セレンディピティ ダイアリー

映画とアートの感想、食のあれこれ、旅とおでかけ。お探しの記事は、上の検索窓か、カテゴリーの各INDEXをご利用ください。

横浜 三渓園の梅

2017年02月13日 | おでかけ

熱海に梅を見に行こうと家を出たら、渋滞で3時間近くかかりそうだったので、急遽、行先を横浜本牧の三渓園に変更しました。三渓園は子どもの頃、写生などでよく訪れた懐かしい場所。駐車場がすでにいっぱいだったので、裏手の横浜市民公園の駐車場に停めて、南門から入りました。

横浜の姉妹都市・上海から贈られた緑萼梅(りょくがくばい)がお出迎え。

三渓園は、生糸貿易で財を成した横浜の実業家、原富太郎(原三渓)が開いた広大な日本庭園です。本宅の鶴翔閣(かくしょうかく)のほか、京都などから移築した17棟の歴史的建造物が点在し、四季折々の花々が楽しめます。梅はまだ3分咲きほどでしたが、楚々とした花々が冬枯れの景色に春霞のような彩りを添えていました。

可憐な花々にうっとり。

三渓園のランドマークである三重塔は、京都・木津川市の燈明寺(とうみょうじ)から移築された室町時代の建造物。関東最古の木造の塔だそうです。

この日は寒い一日でしたが、目の覚めるような青空でした。

庭園の奥に建つ旧矢箆原家(やのはらけ)住宅。江戸時代後期の白川郷の合掌造りの民家を移築したもので、中も見学できました。重厚な床や柱、いろりや衣装箱、箪笥など、昔の豪農の暮らしぶりを興味深く見ました。大きな味噌樽や、でんぷんを沈殿させる桶?など昔の台所道具を見るのも楽しかったです。

大池に浮かぶ小舟と梅。絵になる風景です。本宅の鶴翔閣は今は結婚式場となっていて、この日も庭園で何組か撮影をしていました。

庭園の一部は、三渓が私庭として使っていた内苑というエリアで、古建築から構成されるみごとな空間が広がっていました。

内苑の中心をなす臨春閣(りんしゅんかく)は、和歌山の紀州徳川家の別邸を移築したもの。数寄屋風書院造で、内部には狩野派の絵師による障壁画があるそうです。

寒い中を3時間も歩いていたので、体がすっかり冷えて、翌日風邪をひいてしまいましたが、古い記憶を手繰りよせながら、楽しく散策できました。これから梅を見に行かれる方は、体を温かくしてお出かけくださいね。

コメント (2)