忠治が愛した4人の女 (65)
第四章 お町ふたたび ⑰
忠治が痛む身体を引きずり、帰りの道を歩きはじめる。
顏が腫れあがっている。体中の節々が分解しそうなほど、あちこちがとにかく痛む。
とぼとぼと歩いているうちに、いつの間にか日が暮れてきた。
ようやくのことで鎮守の森をこえたときだ。
「よう、無事だったか」文蔵が目の前に飛び出してきた。
「無事とは言えねぇか。ここまでボロボロにされちまったんじゃ・・・」
要領のわるいやつだおめえも、と目を細めて文蔵が笑う。
「ひでぇぜ兄貴。逃げるんなら逃げると、最初に言ってくれなきゃあ」
「すまねぇ。中へ入って驚いたんだ。
あんなに大きな賭場じゃ、俺たち2人で襲うのは、とうてい無理だ。
そう思った瞬間。思わず身体が逃げる方へ反応しちまった」
「兄貴が尻尾を巻いて逃げ出すとは、思わなかった。
想定外だぜ、まったくよう・・・」
「なんだおめえ。正気かよ。本気であの賭場をやるつもりだったのか。
無謀すぎる。たったひとりで、あんなでかい賭場を?」
「俺も無理だろうとは思った。だがよ、むざむざ袋叩きにあうのも癪に触る。
ひと暴れしなきゃ、逃げ出せねぇと思ったから抵抗しただけだ」
「まあな。だがよ。長脇差を抜かねえでよかったぜ。
抜いていたら今ごろは、殺されていたころだ。
まぁ、なにはともあれ、お互いに無事でよかった」
「無事じゃねぇぜ。体中のあちこちが傷だらけだ」
「仕方がないだろう。逃げ遅れたおめえが悪いんだ。
命が助かっただけでも、めっけもんだ。
だが、賭場荒らしはしばらく辞めたほうが、よさそうだ。
どうでぇ。俺はゲン直しに一杯呑みに行くが、おめえもいっしょに来るか?」
文蔵が、傷だらけの忠治の顔を覗き込む。
さきほどよりだいぶ腫れている。
右の瞼は腫れあがっている。まるで怪談話に出てくる、お岩のようだ。
「お町に会いにいきてぇが、いかんせん田部井村は遠すぎる・・・」
忠治が絞り出すように、吐き捨てる。
五体満足ならすぐにでもお町に会いに行きたいが、いまは身体がそれを許さない。
足をひきずり、歩くだけで精一杯だ。
見かねた文蔵が、「ほらょ」と忠治に肩を差し出す。
「兄貴。その気があるのなら、さいしょから肩を貸してくれ」
「歩くくれぇなら大丈夫だろうと見ていたが、それももう限界のようだ。
ボロボロなくせに、そんなに逢いてえのか、お町という女に?」
「ああ、お町はいい女だからな」
「女が欲しいのなら、他にもいっぱいいるだろう。
その身体で、お町が居る田部井村まで歩くのは無理だ。
そうだな。半里も歩けば、女郎のいる木崎の宿へ着く。
今夜はそこで我慢しろ。
そのあたりまで歩くだけでせいいっぱいだろう?。その痛みようでは」
「しょうがねぇ。今日はおとらで我慢してやるか」
「そいつはいい考えだ。
おとらに介抱してもらえばきっと元気になる。
おっ、ちょうどいい具合に、木崎へ向かう百姓の大八車がやって来た。
あいつに乗せてもらおうじゃねぇか」
「なんで分かるんだ。木崎へ向かう大八車だと?」
「あいつらは木崎の宿へ、頼まれた野菜を運んでいる連中だ。
訳を話せば大八車のすみっこへ、おまえさんを乗せてくれるだろうぜ」
「俺は、野菜と同じかよ!」
「ばかやろう。傷物の野菜は売れねぇ。
忠治。おまえのいまの傷ついた身体は、野菜以下の値打ちしかねぇ」
「よくいうぜ、文蔵の兄貴。
俺を置き去りにして、先にさっさと逃げ出したくせに!」
「それだけの元気があれば、十分だ。
じゃ断っちまうか?。百姓たちの大八車に、乗せてもらうのは?」
「いや。乗せてもらえるように話してくれ。
こうして自分の足で立っているのさえ、もう、辛くなってきた・・・」
「それならそれで、さいしょから素直に言え。この強情野郎」
「すまねぇ兄貴。
もうすこしだけ俺の、面倒をみてくれ・・・」
(66)へつづく
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第四章 お町ふたたび ⑰
忠治が痛む身体を引きずり、帰りの道を歩きはじめる。
顏が腫れあがっている。体中の節々が分解しそうなほど、あちこちがとにかく痛む。
とぼとぼと歩いているうちに、いつの間にか日が暮れてきた。
ようやくのことで鎮守の森をこえたときだ。
「よう、無事だったか」文蔵が目の前に飛び出してきた。
「無事とは言えねぇか。ここまでボロボロにされちまったんじゃ・・・」
要領のわるいやつだおめえも、と目を細めて文蔵が笑う。
「ひでぇぜ兄貴。逃げるんなら逃げると、最初に言ってくれなきゃあ」
「すまねぇ。中へ入って驚いたんだ。
あんなに大きな賭場じゃ、俺たち2人で襲うのは、とうてい無理だ。
そう思った瞬間。思わず身体が逃げる方へ反応しちまった」
「兄貴が尻尾を巻いて逃げ出すとは、思わなかった。
想定外だぜ、まったくよう・・・」
「なんだおめえ。正気かよ。本気であの賭場をやるつもりだったのか。
無謀すぎる。たったひとりで、あんなでかい賭場を?」
「俺も無理だろうとは思った。だがよ、むざむざ袋叩きにあうのも癪に触る。
ひと暴れしなきゃ、逃げ出せねぇと思ったから抵抗しただけだ」
「まあな。だがよ。長脇差を抜かねえでよかったぜ。
抜いていたら今ごろは、殺されていたころだ。
まぁ、なにはともあれ、お互いに無事でよかった」
「無事じゃねぇぜ。体中のあちこちが傷だらけだ」
「仕方がないだろう。逃げ遅れたおめえが悪いんだ。
命が助かっただけでも、めっけもんだ。
だが、賭場荒らしはしばらく辞めたほうが、よさそうだ。
どうでぇ。俺はゲン直しに一杯呑みに行くが、おめえもいっしょに来るか?」
文蔵が、傷だらけの忠治の顔を覗き込む。
さきほどよりだいぶ腫れている。
右の瞼は腫れあがっている。まるで怪談話に出てくる、お岩のようだ。
「お町に会いにいきてぇが、いかんせん田部井村は遠すぎる・・・」
忠治が絞り出すように、吐き捨てる。
五体満足ならすぐにでもお町に会いに行きたいが、いまは身体がそれを許さない。
足をひきずり、歩くだけで精一杯だ。
見かねた文蔵が、「ほらょ」と忠治に肩を差し出す。
「兄貴。その気があるのなら、さいしょから肩を貸してくれ」
「歩くくれぇなら大丈夫だろうと見ていたが、それももう限界のようだ。
ボロボロなくせに、そんなに逢いてえのか、お町という女に?」
「ああ、お町はいい女だからな」
「女が欲しいのなら、他にもいっぱいいるだろう。
その身体で、お町が居る田部井村まで歩くのは無理だ。
そうだな。半里も歩けば、女郎のいる木崎の宿へ着く。
今夜はそこで我慢しろ。
そのあたりまで歩くだけでせいいっぱいだろう?。その痛みようでは」
「しょうがねぇ。今日はおとらで我慢してやるか」
「そいつはいい考えだ。
おとらに介抱してもらえばきっと元気になる。
おっ、ちょうどいい具合に、木崎へ向かう百姓の大八車がやって来た。
あいつに乗せてもらおうじゃねぇか」
「なんで分かるんだ。木崎へ向かう大八車だと?」
「あいつらは木崎の宿へ、頼まれた野菜を運んでいる連中だ。
訳を話せば大八車のすみっこへ、おまえさんを乗せてくれるだろうぜ」
「俺は、野菜と同じかよ!」
「ばかやろう。傷物の野菜は売れねぇ。
忠治。おまえのいまの傷ついた身体は、野菜以下の値打ちしかねぇ」
「よくいうぜ、文蔵の兄貴。
俺を置き去りにして、先にさっさと逃げ出したくせに!」
「それだけの元気があれば、十分だ。
じゃ断っちまうか?。百姓たちの大八車に、乗せてもらうのは?」
「いや。乗せてもらえるように話してくれ。
こうして自分の足で立っているのさえ、もう、辛くなってきた・・・」
「それならそれで、さいしょから素直に言え。この強情野郎」
「すまねぇ兄貴。
もうすこしだけ俺の、面倒をみてくれ・・・」
(66)へつづく
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