私が死んだあとであなたが読む物語

基本的には「過食症患者の闘病記」、と言っていいでしょう。

お金がない

2018年01月30日 08時08分09秒 | 過食症
過食をしてしまいました。

わずか9日目で過食崩壊。


何かと現実の生活において煩わしいことがある。

パソコンが昔のままなので最新のOSのやつに買い替えないといけない。

でもお金が無い。

基本お金のことで悩んでいる。

それもこれも過食症でまともに働けないから。

そのくせお金をつかって過食している。

事態は何ら好転しないのに、禁断症状から解き放たれたがる。

その日は冷蔵庫のことを考えていました。

冷蔵庫が壊れかけている。

新しいのが欲しいけど、お金が無い上に、買ったとしても設置するのが何かと面倒で一苦労に思える。

そんなことを考えていると気持ちが塞がってくる。

ジワジワと過食衝動が疼いてくる。

それでも午前中はじっと耐えた。

両手に手錠をかけるイメージで。

最終的にはダメだったけどあの感じは悪くなかったと思う。

あれをもっと長時間、感覚が麻痺するくらいずっとやってればいいんじゃないかな。


それにしても9日で崩壊とは早い。

死んだって未来はある

2018年01月16日 18時08分51秒 | 過食症
通常状態6日目。


過食状態のときはどのようにして過ごしているのか。

当然ですが、起きてる間じゅうずっと食べ続けることなんてできません。

過食状態といえども、食べてる時間より食べてない時間の方が圧倒的に多い。

では何をして過ごしているのかというと、よくやっているのは麻雀です。

ネット麻雀です。

麻雀はさほど頭を酷使するわけでもなく、それでいて余計なことを考えずに済むのでちょうどいいです。

他にもパソコンに入っているゲーム、ソリティアやハーツなどをしたりもします。

とにかくただの暇つぶしであり、いわば次の空腹までの時間つぶしです。

これといって建設的なことは何もできません。

通常状態のとき、禁断症状がでてくると同じうように何もできなくなる。

することがなくて過食衝動が発動することがありますが、厳密にいうとすることがないんじゃなくて何もできなくなってるといった方が正しいです。

過食したらしたで、違った形で何もできなくなる。

そういった意味ではどちらも同じ、何もできずに不毛に死んだようになる。

どうせ死んだようになるなら、過食して死んでるより過食せずに死んでいる方がいい。

そっちの方が未来がある。

すぐこける

2018年01月10日 13時32分12秒 | 過食症
過食をしてしまいました。

実家から帰って来て、このまま通常状態を開始しようと決意したその次の日、過食崩壊。


昨年の12月後半、私は過食状態に陥っていました。

ちょうどそのころ、派遣会社から仕事の依頼電話が入っていました。

過食状態のときは外の世界をシャットアウトしてしまうので、通常状態に戻ったつい先日、そのことに気付きました。

まさに実家から帰って来て通常状態を始めようとしたそのときでした。

派遣会社から着信履歴とさらに「連絡下さい」とのメールが届いている。

それを無視したかたち。

これでもう仕事を紹介してもらえなくなったかもしれない。

過食症の私にとっては唯一の収入源であり、唯一の社会との接点。

過食症の私にとっては融通の利くちょうどよい働き方でした。

そのお仕事をまた過食症が原因で失うことになった。

そう考えると心がグラつき、過食してしまいました。

そうでもしないと心が落ち着かなかった。

先が真っ暗になった気がした。

その先に安寧はあるのか

2018年01月04日 00時38分25秒 | 過食症
過食をしました。

12月7日のことでした。

通常状態33日目でアウトです。

結局、2017年の一年間で6度も通常状態を崩壊させてしまった。

どうもジリ貧になって崩れていく。


今回の崩壊のパターンも、前回と同じで「切り離し作業」の失敗です。

ただ今回は少し違っていて、食べ終えたあとすぐというわけではありません。

しばらくは問題ありませんでした。

上手く切り離せたなとおもっていました。

それで、食べ終えたあとはHDDに録った「水曜日のダウンタウン」を見ていました。

問題が起きたのはそれを見終えてからです。

やることが無くなって、急に過食衝動が疼く。

そこからは早かった。

わりとあっさり、例によってピーナッツを手にとりバリボリ貪る。

そのあとは転落の一途。


崩壊した日の一週間後にはバイトの予定が入っています。

バイトがあるんだから、その日までは過食崩壊しないようにしなきゃいけないと思いつつも、今なら崩壊してもなんとか当日までに立て直せるかも、なんて考えました。

もしバイトの前日に崩壊しようもんならまた無断欠勤とかになりかねない、なんて考えました。

どうせ過食するなら今した方がいい、なんて都合のいいことを考えました。


過食崩壊したものの、バイトには休まず何とか出勤することができました。

本来ならその日だけではなく、それ以降も12月の後半はちょこちょこと出勤するつもりでいたのですが、さすがにそれは実行することができず、その後も過食に毒されていました。

なかなかうまく通常状態に戻せず、少なくとも崩壊状態は23日間は続きました。

「少なくとも」とつけたわけは、一応12月30日と31日の二日間は通常状態の食事スタイルに戻せてはいるんです。


しかし、年が明けて2018年1月1日、実家に帰り、そこでは自分の管理下でいつもの食事をするというわけにはいかず、ついつい食べ過ぎてしまいます。

カロリーもどれくらい摂取したのかわかりません。

おやつも食べました。

いつもならばそのまま過食の海に飛び込んでしまうのですが、今回はそうならず平静でいられました。

これはつまり自分のなかで「まだ食べ過ぎてはいない、まだ何とかなる」と考えているからです。

だから落ち着いていられる。

満腹感を感じながら箸を置いて食事を終えられる。

これは、今の自分が過食状態の直後で太っていて、こないだまでの過食状態のときの食事に比べればこんなのまだまだ全然マシだって思えるからかもしれません。

これがもし通常状態50日目みたいなときだったらそうはいかずアウトになっていたでしょう。

そう考えると、やっぱり日が経つごとに自分の中でより強く自分を縛り付けているような気がします。

今日より明日、明日よりは明後日の方が体重が軽くなければなんて考えてしまう。


とりあえず、いま現在せっかく冷静でいれてるので明日からも通常状態の生活を送りたいと思います。

いまはどうともへっちゃらで落ち着いていても、ジリジリと削りとられていき、きっといつかはフワフワと落ち着かない日々を過ごすことになりそうです。


その先に安寧はあるのか。

その先の安寧をどう手にするのか。