北海道を舞台に、ピアノの調律に魅せられた青年が、調律師として成長していく姿を温かい筆致で描いた長編小説。2016年本屋大賞第1位。
ピアノの調律師を描いた小説と聞いて、読むのを楽しみにしていました。ちなみにタイトルの羊はピアノのハンマーに使われているフェルト、鋼はピアノの弦を指しています。森というのはある時はピアノの箱であり、もっと広くピアノが作り出す音の世界を表している時もありました。
ピアノの調律師を描いた作品といえば、6年前に見たドキュメンタリー映画「ピアノマニア」(Pianomania)を思い出します。スタインウェイの調律師があるピアニストのために一年がかりで音を作るという究極のエピソードに衝撃を受け、プロの仕事の厳しさ、音作りの奥深さに感銘を受けたのでした。
そうした話を本作に期待していたわけではないのですが、読みはじめは少々心もとなく、正直もの足りなさも感じました。それもそのはず、主人公はまだひよっこの調律師なのですから。でも読み進めるうちに、この小説は調律師というより、ひとりの青年の成長物語なのだと気がつきました。
高校2年生の時に学校の体育館のピアノの調律の場に居合わせ、深い森にいるような感銘を受けたこと。その時の調律師の音に魅せられて、調律を勉強し、同じ楽器店に就職したこと。なかなか思うように自分の目指す音が作れず、何度も落ち込む日々...。
これから社会に出ようとしている若者にエールを送り、やさしくポンと背中を押しているような作者の温かいまなざしが感じられ、主人公がようやく道しるべらしきものを見つけるラストでは、思わずほろりと涙ぐみました。
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ストーリーには直接からみませんが、本書を読んでへ〜っと思ったことを少々。
ピアノの基準音となるラの音は、学校のピアノでは440Hzと決められていますが、戦後になるまでは435Hzだったそうです。さらにさかのぼると、モーツァルトの時代のヨーロッパでは422Hzだったということ。今は442Hzとすることも多いのだそうです。
最近はオーケストラの基準音となるオーボエの音が444Hzになっているので、それにあわせてピアノもさらに高くなるかもしれないとか。モーツァルトの時代と比べると半音近くも高くなることになります。変わらないはずの基準音が時代や国によって変化しているというのはおもしろいですね。
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それから小説の中にリーゼンフーバーというピアノメーカーが出てきます。知らないメーカーだったので気になってググってみたら、なんと作者の宮下奈都さんがご出身の上智大学哲学科の名誉教授のお名前でした。小説の中の架空のピアノメーカーだったのですね。ひょっとしたら他にもこんな暗号が隠れていたのかも?と思ったらちょっと愉快になりました。
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