国立新美術館で開催中の「生誕110年 東山魁夷展」(~12月3日まで)を見に行きました。国民的画家と謳われている東山魁夷の代表作70点と「京洛四季」の習作・スケッチ約30点、さらに奈良・唐招提寺御影堂の障壁画(襖絵・壁面)が、御影堂の内部そのままに再現展示されています。
東山魁夷画伯の作品を初めて見たのは、1980年頃に東京国立近代美術館で開催された回顧展だったと思います。日本画という枠にとらわれない大胆な構図と繊細な描写、静謐な世界に、こういう日本画もあるんだ〜と衝撃を受けました。本展は、ひと足先に京都で見た息子からもよかったと聞いていて、東京での開催を待ちわびていました。
特に唐招提寺御影堂は現在修復中で、今後しばらく障壁画を見ることはできないので、今回は御影堂の内部そのままに、間近で鑑賞できる貴重な機会となっています。
ポスターを飾るのは「道」(1950年)。八戸市の種差海岸にある道路ですが、放牧馬や灯台を取り去り、まっすぐに続く道だけを力強くシンプルに表現しています。魁夷独特の青みがかったグリーンが清々しく印象的。敗戦後の日本人に大きな希望を与えた作品です。
残照 1947年
日展で特選を受賞し、魁夷の今後の作風を方向づけた原点というべき作品です。場所は千葉県の鹿野山。夕陽に照らされた山の連なりが美しく、息をのむほどに神々しく壮大な風景です。長野の山岳風景?と思っていたので、最初に千葉と知った時には驚きました。山の陰影の美しさに、グランドキャニオンの夕景を思い出しました。
たにま 1953年
初期の頃のシンプルで抽象的な作品も好きです。本作は「自然と形象 雪の谷間」(1941)がさらに単純化、抽象化されていて、幾何学的な魅力も感じました。水流の表現には琳派の影響も見て取れます。
冬華 1964年
魁夷は、北欧やドイツなどの北の国の文化に親近感を覚え、旅先の風景を数多く残しました。写真は北欧を描いた作品で、白・グレー・シルバーで構成される風景からキーンと凍りつくような空気が伝わってきました。薄曇りの太陽に照らされ、ダイヤモンドダストがきらきらと輝いています。
晩鐘 1971年
ドイツのフライブルク大聖堂を丘の上から描いた作品です。夕暮れに浮かび上がる尖塔のシルエット。雲の間から”天使のはしご”とよばれる細い光線が何本も下りていて、厳かな気持ちに満たされました。
唐招提寺御影堂障壁画 山雲(部分) 1975年
いよいよ唐招提寺御影堂障壁画です。5つの部屋がそのままの間取りで再現されていました。これは上段の間を飾る「山雲」。失明して6度目にして日本にたどり着いた鑑真が見たかったであろう日本の風景を表現しているそうです。特定の場所ではないようですが、私は先日まさしく奈良を訪れた雨の日に見た、山にたなびく白雲を思い出しました。
唐招提寺御影堂障壁画 濤声(部分) 1975年
そしてこちらが、神殿の間を飾る「濤声」(とうせい)。「山雲」が日本の山を表現しているのに対して、こちらは日本の海を表現しています。広いお部屋の2面にわたって続く大海原は圧巻のひとこと。岩の風景は歌舞伎の「俊寛」を思い出しました。
この他、鑑真ゆかりの中国の風景「黄山暁雲」「揚州薫風」「桂林月宵」がそれぞれ水墨画で描かれていました。
行く秋 1990年
最後のコーナーは晩年の作品でした。これはドイツの風景から。ドイツでは落ち葉は木の形に落ちると聞き、木ではなく、その下に広がる落ち葉を描いたそうです。どういう形の木なのか、想像をかきたてられます。
夕星 1999年
魁夷の絶筆となる作品。パリの郊外にある公園をもとに、心のふるさとを描いたとされています。東山ブルーに彩られた風景は静かさに満たされ、穏やかな晩年がうかがえました。空に輝くひとつの星はご自身を重ねて描かれたのでしょうか...。