落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (70)       第五章 誕生・国定一家 ④  

2016-10-25 18:14:14 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (70)
      第五章 誕生・国定一家 ④  





 「おまえさんは大前田の英五郎親分の紹介で、ここへ来たのかい。
 なるほど。兄貴が見込んだだけのことは有りそうだ。
 このまえ賭場を荒らしていたのは、百々一家をつぶしにかかってきた
 島村の伊三郎が憎くて、やったてぇわけだな?」


 「へぇ。あの野郎には、どうにも我慢が出来ません。
 ウチの代貸2人を引き抜いたうえに、残った新五郎代貸まで闇討ちにしました。
 ずいぶんと汚ねぇ男です、伊三郎って野郎は。
 自分で手を下さず、子分どもにぜんぶ言い付けて、悪事のし放題でさぁ」
 

 「だが。俺が聞いた限りじゃ、島村の伊三郎親方の評判はいい。
 しかし。おめえの言う通り裏でそんなことをしてるとなると、たしかに許せねぇ。
 俺は旅をしながら、あちこちでいろんな親分を見てきた。
 素人衆に評判の良い親方にかぎって、裏で何をしているかわかったもんじゃねぇ。
 島村の親分も2足のワラジを履いた、その手の親分さんだったのかい。
 しかしな忠治。渡世人は、実力だけがものをいうんだ。
 取られたものは、実力で取り返す。
 それが渡世人の世界だ」


 「取られたものは、実力で取り返す、ですか・・・」



 「そうよ。渡世の世界で生き残っていくには、それしかねぇ。
 大前田の兄弟がおめえを百々一家へ送り込んだのは、ひょっとしたら、
 おめえを試すつもりだったかもしれねえな」

 
 「俺を試す?。どういう意味ですか?」


 「おめえがどれ程の男なのか見たかったんだろう、大前田の英五郎兄貴は。
 百々一家を潰すも潰さねえも、どうやらおめえ次第のようだな」

 「俺次第、ですか?・・・」


 「そうさ。すべてはおめえ次第だ。どうだい、やってみちゃぁ?」

 「やってみるって、いったい何を・・・」


 「百々一家を、立て直すのさ。
 見た通りだ。百々一家はボロボロで、いまや没落寸前の状態だ。
 ここまでおちぶれていれば、駄目なら駄目で元々だろう」

 「俺が立て直すんですかい、百々一家を」

 「ああ。おめえなら、きっと出来る」


 「忠治さんよ。そういう話なら、俺にも手伝わせてくれねぇか」と
となりで聞いていた円蔵が、口をはさむ。
「そうだな。おまえさんなら、百々一家を立て直す軍師にぴったりだ」
円蔵の言葉を聞いて栄次郎が、にこりと笑う。


 「忠治。こいつは野州無宿、日光の円蔵と言ってな、俺んとこの客人だ。
 昔。山伏の修行を積んだらしくて、兵法に妙に詳しい男だ」

 「兵法?。なんですか、そいつは?」


 「兵法というのは、戦(いくさ)のやり方のことだ。
 島村の親分相手に戦するには、持って来いといえる男だぞ、この円蔵は。
 戦には戦法がいる。
 伊三郎があの手この手で、百々一家の代貸たちを引き抜いたのも、
 紋次をつぶすための戦法のひとつだ」


 思ってもいないところで、忠治の未来がひらけてきた。
だが忠治のすぐうえに、兄貴格の文蔵がいる。
本来なら文蔵がいちの子分として、百々一家の跡目を継ぐことになる。
しかし当の文蔵が、意外なことを言い出した。



 「勘弁してくれ忠治。俺は親分という柄じゃねぇ。
 だいいち、読み書きが出来ねぇ。
 読み書きも出来ねぇ親分じゃ、あとで恥をかくのは分かり切ってる。
 忠治。おめえは親分衆たちに名前が売れている。
 俺に遠慮することなんざねぇ。
 おめえが跡目を継ぐというのなら、俺はおめえのために、命を張ってもいいぜ」


(71)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (69)       第五章 誕生・国定一家 ③ 

2016-10-24 17:09:57 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (69)
      第五章 誕生・国定一家 ③ 


 
 「小三郎の奴は新五郎の女、お仙に横恋慕していた。
 自分のものにしようと居酒屋へ乗り込んだ。追い回したあげく、お仙を盗み出した。
 世良田村まで逃げたが、知らせを聞いた新五郎が追いついた。
 2人で争った末。新五郎は深手を負い、まもなく死亡。
 女は言うことを聞かず、最後まで抵抗した。そのため小三郎に切り殺された。
 そのまま小三郎は行方をくらましちまったんだ。
 という風に調べはついた。
 紋次よ。まさかおめぇ、かくまってなんかいねぇだろうな?。
 下手人の小三郎のやつを?」


 じろりと紋次親分を、伊三郎が睨みあげる。
紋次親分の額にみるみる、怒りの青い筋が浮かび上がる。


 「寝言を言うな。馬鹿なことを言うんじゃねぇ、伊三郎。
 小三郎はとっくの昔に俺を裏切って、お前さんのところへ逃げこんだ男だ。
 いまはおめえの子分のはずだ。
 つまらねぇいいがかりをつけるのも、いい加減にしろい!」


 「いいがかりなんかじゃねぇぞ。
 世良田の森で2人が言い争っているのを、見たという人間がいる。
 これ以上、隠し立てなんかすると、ためにならねぇぞ。
 やい紋次!。素直に小三郎を出せ!」

 
 「ふざけるな伊三郎。
 小三郎がやったというのなら、それはおめえがそそのかしたからだ。
 自分で筋書きを書いたくせに、俺に難癖をつけるとは、呆れた十手持ちだ」


 
 「笑わせるな。
 俺はおめえの子分だった男を面倒見るほどの、お人よしじゃねぇ。
 丹念に調べあげた結果、小三郎が下手人と判明したんだ。
 居ないとどこまでもシラをきるんじゃ、しょうがねぇ。
 今日のところは引き上げてやる。
 だがよ、これで終わったなんて思うなよ。
 また来るからな。邪魔したな紋次」


 おい帰るぞと、伊三郎が子分たちを振りかえる。
肩を怒らした子分たちが、ぞろぞろと百々一家から出ていく。
中の様子を覗き込んでいたやじ馬たちが、あわてて、道をあける。


 「ふざけやがって、伊三郎の野郎め。
 おい、塩をまいておけ。2度と来ねぇように山盛りでまいておけ!」



 顔を真っ赤にした紋次親分が、文蔵に向かって言い付ける。
いわれのない言いがかりをつけられた紋次親分の怒りは、すでに頂点に達している。
「汚ねぇ真似をしやがって、くそやろう!」と、背中を見せたときだった。
ぐらりと紋次親分の身体が揺れる。
支えを失い、そのままどたりと音を立てて畳へ崩れ落ちる。


 倒れた原因は、この当時、中風と呼ばれていた脳卒中だ。
境の宿で2年前から開業していた蘭方医がいる。
急いで医者を呼んだため、紋次親分は、さいわい命をとりとめる。
だが半身に麻痺が残った。
しゃべることもままならない生活がはじまる。



 とつぜんの事に、子分たちの動揺が止まらない。
紋次親分が倒れたと聞き、伊三郎はその後、何も言ってこなくなった。
百々一家が、消滅するのを待っているのだろう。
沈みかかった舟は、放っておいても勝手に沈む。
伊三郎は駆け引きにかけて、たいへんずる賢い判断のできる男だ。


 落ち目のうえ、中風まで患った紋次親分を、見舞う客は少ない。
市が立つ日の賭場は、文蔵が中心となってひらいた。しかし、客の入りはすくない。
鉄火場というより、まるで通夜のような空気がただよっている・・・


 ときどき、紋次親分の兄弟分が見舞いにやって来た。
川田村の源蔵。八寸(はちす)村の七兵衛。それに前橋から福田屋栄次郎がやって来た。
前回、忠治を助けた円蔵も伴に連れている。
忠治の顔を見た福田屋栄次郎が、苦笑を浮かべる。


 「あれ、おめえは確か?・・・」



 「へぇ。いつぞやは、たいへん世話になりやした。
 本名を名乗れず、申し訳ありやせんでした。あっしが、国定村の忠治です」


 「そうかい。やっぱりおめえが忠治か。
 よかったぜ、俺の目に狂いはなかったようだ。なぁ、円蔵」


 見舞いにやって来た福田屋の栄次郎がようやく、にこりと笑う。

(70)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (68)       第五章 誕生・国定一家 ②

2016-10-21 18:35:56 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (68)
      第五章 誕生・国定一家 ②




 宿場役人と死体の確認に行った紋次親分が、青い顔で戻って来た。
何も言わずそのまま、奥の部屋へ消えていく。
バタバタと飛びだしてきた姐さんが、あわてて酒の準備をする。
そんな姐さんの様子を見ているだけで、忠治と文蔵はすべてを理解した。

 
 「文蔵の兄貴。
 代貸が亡くなったらこの先、百々一家はいってえどうなるんですかい?」


 忠治が、文蔵の顔を見つめる。
怖い顔のまま固まっていた文蔵が、懐から、愛用の手裏剣を取り出す。
ひゅっと空気を切って、手裏剣が文蔵の手から飛んでいく。
するどい音を立てて、いつもの柱へ手裏剣が突き刺さる。



 「どうもこうもあるめぇ。
 こうなったらもう、ウチの一家の生え抜きは、俺の面倒をみてくれた
 岩松の兄貴だけだ。
 兄貴に先頭に立ってもらい、代貸の仇を討つだけだ。
 岩松の兄貴。いまからすぐ、伊三郎の首を取りに行きましょうぜ!」


 「早まるな文蔵。
 まだ伊三郎一家が手を下したと、決まったわけじゃねぇ。
 やつらがやったという証拠がまだ、何ひとつつかめていねぇ状態だ」


 「じれってえ話だ、まったくよぉ。
 証拠なんかなくても、伊三郎が手下に指図したのに決まっていらぁ。
 かまうもんか。いいから今から殴り込みをかけて、憎い伊三郎の奴を
 八つ裂きにしてやりましょう!」


 「まぁ落ち着け、文蔵。
 たしかに伊三郎は、いつかは殺らなきゃならねぇ相手だ。
 だが時期が悪い。たしかな証拠もねぇ。
 それによ。殴り込みをかけるにしても、人数が少な過ぎる。
 伊三郎の奴もバカじゃねぇ。復讐をおそれて警戒を強めているだろう。
 そんなところへノコノコ出かけて行けば、返り討ちだ。
 奴が油断するまでもうすこし、待とうじゃねぇか」


 岩松が、文蔵の鋭い目線から目を逸らす。
岩松の言い分はわかる。しかし、文蔵の気持ちは収まらない。
文蔵が2本目の手裏剣を取り出す。ふたたび柱に向かって投げつける。
今度もまた乾いた音をたてて、手裏剣が柱に突き刺さる。


 偉そうなことを言っていた岩松だが、その後の行動がよろしくない。
いつのまにか、百々一家から姿を隠す
日が暮れた頃。女を連れて、境の宿からこっそり姿を消した。
自分と、自分の女に災いがふりかかる前に、境の町から逃げ出していった。
翌朝。そのことを知った文蔵が、地団太を踏んで悔しがる。


 「ばかやろう!
 さんざん偉そうなことを言いやがったくせに、てめぇが一番の意気地なしじゃねぇか!。
 今度見たら俺様が、岩松の首を引っこ抜いてやるぞ!」

  
 代貸の新五郎が殺され、さらに中盆の岩松が逃げ出したことで、
百々一家の筆頭が文蔵ということになった。
ますます落ち目の百々一家に残ったのは、忠治と保泉(ほずみ)村の久次郎。
茂呂(もろ)村の孫蔵。山王道(さんのうどう)村の民五郎。八寸(はちす)村の才市。富塚村の角次郎の6人。
三下をしている宇之吉と、上中(かみなか)村の清蔵だけ。
この人数では、町はずれで小さな賭場を開くだけで精一杯だ。



 そんなとき。
伊三郎が十手を片手に、子分どもを引き連れて、百々一家へ乗り込んで来た。
子分の中に、腕が立ちそうな浪人者の用心棒がまじっている。
(この野郎かもしれねぇな。代貸の新五郎兄貴を斬ったのは・・・)
忠治は用心棒を見た瞬間、それを直感した。
しかし。この用心棒が斬ったという証拠はどこにもない。

 
 「紋次。おめえのとこに、小三郎という若い者がいるだろう。
 実はな。そいつが今回の新五郎殺しの下手人だということが、判明した。
 いるのなら素直に、そいつを俺に引き渡せ」



 小三郎という男は、すでに百々一家にはいない。
2人の代貸が百々一家を裏切った時。
おおくの子分たちと一緒に、すでに伊三郎のもとへ下っている。
居るはずのない下手人を、百々一家の身内の人間に仕立てあげてるとは、
卑劣を言うにもほどがある。
だが伊三郎は早く連れて来いと、紋次親分の前で、大きく十手を振りかざす。

 

(69)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (67)       第五章 誕生・国定一家 ①

2016-10-20 16:19:10 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (67)
      第五章 誕生・国定一家 ①



 賭場荒らしの日から、10日が経った。
ふくろ叩きに有った忠治も、おとらのおかげでようやく回復してきた。
15日目が過ぎた頃。普通に歩けるようになった。


 だが、久しぶりに顔を見に行ったお町が、「女の匂いがする」と素っ気ない。
無理もない。
回復するまでのほとんどを、忠治はおとらの旅籠で過ごしたからだ。


 忠治が寝込んでいる間。とくに伊三郎の動きは無い。
忠治の回復を首を長くして待っていた文蔵が、懲りずにまた
賭場荒らしの計画を持ち込んで来た。
そんな矢先。百々一家の土台をゆるがす大事件が持ちあがった。


 事件が発覚したのは、絹市が立つ日の朝。
賭場の準備で、朝から全員が忙しい。
そんな中。辰(たつ)の刻(午前八時)を過ぎても、代貸の新五郎の姿が見えないと
中盆の岩吉が騒ぎ始めた。



 「代貸は几帳面なお人だ。滅多に遅れることなんかねぇ。
 胸騒ぎがしてならねぇ。おい文蔵と忠治。
 おめえら2人して、代貸が定宿にしているつた屋を見て来てくれ」


 つた屋は宿場のはずれにある居酒屋。店主のお仙と代貸は男女の仲だ。
「お仙さんも、根っから好きな女だからな。
いまごろはまだ、しっぽり濡れて布団の中じゃねえのかな。2人とも」
イヒヒと目じりを下げ、文蔵がくちびるを舐めまわす。


 それなら別段、問題は無い。
しかし。到着した居酒屋の様子が、おかしい。
閉店しているはずなのに軒先に、昨日のままの暖簾が揺れている。
入り口に手をかける。カギがかかっていない。
カラリと軽い音をたてて、入り口の戸が簡単に開いた。


 「もしや!」と思って2人が踏み込む。店の中が荒れている。
器が落ちている。あちらこちらで徳利が割れている。
住まいにしている2階へ、2人が駆け上がっていく。代貸とお仙の姿はそこに無い。
そこもまた、めちゃくちゃに荒らされている。
2人が使っている布団が、ボロボロに切り裂かれている。
しかし血の跡はない。
危ないところを間一髪で、逃げ出したような気配がある。



 「忠治。どうやら一大事だ。
 襲ってきたのは、おそらく、伊三郎一家の子分たちだろう。
 おめえは急いでこのことを中盆に伝えてくれ。
 俺はこのあたりを、徹底的に探してみる!」


 「おう。急を伝えたら、俺も急いで戻って来る!」
忠治が伊勢屋に向かって全速力で駆け出していく。
文蔵が納戸や物置を物色する。しかし2人の姿はどこにも見当たらない。


 捜索範囲をひろげて探し回っているうち、忠治が戻って来た。
2人して、宿場を隅から隅まで駆け回る。
こころ当たりすべて探してみるが、2人の姿は何処にもない。
そうこうしているうち、昼近くになってしまった。
「駄目だ。無駄に探し回ってもラチがあかねぇ。いちど戻って中盆と相談しょうぜ」
と文蔵が言い出し、捜索を打ち切る。



 2人が伊勢屋の前まで戻って来たときだ。
宿場役人が、紋次親分をたずねて姿を見せた。
世良田村のはずれで、あやしい死体がふたつ見つかったと、役人が斬り出した。
どうやら代貸の新五郎らしいので、確認してくれと宿場役人が言い渡す。


 「えっ・・・代貸が、死体で見つかった・・・」



 知らせを聞いた紋次親分も、中盆の岩吉も、忠治も文蔵も、
同時に言葉をうしなう。
そのまま全員が、その場でばたりと凍り付く。

(68)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (66)       第四章 お町ふたたび ⑱

2016-10-19 17:21:18 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (66)
      第四章 お町ふたたび ⑱




 おとらが旅籠の中を駆けまわり、軟膏を集めてきた。
筑波山の名物、がまの油まで入っている。


 がまの油は、大坂夏の陣に徳川方として従軍した筑波山・中善寺の
住職光誉上人がもちいていた陣中薬。
後年。そのガマの油が、なぜか路上で販売されるようになる。
行者風の衣装をまとった香具師が、綱渡りなどの芸で客を寄せたあと、
霊山・筑波でしか捕獲できない「四六のガマ」から、油をしぼり取る方法を語る。


 香具師は、ガマの油は万能だと語る。
止血作用があることを示すため、刀を手に持つ。
刀には仕掛けがしてある。切っ先だけがよく切れるようになっている。
和紙を手にとる。「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚」と
徐々に小さく切っていく。



 小さくなった紙片を、紙吹雪にして吹き飛ばす。
刀の切れ味を見せつけたあと、切れない部分を使って自分の腕を切る。
腕には血糊が塗ってある。これで切り傷があらわれる。
切り傷にガマの油をつける。たちまちのうちに血が消えて、傷が見事に治る。
ガマの油の止血効果を、このようにして客に見せつける。



 「ばかやろう。切り傷じゃねぇ、打ち身だ。おれの怪我は!」


 暴れる忠治を、おとらが上から押さえつける。
身動きできなくなった忠治の全身に、おとらがガマの油を塗りつける。


 「ガマの油の効能は、先ず第一に火傷。アカギレ。霜焼の妙薬。
 切傷、出痔、いぼ痔、走り痔、脱肛、打ち身、くじき、はれものに効くとあります。
 それだけではありませぬ。
 大の男が七転八倒転がって苦しむ虫歯の痛みも、ピタリと止まるそうです。
 まだまだあります。
 赤ん坊の汗疹、カブレ、おむつのタダレなどには、ガマの油の空箱や、
 つぶれた箱を見せただけで、ピタリと止まるそうです」


 「おいおい。まるっきり香具師の口上じゃねぇか、そいつは。
 そんなもんにガマの油が効いたら、誰も苦労なんかしないぜ・・・うん?」


 「どうしたの。あんた?」



 「いや、なんだか変だなぁ。あそこが急にモソモソしてきたぞ」

 
 「あら、やだ。全身傷だらけだというのに、とつぜん元気になったわね。
 うふふ、この子ったら」


 「バカやろう。おめえのせいだ。
 よせばいいのに、余計なところまでガマの油を塗るから、こうなるんだ!」


 「いいじゃない。それだけクスリの効き目が有るという証でしょ。
 ね。どうすんの、これ。こんなに元気になっちゃって・・・」


 「ガマの油に、こんな効能が有るとはしらなかった。
 よせよ、おい。触れば触るほど、ますます元気になっちまうじゃねぇか!。
 責任をとれよ、このすけべ女」


 「どうせ私は、すけべな女です。
 美人で知られるお町さんや、働き者のお鶴さんには逆立ちしても勝てません。
 でもね。布団の中なら、お2人さんに負けません。うふふ」


 立ち上がったおとらが、いきなり、はらりと帯を解く。
はだけた着物から、雪のような白い肌と、赤いけだしがちらりと覗く。
おとらが、もどかしそうに赤いけだしの紐に手をかける。



 「帰さないわよ、傷が治るまでの、とうぶんの間・・・」
うふふと笑ったおとらが、赤いけだしをはらりと畳へ落とす。


 第四章 お町ふたたび 完

 
 (67)へつづく



おとなの「上毛かるた」更新中