(もうじき夜8時というのにまだ明るいわ、今日は晴れてる日の入りも一年一番遅いです)
今日は、一年半分真ん中の日です。
一年の半分を無事に過ごせた感謝と、残り半年を無事過ごせますようにと祈る、夏越(なごし)の大祓(おおはら)いの行事が各地で行われる日ですね。
ふるさと但馬の豊岡の地でも、九日市(ここのかいち)にあります御女代(おみしろ)神社で、茅で作った大きな輪を人がくぐる行事が行われます。
(豊岡市民会館にて、映画 “ 『あなたへ』 ” を鑑賞しました)
昨年の8月に公開された、高倉健主演の映画『あなたへ』を、豊岡市民会館・文化ホールで鑑賞しました。
高倉健さん演ずる富山刑務所の刑務官、その妻を演ずる田中裕子さん、
亡くなった妻から届いた絵手紙には、生まれ故郷の海に散骨してほしいという妻の想いが記されている。そんな出だしから物語は始まり、
高倉健さんが、妻の生まれ故郷へ、妻と全国を旅する筈だった車で旅立ちます。
富山を出発して、飛騨高山、京都・大阪、そして兵庫県は和田山町に立ち寄り、下関から長崎県平戸への旅です。
その先々で出会う人々とのふれあい、人々が抱える人生の迷いやむずかしさ、亡き妻との回想シーンと織りなして、切なくも悲しい妻との思い出の旅の物語なのです。
田中裕子演ずる童謡歌手の美しい歌声が、響き渡る和田山町竹田城跡でのシーンは、この映画の中でも最高の印象的場面となりました。
この映画が公開された一年前からでしょうか、映画に出てまいります息をのむような竹田城跡の絶景をご覧になったからでしょうか、ふるさと但馬の竹田には、現在のところ、凄い観光客の人人人の波ですね。
(以下の写真は、一昨日の読売テレビ、午後8時の番組「ネプ&イモト世界番付」より)
二日前の夕食の時です。
テーブルのテレビは10チャンネルです。ゴールデンタイムに、「ネプ&イモト世界番付 祝!!富士山! 世界遺産&日本の超絶景ランク」と云う番組を見てしまいました。
その中で、世界に誇る日本の絶景と云うコーナーでは、
一年に20日しか見られないという、超美しい干潟模様に映る夕日の「御輿来海岸」の第3位、
超神秘的な真っ青な水をたたえる「青い池」が第2位に、
そして、なんと日本の絶景第1位は、ふるさと但馬の「竹田城跡」ではないですか。
天空に浮かぶ城として紹介されていました。
和田山町竹田にあります竹田城跡は、標高350m余の山上に、広大な石垣の残る日本屈指の規模ですね。
竹田城は今から約550年前のことです。
嘉吉3年のころ、但馬守護で出石城主・山名持豊(全国の六分の一を治めていたため六分の一殿と呼ばれていた山名宗全)が、当初は土塁で築城し、山名氏の武将、太田垣氏が七代にわたって城主となって、築城に努めた山城です。
その規模、南北に400m、東西に100mの総石垣造りの山上に築いた壮大なものです。
山上にあたかも虎が伏せているような様相を見せる姿から、別名を「虎伏(とらふす)城」とも呼ばれているのです。
過去、映画のロケ地としても使用され、映画「天と地」では石垣の上に撮影用セットの城まで作ってしまいます。
但し、竹田城とか竹田城跡とか、ズバリの名前での登場は、今日市民会館で観た、高倉健の「あなたへ」が初めてのようですね。
春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色、それになんと云っても、雲海に浮かぶ石垣の絶景は格別なのです。
息をのむ竹田城跡の絶景の素晴らしさ、世界に誇る日本の絶景第一位になるのも、すべからぬものですね。
子供のころは竹田城に遠足は定番でした。
そして、子供のころから大人になって、播但線の列車に乗って竹田駅を通過する時です。
「見てみて、あれが竹田城だで、山のてっぺんに凄いな~」と、窓の外から上を見て、子供も大人も叫びます。
まるで大袈裟に云いますと、新幹線の車窓から「富士山が見えたみえた、あれが富士山だよ~」って云う感じです。
《誇りです 竹田城跡 日本一》
テーブルのテレビは10チャンネルです。ゴールデンタイムに、「ネプ&イモト世界番付 祝!!富士山! 世界遺産&日本の超絶景ランク」と云う番組を見てしまいました。
その中で、世界に誇る日本の絶景と云うコーナーでは、
一年に20日しか見られないという、超美しい干潟模様に映る夕日の「御輿来海岸」の第3位、
超神秘的な真っ青な水をたたえる「青い池」が第2位に、
そして、なんと日本の絶景第1位は、ふるさと但馬の「竹田城跡」ではないですか。
番組では、
日本の絶景第1位の竹田城跡を、日本のマチュピチュ、天空の城として紹介していましたね。
日本の絶景第1位の竹田城跡を、日本のマチュピチュ、天空の城として紹介していましたね。
天空に浮かぶ城として紹介されていました。
和田山町竹田にあります竹田城跡は、標高350m余の山上に、広大な石垣の残る日本屈指の規模ですね。
竹田城は今から約550年前のことです。
嘉吉3年のころ、但馬守護で出石城主・山名持豊(全国の六分の一を治めていたため六分の一殿と呼ばれていた山名宗全)が、当初は土塁で築城し、山名氏の武将、太田垣氏が七代にわたって城主となって、築城に努めた山城です。
その規模、南北に400m、東西に100mの総石垣造りの山上に築いた壮大なものです。
山上にあたかも虎が伏せているような様相を見せる姿から、別名を「虎伏(とらふす)城」とも呼ばれているのです。
過去、映画のロケ地としても使用され、映画「天と地」では石垣の上に撮影用セットの城まで作ってしまいます。
但し、竹田城とか竹田城跡とか、ズバリの名前での登場は、今日市民会館で観た、高倉健の「あなたへ」が初めてのようですね。
春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色、それになんと云っても、雲海に浮かぶ石垣の絶景は格別なのです。
息をのむ竹田城跡の絶景の素晴らしさ、世界に誇る日本の絶景第一位になるのも、すべからぬものですね。
子供のころは竹田城に遠足は定番でした。
そして、子供のころから大人になって、播但線の列車に乗って竹田駅を通過する時です。
「見てみて、あれが竹田城だで、山のてっぺんに凄いな~」と、窓の外から上を見て、子供も大人も叫びます。
まるで大袈裟に云いますと、新幹線の車窓から「富士山が見えたみえた、あれが富士山だよ~」って云う感じです。
《誇りです 竹田城跡 日本一》
(きれいに咲いています。隣の畑の一列に咲いたちょっと小ぶりなヒマワリの花)
人は夫々(それぞれ)ですな、それぞれ色々な話しぶりやら、口ぐせってものがありますね。
人を見たら、「あんたのとこだけでしょ、景気いいのは。どっこの電気屋さんも売れん云っとるのに・・・」と、褒めているのか貶しているのか分からんお客さま、
「いつもニコニコとして景気よさそうね・・・」と、一つも買ってくれないのに、愛想だけはいいお客さま、
十人寄れば十人十色の「うふふっ・・・・」の口ぐせばかりを聞かされますね。
カンカン照りの日差しの中で、エアコン工事をいたします。
Nさん宅は、母屋の隣に和室の一軒家を新築でした。
かなり凝った造りの建物に、粋なデザインの照明器具や、超大型テレビに高級エアコンを取り付けました。
そのエアコン工事に伺った時です。工事に取りかかったすぐ傍で、Nさんちの奥さんおっしゃいますね。
「アトムさん、毎日毎日エアコン工事だってね」、
「どうしてそんなに、アトムさんはエアコンが売れるのよ」と、
『Nさん、ありがとうございます。毎日エアコン工事は今がシーズンだからですよ』、
『この暑さでしょ、アトムの店はエアコン祭りで売れてるようですよ。いやいや、豊岡の街の電気屋さんも、エアコンはどんどん売れている筈です。うちだけではありませんよ』と応えます。
そうすると、Nさんちの奥さんは「そんなことはあれへんちゃ。よその電気屋さんが売れてるなんてことあれへん、聞いたこともないわ」、
「アトムさんだけだっちゃ。こんなに流行(はやる)のは、あんたの所だけだわ」と、むきになっておっしゃいますね。
いつも当店ばかりのご贔屓の、愛情あふれるNさんの口ぐせと云ってしまえばそれまでですが、Nさんちの奥さんは会うたび、立って見るたび、話すたび、
必ず口ぐせ「アトムさんと所だけだっちゃ、こんなにはやってるのは。よそは売れて~へん間違いないっちゃ」と云いますね。
《褒め過ぎも 何度聞くたび ほんとかな》
(今度のカッターは、紙押さえがとても強力にしてよく切れる・・・・)
毎月、私が頭をひねって作成しますクロスワードパズルは、パソコンでA4用紙に二つ並べて作ります。
プリンターで印刷されたものを、紙切りカッターで二つに切断します。
切れ味が悪くて、何回も失敗していました長年使ったカッターを、お暇(いとま)しまして新しいものを求めます。
今度のものは、位置を決めて刃を下していきますと、紙の押さえが同時に降りてきます。さらに、その押さえの強力なこと、裁断を待つ紙をしっかり押さえてビクともしません。
新しいから当然ですが、刃の切れ味も鋭いもので、押さえ切った20枚くらいの紙が「ザクッ」っと小気味よく切れますね。
昨日、本部から特選品カタログが到着します。
私のクイズも、息子のお便りチラシも何とか間に合いました。
本日は、エアコン工事で朝一番から午後3時過ぎまでかかりました。
店に帰って、特選品カタログに添えますクイズやチラシや野菜の種を、テキパキ重ねて袋に入れる。明日もエアコン工事だ、週末は日曜でできない、そのため本日せっせと詰めますね。
小気味よく切れます裁断中のクイズを見ながら考えますね。
私の作るクロスワードパズルは、なかなか作るの難しい、そのため、作り始めた最初のころは、ワードを埋めるのが精いっぱいで、季節の言葉や地域の言葉なんてとても取り込むことはできません。
今では、どんどん要領つかみ、季節や地名を適当に取り込むクイズが作れます。
さあ7月のテーマは何にしようかと、夏の言葉にしようか、地名がよかろうか、考え考え作ります。
赤枠の五文字は夏の言葉にしようと、「(カ)(ブ)(ト)(ム)(シ)」と五文字は先に決めますほんとです。
テーマのワードは、豊岡市の地名で「漢字一文字」のものをちりばめるということにいたします。
豊岡市には、集落がおよそ300ヵ所くらいはあります。その中で漢字一文字の地区を書き出します。
旧豊岡市は「庄(しょう)」「滝(たき)」「辻(つじ)」「伏(ふし)」「森(もり)」の5ヵ所です。
日高町は「芝(しば)」「谷(たに)」「殿(との)」「中(なか)」「野(の)」「堀(ほり)」の6ヵ所、
城崎町は「結(むすぶ)」だけの1ヵ所、
竹野町は「段(だん)」「轟(とどろき)」「椒(はじかみ)」「林(はやし)」の4ヵ所、
出石町は「嶋(しま)」「柳(やなぎ)」の2ヵ所、
但東町は「後(うしろ)」「畑(はた)」の2ヶ所です。
この合計20ヵ所の地名を紙にずらっと書きまして、その言葉をどれに繋ごうかと、四苦八苦しながら組み立てて作り上げるのがクロスワードパズル、頭をひねっての作成作業のことですね。
20か所のうち、やっと採用されますめでたくも、うまく言葉のかみ合わせに潜り込めた地名は、但東町の「後(うしろ)」と、出石町の「柳(やなぎ)」と、日高町の「殿(との)」の、たった三つでありました。
それくらいですね、クロスワードパズルに身近な地名を潜り込ませることって、実は無茶苦茶・ムチャクチャ難しいのです。
《切りながら やっと出来たよ 地名いり》
(きれいに咲きました。道路沿いに咲いていますアジサイの花)
人は夫々(それぞれ)ですな、それぞれ色々な話しぶりやら、口ぐせってものがありますね。
「商売人わな、損して得取れ。勉強せんなあかんで~・・・」と、商売したこともないのに、商売人にお説教をなさるお方、
「よう儲けて儲けてどうすんの、そんな儲けたらあかんで~・・・」と、これまた商売人を羨んでのお説教をするお方、
十人寄れば十人十色の、「およよっ・・・・」の口ぐせばかりを聞かされますね。
『こんにちわ~、冷蔵庫の調子が悪いのですか』とAさん宅を訪ねます。
Aさんちの奥さんから電話で、「昨日から冷凍がおかしいの、冷えなくなったみたいなの、壊れたのかしら診てちょうだいね」です。
『そうですか。カタログを持って来いと云うことでしたら、ご用意してすぐお伺いしますよ』と駆けつけました。
奥さんは、「もう17年にもなるのよ、左右どちらにでも開くドアのこの冷蔵庫、左側をテープでしっかり塞いでいるでしょう。ドアが壊れて外れかけて危ないからなのよ」、
「台所に立って反対から開けなきゃならなくって、不自由で不自由でかなわんのよ」、
「今度は冷えなくなっちゃったの。もう古いし買い替えますアトムさんから」と、一通り悔みをしゃべって「買い替えます」の話です。
『ありがとうございます。これがアトムの特選品カタログなのです』、
『そうですね、今までの冷蔵庫と同等の426㍑のこれくらいがよろしいでしょね』、『エコナビで省エネします。使い勝手もとてもよろしい新製品ですよ』と説明しまして納得ですね。
ここで奥さんこんなこと、
「うちはずっとアトムさんからばっかり、昔から家じゅうみんなアトムさんの品物ばかりなのよ。サービスしといて」とおっしゃいますね。
『およよっ、おかしいな~。Aさんちはうちから何を買ってもらったかいな?』、
『たしか一年前に、ジャー炊飯器を買ってもらった。そういえば10年くらい前に、2層式洗濯機もあったっけ。アトムさんばっかりって何だったけな。家じゅうってそんなにあったっけ、品物のことじゃないでしょう、それは修理や細々とした用事の話じゃないですか』と気が付きました。
別に、Aさんちの奥さんが悪気でおっしゃっているわけではありません。口ぐせなんでしょうね、
Aさんちの奥さんに限らず、Bさんちのご主人だって、Cさんちのばあちゃんだって、ほとんどのお方がおっしゃいますね。「アトムさんとこからばっかりなのよ、家じゅうの電気製品はあんたのところのものばっかり」と、
負けろとは云われません。安くせとも云われませんが、とにかく口ぐせですな「アトムさんばっかり」と云うお客さまって多いいですね。
《ありがとう うちからばかり ありがとう》
(八鹿町馬瀬地区、北近畿豊岡自動車道の工事が急ピッチで進んでいます)
八鹿のお客様で用事を済ませて、次は日高町の三方や神鍋方面に向かう時には、八鹿町の馬瀬から珍坂トンネルを抜けるコースが断然近いです。
本日は、梅雨の雨が土砂降りの中を、八鹿のNさん宅で用事を済ませて帰るとき、近道コースの珍坂トンネルへ向かいます。
途中の馬瀬の工事現場は土砂降り霞の中を、大きなクレーンを使って高速道の橋脚工事がどんどん進んでいます。
馬瀬の田んぼの中に5、6本の橋脚ができました。
これからは、その両端の山にトンネルです。向こうの山を掘れば国道9号線に、こちらの山を掘れば八鹿町の三谷地区に通じ、その先は、日高町浅倉からいよいよ久斗に抜けるトンネル工事に通じます。
日高町の久斗から祢布地区あたり、インターチェンジの工事もどんどん進んでいます。
只今、ふるさと但馬の八鹿の町や、日高町の久斗や豊岡の但馬空港の入口あたり、あっちでもこっちでも大きな橋脚工事が進みます。
日に日に、通るたびに、姿を現します大きなコンクリートの塊が、ふるさとの明日や明後日や来年は、すっかり景色を変えますね。
《ふるさとは 梅雨の只今 工事中》
(コーヒーサーバーがずらっと並んで好きなだけどうぞ、せんべいも好きなだけ試食してね)
先日、和田山町の播但連絡道入口にあります「せんべいの製造販売・海鮮せんべい但馬」さんに寄りました。
駐車場もとても広くて、観光バスが何台も停まっています。
このお店は、せんべいの製造工程をガラス越しに見学させ、海の幸を使ったせんべいの数々を店頭販売されています。
広い店内には、無料のコーヒーを自由にお飲みくださいと、椅子もテーブルもふんだんに用意してゆったりと、
広いせんべい売り場には、商品ごとに試食のケース、立ち寄った多くのお客様は、次から次へと「ポリパリ・パリポリ」とせんべいの試食し放題なのです。
私は何度も立ち寄りました。
どうして立ち寄るかと云いますと、大概はトイレ休憩、厚かましくあまりコーヒーや試食はしません。
先日の日曜日は家内と二人、「コーヒー遠慮せんとよばれたらいいがな」、「せんべいの試食、みんな食べておられるわ。遠慮せんといただこ、これ美味しいわ、あんたも食べたら」と、誘われ誘われいただきますね。
しかしなんですな~、この「海鮮せんべい但馬」はもうかれこれ3、4年になりますか、よくはやっていますね。
いつ寄っても人でいっぱい、せんべいをどんどん買っているようでもないですが、コーヒーを飲んでいる人はいっぱい、せんべいパリパリ試食のおばちゃんばかりの賑わいですね。
松下幸之助発言集・昭和40年の記事の中に、「サービス」という題でこんなことが書いてありました。
私ども子どもの時分によく親方から教えられたのは、商売人というものは、 “損して得取れ” ということです。
これは、少し旧式な話でありますけれども、損して得取れ、損を惜しんでは商売人として成功しないということを言われたのであります。
これは商売だけではなくて、人間全般に通ずると思うのです。個人、人間の社会生活に通ずることだと思います。今日の言葉でいうならば、まずサービスからかかれ、サービスをしてはじめて成果が認められるんだということと同じことだと思います。昔はサービスという言葉はございませんでしたから。
そのサービスを適切にやっていくいかんかによって、非常に満足されるかどうかが決まる。満足されることによって、松下を非常に支持してくださるということに結びつき、繁栄するか繁栄しないかということに結びつくと思うのであります。
松下電器のすべての人は、サービス精神に事欠いてはならない。それは、友人に対するサービスであるし、会社に対するサービスであるし、顧客に対するサービスであるし、社会に対するサービスである。いっさいがサービスから始まると考えていいと思う。
松下幸之助は、こんなふうにサービスのことを述べておられますね。
商売、仕事、付き合い、社会に対し、サービスとは何かと考え、サービス精神でなんでも取り組み始めなさいと力説なのですね。
《心から 親切するが サービスよ》
(毎月26日が〆切日のクイズ、やっと枠が埋まった、あとはヒントを考えますね)
街の電気屋の仕事って、「修理に来て~」、「エアコンの相談あるのよ~」の電話で出かけ、「引っ越しなんです。エアコンすぐ外して~」、「あれして~、これ頼みたいわ~、すぐ来て~」の「すぐすぐ」にすぐ駆けつけまして、バタバタ・バタバタ日が暮れますね。
こんな仕事を発生業務と呼びますが、次から次へと電話に対応して、片付けていく仕事がとても多いいのです。
いや、ほとんどよ~く考えてみますと、テレビやエアコンや、パソコンはもちろんオール電化やリホームだって、元の初めは、電話一本からのお呼び出しから始まりますね。
そんな仕事に追っかけられているような毎日ですが、月の内に〆切日を決めて、きちんきちんとやっています事もありますよ。
それがアトムの良いところ、全国アトムのお店はですね、きちんきちんとお届けします情報の便りがありますね。
アトムの特選品カタログを、毎月毎月必ず届けに月初め、手作りのお便りチラシを添えます伺いますね。
『ほい、7月号のクイズの原案が出来たで~』と、きれいにプリントしましたクイズの答えを息子に手渡しますね。
息子は、「早や~、早やできたの~。焦るな~・・・、でんきや便りは、まだ何を書こうか考えとる最中なのに~、焦るな~」と応えます。
毎月のクロスワードパズルのクイズは、〆切日を26日としています。
エアコン工事だ、冷蔵庫の配達だ、なんだかんだと忙しくしている合間を縫って、毎月クイズも考えなきゃなりません。
クイズは、だいたい20日過ぎた頃から作成します。
今月も、22日の土曜日夕刻、エアコン工事から帰って座りウンウン考え作ります。
『出来た~、やったぜクイズの完成だ』と喜び、ウキウキ点検いたします。おや、おかしい。ほんの一文字だけがミスっています。
修正を考えますが、クロスワードパズルを作った人には分かるでしょうが、クロスワードパズルの修正ってものは、どんどん迷路に入って実際には出来ないのですよ。
夕刻の2時間ほどがパ~になりました。
仕方ないです。
月曜日も朝からエアコン工事です。時間が取れない、こそっと日曜日の午前中、息子に内緒で一から作り直して完成します。
『ほい、7月号のクイズの原案が出来たで~、あとはヒントを考えるだけ、すぐに印刷にかけられるわ』と、〆切に間に合いそうに出来ました。
(毎月27日が〆切日のチラシ、でんきや便りの原稿が出来とるわいな)
今日の夕刻です。
「これ見たか~、ちゃ~んと書けてるよ “街のでんきや便り” が書けてるよ~」と、息子はA3の原稿を見せますね。
いつの間に書いたのだろうかね、今日はエアコン工事もしていたし、A3のボリュームいっぱいのお便りチラシを、いつの間に書いていたのよ不思議です。
息子のチラシは、A3用紙の裏表がありますから、まだ出来たといっても半分です。
本部からやってきます特選品カタログの、27日到着までに、全部の原稿と印刷ができるかお楽しみです。
《間に合いそう クイズとチラシ 〆切に》
(紫陽花が鮮やかに咲いています。花菖蒲はもうすっかり花の盛りは過ぎてます)
日曜日です。
あちらこちらの道沿いに、きれいに紫陽花の花が鮮やかに咲いています。
今日も時折降る梅雨の雨、紫陽花は梅雨の雨に濡れて、よりアジサイらしくしっとりいたします。
ちょっと湿った田の隅に、先日まで咲いていました花菖蒲は、もうすっかり盛りを過ぎます花はなくなり、葉っぱだけの菖蒲となりました。
紫陽花は、土地の酸性・アルカリ性などで、咲く花の色が変わるとも、咲き始めてからでも変わるとも言われています。
そのせいでしょうか、紫陽花の花言葉は「うつろい」とか、「移り気」とか、あまり良い意味には言われませんね。
今日の都議選でも、7月の参議院選でも、安倍さん率いる自民党が躍進すると予想されていますね。
安倍首相の良いところは、「ぶれない」、「信念がしっかりしている」ところでしょう。
釈迦の教えに、「自灯明・法灯明」という言葉があります。
自らの強い信念を拠り所にし、学んだ真理を灯火として、信じた真理を拠り所にして進みなさいという意味ですね。
安倍首相、なにとぞ強い支持率に慢心することなしに、紫陽花のように他からの影響で、色が変わるような、うつろいを見せずに力強く進んでほしいと思います。
《紫陽花も 好きで好(この)んで 移り気を》
(ケンちゃんが30や40の大人になるころに、日本はどうなるのかな心配します)
7月4日に公示されて21日に投開票されます参院選挙は、ちょうどひと月先となりました。
ここにきて、各政党から公約やマニフェストや、アジェンダと云う選挙公約が相次いで発表さてています。読んでいまして感じます。
どうしても仕方がないのでしょうかね選挙ってものは、その立候補者に一票入れてもらって、当選させてもらわなきゃあ何の足しにもならないのが性なのでしょうかね、書いてあることが、どうしても歓心かって人気を得るような、身近なまあ大袈裟に云えば、ポピュリスト的な内容が多く見かけられます。
国の主権や安全を守る、国家の防衛なんかをきちんと公約のテーマに挙げて、民に問う勇気のある政党ってなかなかちょっとないですね。
自民党だって、あれだけ意欲的に96条先行改正を云ってたはずなのに、昨日発表された参議院選挙公約2013では、それをきちんと謳っていませんね。
「さあ、時代が求める憲法を。」の書き出しも、最後の最後の付け足しのような処、
「憲法は、国家の最高法規。まさに国の原点です。
既に自民党は、現行憲法の全ての条項を見直し、時代の要請と新たな課題に対応できる『日本国憲法改正草案』を発表しています。
憲法を、国民の手に取り戻します。」、
と書いて、
⑩憲法改正の発議要件を「衆参それぞれの過半数」に緩和し、主権者である国民が「国民投票」を通じて憲法判断に参加する機会を得やすくしました。
★自民党は、広く国民の理解を得つつ、「憲法改正原案」の国会提出を目指し、憲法改正に積極的に取り組んでいきます。と、ゆるい書き方です困ります。
96条の、3分の2を2分の1への先行改正なんぞはハッキリ言わずにゆるいです。
佐藤一斎は言志晩録第115条で、
「士気(しき)振(ふる)わざれば、則(すなわ)ち防禦(ぼうぎょ)固からず。防禦固からざれば、則ち民心(みんしん)も亦(また)固きこと能(あた)わず。然(しか)れども其の士気を振起(しんき)するは、人主(じんしゅ)の自ら奮(ふる)いて以(もっ)て率先を為(な)すに在り。復(ま)た別法(べっぽう)の設(もう)く可(べ)き無(な)し。」と書いていますね。
国民の国を思う志が振るわなければ、防衛を強くすることはできない。防衛が強くなければ愛国心も強固にならぬ、国も危うし。
ただ、国民の志を奮起させるには、上に立つものが率先して奮い立たなければならない。それ以外に方法は無い。と言っています。
自民党をはじめ国民を愛し国を愛する全政党の皆さんは、この国の防禦、防衛のことをまずは率先垂範してやってほしい、参院選挙公約を見まして強く強く感じます。
《政治はね 目先のことも 未来もね》
(Aさんちのまわりは山ばかり、鹿も出ますイノシシも出ます。それにサルも出ます山ばかり)
私が洗濯機の修理をしてますすぐそばの、床に座ってじいちゃんは、じっと見てます話します。
今日、Aさん宅に『今から寄らせていただきます。じいちゃん一人ですか、頼まれています洗濯機の修理、部品が入ったのでさせて下さい』と電話して、
「いいよ~、わし一人なんだけど来てやっておくれ」の返事を受けて、洗濯機の修理に出かけます。
じいちゃんは、ドラム式洗濯機を分解して部品を取り換える私の手元を、珍しそうにじっと眺めながら床に座って話します。
「アトムさんだったね、わたしゃあ~今年で82になったんよ。昭和の6年生まれの82歳なんよ」、
「あのな、わしも元気なころは土建の仕事に、元気に勤めておったけれど、年をとって今は体が自由に動かんですわ」と勝手に話しを始めます。
『畑はどうですか、昨日・今日の雨は恵みの雨でしたね』と聞きますと、
「あのな、足も腰も痛た~て畑もばあちゃんの担当、ばあちゃんは雨で畑に出られへんので、近所の連れのとこに行っとるわ。わしは何~にもできれへんです」、
「そうそう、イノシシが暴れまわってしゃあないですや~な。それにこの辺はサルもようけおるしな」、
「サルわな、イノシシと違って木の上を飛び回るっしゃあ、捕まえることも、畑に入らんようにすることも出きれへんし、しゃあないもんだで」、
「山に囲まれとるこの辺りは、畑も出きれへんですわ」と一人ぶつぶつ勝手に話す、じいちゃんの話が続きます。
「わしの死んだばあちゃん(じいちゃんのお母さん)の出どこが、出石の山奥だらあな。そこもおんなじサルが出るんよ」と話を繋いで、そこのおうちの話です。
「もうじき法事をせんならんだわ。家の跡取りは、父さん母さん死んだ後につい最近亡くなったよ。跡取りは嫁ももらっとらん一人だったので、その家は絶えちゃったがな」と話します。
そのおうちにはずっとずっと昔のことです。当店も何度かご用で訪ねます。
三人家族みんなが良い人で、「これ持って帰って、これあげます」と、そのたびに、野菜や、お米や、ダンゴの粉までもらった記憶がありますね。
『え~~、三人とも亡くなったのですか』とビックリ悲しみいたします。
じいちゃんは、「家ってな、なかなか思うように続かんもんだね~。みんないい者(もん)ばっかりなんだけどな~」と、悲しそうに話します。
「この村にも、ちょっとした農作業中に若いもんが、事故でケガして亡くなってな。続いてお母さんも歳で亡くなるし、若いもんの奥さん一人になってしまったがね」と、今日のじいちゃんは横に座って、悲しい話ばっかりいたします。
修理を終えて帰り道、ラジオからこんな歌が流れます。
なあ~くな~あ小鳩~よ 心のつ~ま~よ~
な~まじなかれ~りゃ みれんがか~ら~む
た~とえ別りょ~と 互いのむ~ね~に
抱いて~いよ~よ お~も~かあ~げ~を
終戦直後に大流行しました岡晴夫のヒット作、「啼くな小鳩よ」ですね。
啼くな小鳩よ 心の妻よ
なまじ啼かれりゃ 未練がからむ
たとえ別りょうと 互いの胸に
抱いていようよ おもかげを
旅ははるばる 涯(はて)ないとても
呼べば届くよ 夜毎の夢に
思い出したら 祈ろじゃないか
つきぬえにしを 身の幸を
さらば小鳩よ 心の妻よ
瞳曇るな また逢う日まで
帽子振り振り あとふり向けば
暁(あけ)の野風が ただ寒い
じいちゃんの話とは全然関係ない曲ですが、妙ですね。悲しい話を聞いてしまった後で、この曲、何かジ~ンと悲しくなりましたよ。
聞かなきゃよかった。じいちゃんの話とこの歌も。
《じいちゃんの 悲しすぎます ひとりごと》
(今日のふるさと豊岡の街は、ジャ~ジャ~降りです梅雨の雨、
アトムの店は、そんな雨でもエアコン工事をいたします。・・豊岡駅前にて)
夜、役員が集まって商工会にて会合です。
何の会合かと申しますと、日高町の商店会連合会と云うわずか21店舗の集まりの、夏の中元大売出しの中身を決める会合なのです。
もうかれこれ20年も、それ以上もやって来ましたかね。
田舎の町、日高町のちっちゃな商店が寄り集まって、大袈裟な名前の商店会連合会なんです。
連合会なんて名前はその昔、日高町の各地区にはそれぞれ商店街がありました。まだまだ街の商店華やかりし頃です。お店の数もずっとずっと多かった、各地区の商店街が寄り集まっているから、商店街連合会なんて呼んでいました懐かしいですね。
一軒やめ、一軒なくなり、商店街というにはあまりにも少ない店の数、当店の国府地区なんぞはわが店一軒の寂しいことになりました。
とうとう、名称も「商店街」改め、「商店会」となったわけです。日高町商店会連合会のあまりに小さなお話しです。
司会の食料品店さん:「この夏の中元大売出しはいかがいたしましょうか」
他のお店:「予算も残り少ないけれど、しゃあないわな、何とか細々(ほそぼそ)とでもやろうな」
食料品店さん:「本会計から売り出し会計に回せるお金は、ほとんどありません」、「それでも何とか考えますか」
他のお店:「お金がないって、そんなにないのですか。昨年は10万回せたわね、今年はないの、2万でも5万でもないのですか」
食料品店さん:「ガラポン抽選会をすると、会場のアルバイトやら会場費やらで3万も4万もいるの、何なら昔やった福引券方式にしようかね」
他のお店:「福引券方式は安くつくのですか」
他のお店:「福引券方式は盛り上がらんやろ、ちっちゃくても地味でもガラポン抽選会場は賑わうよ、売り出しらしい風景になるもんね」
食料店さん:「実は、日高の夏祭りが7月28日(日)なのです。それにかぶせるようにすると、ガラポン抽選はは8月2、3日(金、土)になって豊岡の柳祭りにかぶります」、「なので、ガラポンよりも簡単な福引方式にしてはどうかと思います」
他のお店:「補助券10枚でガラポン一回を、福引券方式にすると4万枚も5万枚も券を印刷して、それにナンバリングせなあかんわな、印刷が高くつくわ~」
他のお店:「福引券を50枚も100枚ももらっても、3万枚の中でペアで食事券50組なんて、当たらんわな、600分の1では当たらん当たらんで文句が出るわな」
食料品店さん:「それでは、節約型の景品を地味にして、ガラポン方式にやっぱりしますか」
食料品店さん:「予算の面からどう見たって、去年より地味に景品を考えますよ」
他のお店:「一等、コウノトリの山本米をやめたらどうかね、4万円以上節約できるで」
他のお店:「あのな、なんぼ地味な売り出し云っても、一等がまさか500円の日高商品券では寂しいで」
他のお店:「このアサヒ本生300本当たるって、たったの缶ビール一本ずつもらっても喜ばんで~、これやめたらいいがな」
他のお店:「そうだそうだ、同じ予算なら、ペットボトルのお茶の大きいのがいいがな」
他のお店:「そういっても、寂しいな~。一等が山本米5キロであとはティシュやお茶や、子供のお菓子の小さな袋、地味だね~、つくづく思うわ」
食料品店さん:「ああでもない、こうでもない云っていても決まりません。本会計からの補助は5万、景品は昨年より3万削って決めます」
電気屋さん:「ああでもない、こうでもないと決まりませんね。雨なのに今日はエアコン工事でクタクタです。眠たいです早く決めましょうな」
食料品店さん:「一等山本米5キロを20本、2等は500円の商品券を半分にして30本に、本生はやめます。あとはティシュ、ペットボトルのお茶、お菓子にします」
他のお店:「地味でもいいです。お茶でも、お菓子小袋でも、ガラポンした人は喜んで帰られますよ」
他のお店:「なんといっても、予算も店も少なく、本当にスケールの小さなことばっかりですね」
電気屋さん:「結局去年と一緒、いや、もっとスケールが小さくなりましたが、何とか頑張りましょう。もう9時過ぎたわね、これで今日の会合終わりにします」
疲れましたな~、
たったこれだけのことを決めるのに、ああでもない、こうでもないと延々遠う回り、
ガラポンだ、やれ福引券だと延々と、結局元に帰ってガラポンを、それも景品とっても地味にして、決まりましたねやっとです。
ふるさと但馬の田舎町、田舎の町の小さな小さな、無茶苦茶スケールの小さなお話しでした。
《売り出しも いつまでやれる 予算無い》
アトムの店は、そんな雨でもエアコン工事をいたします。・・豊岡駅前にて)
夜、役員が集まって商工会にて会合です。
何の会合かと申しますと、日高町の商店会連合会と云うわずか21店舗の集まりの、夏の中元大売出しの中身を決める会合なのです。
もうかれこれ20年も、それ以上もやって来ましたかね。
田舎の町、日高町のちっちゃな商店が寄り集まって、大袈裟な名前の商店会連合会なんです。
連合会なんて名前はその昔、日高町の各地区にはそれぞれ商店街がありました。まだまだ街の商店華やかりし頃です。お店の数もずっとずっと多かった、各地区の商店街が寄り集まっているから、商店街連合会なんて呼んでいました懐かしいですね。
一軒やめ、一軒なくなり、商店街というにはあまりにも少ない店の数、当店の国府地区なんぞはわが店一軒の寂しいことになりました。
とうとう、名称も「商店街」改め、「商店会」となったわけです。日高町商店会連合会のあまりに小さなお話しです。
司会の食料品店さん:「この夏の中元大売出しはいかがいたしましょうか」
他のお店:「予算も残り少ないけれど、しゃあないわな、何とか細々(ほそぼそ)とでもやろうな」
食料品店さん:「本会計から売り出し会計に回せるお金は、ほとんどありません」、「それでも何とか考えますか」
他のお店:「お金がないって、そんなにないのですか。昨年は10万回せたわね、今年はないの、2万でも5万でもないのですか」
食料品店さん:「ガラポン抽選会をすると、会場のアルバイトやら会場費やらで3万も4万もいるの、何なら昔やった福引券方式にしようかね」
他のお店:「福引券方式は安くつくのですか」
他のお店:「福引券方式は盛り上がらんやろ、ちっちゃくても地味でもガラポン抽選会場は賑わうよ、売り出しらしい風景になるもんね」
食料店さん:「実は、日高の夏祭りが7月28日(日)なのです。それにかぶせるようにすると、ガラポン抽選はは8月2、3日(金、土)になって豊岡の柳祭りにかぶります」、「なので、ガラポンよりも簡単な福引方式にしてはどうかと思います」
他のお店:「補助券10枚でガラポン一回を、福引券方式にすると4万枚も5万枚も券を印刷して、それにナンバリングせなあかんわな、印刷が高くつくわ~」
他のお店:「福引券を50枚も100枚ももらっても、3万枚の中でペアで食事券50組なんて、当たらんわな、600分の1では当たらん当たらんで文句が出るわな」
食料品店さん:「それでは、節約型の景品を地味にして、ガラポン方式にやっぱりしますか」
食料品店さん:「予算の面からどう見たって、去年より地味に景品を考えますよ」
他のお店:「一等、コウノトリの山本米をやめたらどうかね、4万円以上節約できるで」
他のお店:「あのな、なんぼ地味な売り出し云っても、一等がまさか500円の日高商品券では寂しいで」
他のお店:「このアサヒ本生300本当たるって、たったの缶ビール一本ずつもらっても喜ばんで~、これやめたらいいがな」
他のお店:「そうだそうだ、同じ予算なら、ペットボトルのお茶の大きいのがいいがな」
他のお店:「そういっても、寂しいな~。一等が山本米5キロであとはティシュやお茶や、子供のお菓子の小さな袋、地味だね~、つくづく思うわ」
食料品店さん:「ああでもない、こうでもない云っていても決まりません。本会計からの補助は5万、景品は昨年より3万削って決めます」
電気屋さん:「ああでもない、こうでもないと決まりませんね。雨なのに今日はエアコン工事でクタクタです。眠たいです早く決めましょうな」
食料品店さん:「一等山本米5キロを20本、2等は500円の商品券を半分にして30本に、本生はやめます。あとはティシュ、ペットボトルのお茶、お菓子にします」
他のお店:「地味でもいいです。お茶でも、お菓子小袋でも、ガラポンした人は喜んで帰られますよ」
他のお店:「なんといっても、予算も店も少なく、本当にスケールの小さなことばっかりですね」
電気屋さん:「結局去年と一緒、いや、もっとスケールが小さくなりましたが、何とか頑張りましょう。もう9時過ぎたわね、これで今日の会合終わりにします」
疲れましたな~、
たったこれだけのことを決めるのに、ああでもない、こうでもないと延々遠う回り、
ガラポンだ、やれ福引券だと延々と、結局元に帰ってガラポンを、それも景品とっても地味にして、決まりましたねやっとです。
ふるさと但馬の田舎町、田舎の町の小さな小さな、無茶苦茶スケールの小さなお話しでした。
《売り出しも いつまでやれる 予算無い》
(建設中の豊岡市新庁舎は完成間近です。旧労働会館玄関から見た庁舎裏正面の一部です)
豊岡市の、総務課やこども教育課に、物品見積り書を出しての帰りです。
しとしとと降る梅雨らしい雨足の中を、堤防道路の蓼川大橋あたりを走ります。車のラジオはNHK、いつもよく耳にする木津川計(きづがわ・けい)さんのラジオエッセイが聞こえます。
雑誌『上方芸能』編集長の木津川計さんは、お歳はもう78才のはず、軽妙な語り口のお話の名人は、いつもと変わらずのお元気な声でお話ですね。
今日のテーマは、「スピーチ」についてのことです。
ある新聞社が、「あなたは、人前でのスピーチは得意ですか」という質問の調査をしたそうです。そうすると、「得意です」がたったの4%で、「まあまあ得意」を足しても29%しか人前でのスピーチ出来ないという結果、「苦手、とても苦手」の人が71%もあると、話し始めてこんなことを今日はお話ですね。
誰でも、人前では「上手に話せない、面白いネタがない、アドリブが出てこない、話すテーマを準備できない」なんて理由で、スピーチは苦手で「あがって」しまうそうです。そしてほとんど人が顔が赤面すると云います。
ただ、人は「注目されている、じっと見られている」ことに、恥ずかしいとか、あがるとか、それは実に素直な反応でして、とても人間らしいことだとお話でした。
友達と一対一では普通に話しができるのに、大勢の人前でのスピーチはどうしてあがってしまうのか、どうしてうまく話そうと焦るのか、それがいけないのですと言われます。
スピーチの基本は、友達と「今朝はこんなことがあった、あんなことをした」と気楽に話すように、普通の出来事を順々と、隣の友達に話すようにすればよいと言われます。
さらにスピーチの極意は、その話のテーマは出来る限り、出来る限り、「人を褒める、出来事を褒める、なにかを褒める」に徹すればよいと言われます。
木津川さんくらいの名人になりますと、どのようなテーマでもスラスラ楽々話せましょうが、普通の人はそりゃ無理ですよ。
まずは、テーマは人の成程そうだなと思う褒めるところを見つけて、例えば、結婚披露宴では花婿さんのいいところを褒めて、花嫁さんには「さらに、その花婿さんのいいところのもう一つ素晴らしいところ」を褒める話が「極上」、そんな「褒める話」をしてみることが、必ずうけるとご忠告でした。
なるほどいい話を聞いたなあ~と、深く感心いたします。
ブログのネタでも同じでしょうね。
なにか特上のいい話を、無理して無理して肩に力を入れて書くよりも、朝こんなことをしました。昼はこうでした。夕方こんなことに出会いましたの、普通の話を書くように。
そして、人を褒める、街を褒める、出来事を褒める話で、読む人の心も楽しくなるよな話題を探す。そんなブログを書きたいですね。
《名人の 木津川さんを 真似しよう》
(蓼川大橋と、どんよりとした梅雨空と、雨雲に隠れる山々)
空がどんよりと曇ってきました。
雨はザーザーとは降りません。時々、パラパラと申しわけ程度に降るばかりです。
道路沿いの気温の表示板は28度、カンカン照りの暑さはもちろんありませんが、蒸し~~っとした蒸し暑さが敵いませんね。
近畿地方は、先月28日ごろに梅雨入りしたはずでした。「梅雨入り~」っと宣言のあった日と次の日くらいに、雨はザーザー降りました。が、それ以来ピタっと止みます晴ればかりでしたね。
確か、先週の土曜日15日でしたか、一日だけ小雨程度の雨でした。
今日はどんよりした蒸し暑い陽気です。雨は降らなくっても、この曇りが梅雨と云ってしまえば確かに梅雨らしい天気となりました。
ラジオからは「沖縄地方は本日梅雨明けになりました。これからの一週間くらいは、暑い晴れの日が続くでしょう」とアナウンス、こちらは、これからまだひと月近くも、どんより曇った蒸し暑さに付き合うことになりますね。
クリーニングを終えて除菌のために一晩寝かせて、又テストの繰り返し、新品以上にきれいになった洗濯機を〇さん宅へ運びます。
『きれいになりましたよ。ピカピカにしました』と、クリーニングの前後の内部写真を渡して話します。
「わ~、こんなにきれいになって。気持ちいいわね~」と奥さん大喜びです。
洗濯機を引き取りに来た昨日の話です。
クリーニングするため洗濯機を持ち帰る、洗濯機の置いてあった床もピッカピカに掃除をします。
『なかなか洗濯機を取っての掃除はできませんわね。こんな時こそ徹底的にしましょう』と、お客さんと一緒にいたします。
『今日は雨が少しだけ降ったが、もうちょっとしっかり降ってもらわんといけませんね』とお話しすると、
「そうよ、今日くらいな小雨なんて畑の土のほんの上だけよ、土の中まで雨水なんて浸み込んでないわよ」と、残念そうにこたえます。
そんな返事を背にして帰ろうとした時です。奥さんおっしゃる「これちょとだけれど持って帰って食べて~」と、袋に野菜をどっさりとです。
畑を作っている人にとっては、雨も降らずに実にやきもきする今年の梅雨なのに、帰り際に引き止め、野菜を持って帰れととても優しい奥さんですね。
《出来ないと 言っても野菜 くれますね》
(ふるさと但馬の田んぼの苗は、大地と太陽の恵みを受けて、今日もすくすく育ちます)
佐藤一斎を知っておられますね、江戸後期の朱子学の大先生で、江戸昌平黌(しょうへいこう)の儒官にして当時の学問の最高権威として、多くの有名な門下生を輩出されました。
何回も私のブログで佐藤一斎の言葉を引用させていただきました。
少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。
壮にして学べば、則ち老いて衰えず。
老いて学べば、則ち死して朽ちず。
この原文は、佐藤一斎の言志四録の第3冊目であります言志晩録第六十条に載っています。漢詩調の「少而学,則壮而有為。壮而学,則老而不衰。老而学,則死而不朽。」です。
三行の文章は、この原文をわかりやすく書き留めたもので、佐藤一斎の「三学戒」と言うもっとも有名な文句です。
意味は、少年のときに学んでおけば、壮年になってから役に立ち、何事かを為すことができる。
壮年のときに学んでおけば、老年になっても気力が衰えることはない。
老年になっても学べば、ますます見識も高くなり、社会に役立つこととなり、死んでからもその名は残るであろう。
池田草庵を知っておられますね、わがふるさと但馬の聖人と言われた江戸末期の儒学者、ふるさと但馬に青谿書院を開き、明治初期の学会・経済界の要人を多く輩出されたお方です。
佐藤一斎は安永元年(1772年)生まれ、池田草庵は文化10年(1813年)生まれなので、池田草庵は41歳若い、ただし、亡くなったのは佐藤一斎は、明治が誕生する9年前の安政6年(1859年)で88才、池田草庵は明治10年(1878年)で65才の歳でした。
41才も若い池田草庵先生ですが、もちろん大先輩で大先生であります佐藤一斎の講義を受けたり、門下生とも言われたり、
もちろん佐久間象山、勝海舟、吉田松陰に繋がる佐藤の門下生とも、あるいは山田方谷(やまだほうこく)から河井継之助に繋がる方たちとも、大いに交友を深めたようですね。
まあ、江戸後期から末期にかけての、佐藤一斎を頂点とした明治に繋がる、学問の世界の偉人の人々だったのですね。
最初に書きました「少にして学べば・・・、壮にして学べば・・・、老いて学べば・・・。」は、人は皆、幼少期から死ぬ直前までの学びの大切さを教える、宝のような言葉なのです。
《偉いです 佐藤に池田 教えられ》
(父の日にプレゼントされました。ピンクも似合うかなと次男の若嫁さんからもらいます)
今日は「父の日」です。
毎年毎年、父の日のプレゼントを息子たちから貰います。とてもありがたいことだと感謝感激する親父です。
確か、ブログを書き始めた5年前の「父の日」にも、次男の若嫁さんにもらったの、東京の長男にもらったのと書きました。それもよく似てますね、すぐに着られます嬉しいですね。
(ちょっと着てみるか。おお、よく似合うよピッタリだわね。腕の毛がよく目立つね~)
「ピンクを選んでしまったけれど、お父さん似合いますか」と問われます。
すぐ着てみようっと、
おお、よく似合うよピッタリだわね。70近い親父だって、ピンクもよく合います今日着て出かけます。
記念に写真を撮ってみるか。
およよ、組んだ陽に焼けた腕のもじゃもじゃ毛、よく目立つもんだね~。お父さんはね、昔から夏になると、半袖から出る腕の毛が恥ずかしかったんよと笑います。
(もじゃもじゃの毛も昔は真っ黒、年をとったね今は真っ白になっちゃって)
いつの頃からかね~、真っ黒な毛も今では真っ白になってしまったよ。
陽に透かすと銀色ってところかな、銀色っていうことはシルバーってことです。私もシルバー世代の真っ只中ですね。
(播但連絡道路の、朝来市竹田(竹田城のふもと)の高架橋はとてもユニークなデザインですね)
え~い、先週は月曜日から土曜日まで、エアコン工事で疲れたよ。ちょっと一休みにドライブに行くか、家内と二人で出かけます。
出かけるったって地味ですね、近場の近場のすぐそこですよ。朝来市の竹田城に向かいます。
ところがどうでしょうか、「天空の城」としてとても有名な竹田城は、空前の人気で大渋滞でした。
車で上り口に差し掛かります。途中の広い駐車場には、全但の観光バスが数台も駐車、城は山のてっぺんにありますそのために、道路をずっと走って上がります。
途中のカーブで案内人は、「この先満車です。入山は30分以上の待ちです」の言葉、ガッカリ断念いたします。
途中、ユニークデザインの播但連絡道路の高架橋をくぐります。まるでイタリアかヨーロッパのような印象の高架橋を写して帰ります。
(実際は、写真のおよそ倍の長さがありますきれいです。そばに近づくと迫力満点すごいです)
確かに迫力満点すごいです。
竹田城への上り口は昔は反対からでしたが、今は高架橋側からとなってます。
天空の城・竹田城と一緒に、このデザインの高架橋は、確かに観光の目玉になりますね。
(夜になりました。東京の長男からも父の日プレゼントが届きます)
夜遅くです。
「今日は父の日の荷物が、ムチャクチャ多くて遅くなってしまいました」と宅配便のお兄さん、暗くなったころに届きます。
東京の長男からの「父の日」のプレゼントです。
相変わらず気の利いた夏に愛用の綿100%のシャツです。おまけに靴下も入っています。
ありがたいですな~、毎年毎年必ず届く、こんなに嬉しいことはありません。
《父の日は 嬉しいですね プレゼント》