますね。
『脱官僚依存、脱官僚依存』と、これまた耳にタコが出来るほど聞きました。
でも、政治や政策の遂行って、鳩山首相一人で何でも出来るわけでなし、閣僚だけでも出来るわけでなし、民主党全部がかかってもできるわけありませんね。
やはり現実の政策遂行は、優秀な役人の皆さんが一生懸命やらなければ進みませんよ。
その官僚をどう使いこなすかが政治家の役目、脱官僚依存じゃなくって、官僚の能力を最高に引き出すことこそ必要なんですね。

『苟(まこと)に日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり』の言葉で有名な、殷の湯王(とうおう)の賢相で、仲虺(ちゅうき)と云う人の話が書経に出てきます。
「徳(とく)懋(さか)んなるは官を懋んにし、功懋んなるは賞を懋んにす」、これを仲虺之誥と云います。
仲虺之誥(ちゅうきのこう)とは、官吏を任命する時の心得のようなもので、
「徳の高い者には高い位を与え、功労の多い者には褒賞を多く与えよ」と云う意味です。
鳩山首相殿、脱官僚依存も結構ですが、徳懋(さか)んなるは官を懋んにし、バリバリ働いてもらう、このことこそがとても大事ではないでしょうか。

大きなメモ用紙ちょうだい!!

2009年09月16日 | お客さん宅で
         (Uさんに届けます、9月の「うまいもの市」プレゼントは、
                            山形県のジュースの詰合せ)

今日は朝から、息子と二人で大阪・八尾市のミカド八尾ショールームに出掛けます。
アトム電器は勉強熱心、システムキッチンやシステムバス、それに洗面化粧台の商品勉強のため、各メーカーのショールームで希望のところに参加をするのです。
先に着いてた大阪のH店さん、「豊岡からですか、えらい遠方からご苦労さん」、
「大阪の店が、あの城崎温泉の豊岡なんて所で勉強会なら、遠くてとてもよう行かんわ」と感心しきりです。
勉強終えて一目散、夕刻6時に店に帰ります。

「Uさんが、録画したの再生方法わからんって」と、家内の伝言です。
一週間前にBD内臓アクオス買ったUさんです。
何回でも説明するよと言って帰ったテレビ、やっぱり大変だ、
『夜になりましたが、今から15分後には着きますよ』と電話して走ります。

「あら~、早よう来ていただいたのね」と、ご主人が夜の玄関先でお出迎えです。
テレビの操作は奥さんに説明、主人はとんと機械音痴なのです。
奥さんはこの一週間、どんどん予約録画したものの、再生の仕方を忘れておられます。
『奥さん、大きなメモ用紙ちょうだい』、裏が白いチラシを出していただき、それに大きな字で説明です。

『ハイ、まず再生の仕方はこうこうするのよ』と、1,2,3,と順番に書いていきます。
『もう見終わった分の消し方はこうよ』、
『番組表からの予約録画は、こんなに簡単』、
『今見ている番組の録画は、このボタン2回押すだけ』、
『予約の取り消しはこうよ』、
『再生中にこれ押すと早送り、2回押すともっと早送り』なんて、
どれもこれも1,2,3,・・・・と、サラサラ書いて、『この通りに一遍練習してね』と、繰り返します。
分厚い説明書なんて一度も開けない、ほとんどのお客様、大きなメモ用紙2枚の説明書の方がとっても役立つ毎度の風景、
今日も朝からキリキリ舞いの一日でした。