スポーツの喜び、スポーツの価値に関わる貴重なコメントを頂き、改めて考えさせられました。
まず、「スポーツとは何か」ということを私見に基づいて乱暴に整理すると、「一定のルールの下に競争する、身体活動によるプレイ(遊び)」というようなことになります。
基本的に「遊び」ですが、真剣に取り組むことによって、向上心、勇気、自制心、忍耐力、責任感、友情などなど、様々な価値ある人間性を獲得することができる活動であると考えます。
身体能力を維持・向上させ、健康増進を図ることができるということももちろんです。
スポーツの中で求められる人間性が、フェアプレイ精神であり、それを備えた人がスポーツマンと呼ばれるべきです。
野球の松井選手、ちょっと古いですが、同じく野球の村田兆治氏、柔道の山下泰裕氏などを見ると、これぞスポーツマンの理想という感じがします。
「たかが遊び、されど遊び」です。
スポーツをするしないは個人の自由ですが、スポーツをすることは多くの人にとっての喜びであり、スポーツを通して肉体的精神的健康を獲得することが可能であることから、スポーツをすることは、基本的人権の重要な一部であると考えます。
国際的にも、ユネスコ「体育・スポーツ憲章」で「体育・スポーツの実践はすべての人にとって基本的権利である」とされ、日本でも憲法第一三条「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」、第二五条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」によって保障される権利です。
同時に、しごきなどに見られる遅れた精神風土もまた根深く存在しています。
このような遅れた面を克服していくことが、スポーツの世界(トップスポーツから、スポ少に至るまで)の課題でしょう。
例えば、ボクシングの「亀田親子」に、JBCの処分が下されました。
この問題は、スポーツ界にとどまらず、日本社会の重要問題としてマスコミを賑わしていますが、ここに至るまでマスコミを中心にして彼らが持ち上げられてきたことに見られるように、スポーツの世界の問題とは、実はスポーツを取り巻く社会の問題でもあります。
そういうことも含めて、より良いスポーツのあり方、市民のスポーツの権利の保障をめざして私も取り組んでいきたいと思っています。
大変参考になるサイト「日本スポーツジャーナリズム研究会」をご覧下さい。
http://homepage2.nifty.com/FSJ/index.html