8月4日付 産経新聞【正論】より
「海の開発」は日本が主役を担え 国際法を守る意思がない中国、力によって秩序が乱される
東海大学教授・山田吉彦氏
http://www.sankei.com/column/news/170804/clm1708040004-n1.html
≪中華復興のための「一帯一路」≫
中国の習近平国家主席が目指しているのは、「中華民族の偉大なる復興」である。それを具現化する施策が、中華思想を基軸としてユーラシア大陸を一体化する経済圏構想「一帯一路」だ。
中国は、13億人を超える人口を抱え資源や食糧を海外に依存しなければならず、さらに過剰生産の販路を国外に拡大することは喫緊の課題である。そのため、「一帯一路」を推し進め、周辺国を影響下に置いて“属国化”し、中華社会の拡大を目指しているのだ。
巨額のインフラ投資と、強大な軍事力を背景とした威圧により、中央アジアを通る陸路の「シルクロード経済ベルト=一帯」と、マラッカ海峡やインド洋を経由する海路の「21世紀海上シルクロード=一路」の交通網を掌握する-それによってチンギスハンが礎を築いたモンゴル帝国のように、中国はユーラシア大陸の支配者になろうとしている。その矛先は、東シナ海を越え日本にも向けられている。尖閣諸島の領海侵入や沖縄への“干渉”もその一環だ。
中国はこの構想を推進するために、500億ドル(約5兆5000億円)を超える「シルクロード基金」を設立し、独自の政策判断でアジア諸国における投資案件を決定している。2015年に、その第1号としてパキスタンにおける水力発電建設が決定し、16億5000万ドル(約1800億円)が投資された。この事業は中国の企業群が建設から運営までを一括して受注しており、まさに自国のための投資といえる。
このほか、電力供給システムも中国企業が受注し、工事が進められている。また、パキスタンのグワダルにも将来、軍港化が指摘される大規模な港湾を建設中だ。「一帯一路」における陸と海の結節点になるパキスタンは、すでに中国の“掌中”にあるといえる。
さらに中国は自国だけの資金で賄いきれない部分を補うため、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を立ち上げた。アジア諸国の交通網整備など多くの事業は、巨額の投資に見合う採算が見込めず、大陸ルート(「一帯」)の開発は「前途多難」とされる。そこで中国は、既に基盤が整備されている海洋ルート「一路」の獲得に力を注ぐようになった。
≪「首飾り戦略」を分断せよ≫
「一路」の主導権を握るため、南シナ海に軍事拠点となる人工島を建造。また、南シナ海からペルシャ湾までの主要都市に港湾を建設して、インド包囲網の形成を目指す「真珠の首飾り」戦略を進めて、シーレーンの支配をもくろんでいる。その重要な拠点のひとつとなるスリランカのハンバントタ港は7月、99年間、中国に譲渡されることが決まった。
しかし、南シナ海とインド洋を結ぶ要衝・マラッカ海峡は、これまで海峡の維持管理に力を注いできた日本と、海域の安全保障を主導してきた米国の影響が強く、「首飾り戦略」を分断している。中国のアジア海洋支配の野望は、マラッカ海峡で阻まれている。
これは「マラッカジレンマ」と呼ばれ、中国の海洋侵出の課題となっている。そのため、マラッカ海峡の玄関口である南シナ海における軍事力の強化を進める一方、南シナ海を回避して、ベンガル湾から直接、中国につながるミャンマー経由のパイプライン建設や、マレー半島・クラ地峡に運河を掘削する提案を行うなど、次々に対抗策を打ち出している。
≪透明性確保の可能性は低い≫
現在のアジアの海洋安全保障体制は、海賊問題を契機に、日本の海上保安庁と東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドなどの海上警備機関の連携によって確立されてきた。さらにフィリピン、ベトナムなどに日本が海上警備船艇を供与することで、南シナ海沿岸の監視体制が強化されている。
また6月末には、海上自衛隊のヘリ搭載型護衛艦「いずも」がアジア諸国10人の士官を乗せ、南シナ海で国際法に準拠した研修を実施。海洋秩序を守るために国家の枠を超えた協力に踏み出した。
安倍晋三首相は「一帯一路」に対して、「インフラ整備は万人が利用でき、透明で公正な調達が行われること」「プロジェクトに経済性があること」を条件に付けた。これまでの中国の開発や投資実態からすれば、この条件が満たされる可能性は極めて低い。
アジアと欧州をつなぐ経済圏創設は、周辺の小国にとって魅力的な構想だ。問題なのは、国際法を守る意思がない中国の主導の下で力によって秩序が乱され、関係国の主権が犠牲になる恐れがあることだ。それは、南シナ海の現状を見れば一目瞭然だろう。
日本はこれまでの海洋安全に対する実績を踏まえて、世界銀行、アジア開発銀行などの融資を誘発し、「海の開発」の主導権を握るべきである。
2018年には、アジアと欧州を結ぶ新たな海の道「北極海航路」の商業運航も開始される。海洋を通した新経済圏を構築するには、日本こそその主役を担うべきだと考える。(東海大学教授・山田吉彦 やまだよしひこ)
「海の開発」は日本が主役を担え 国際法を守る意思がない中国、力によって秩序が乱される
東海大学教授・山田吉彦氏
http://www.sankei.com/column/news/170804/clm1708040004-n1.html
≪中華復興のための「一帯一路」≫
中国の習近平国家主席が目指しているのは、「中華民族の偉大なる復興」である。それを具現化する施策が、中華思想を基軸としてユーラシア大陸を一体化する経済圏構想「一帯一路」だ。
中国は、13億人を超える人口を抱え資源や食糧を海外に依存しなければならず、さらに過剰生産の販路を国外に拡大することは喫緊の課題である。そのため、「一帯一路」を推し進め、周辺国を影響下に置いて“属国化”し、中華社会の拡大を目指しているのだ。
巨額のインフラ投資と、強大な軍事力を背景とした威圧により、中央アジアを通る陸路の「シルクロード経済ベルト=一帯」と、マラッカ海峡やインド洋を経由する海路の「21世紀海上シルクロード=一路」の交通網を掌握する-それによってチンギスハンが礎を築いたモンゴル帝国のように、中国はユーラシア大陸の支配者になろうとしている。その矛先は、東シナ海を越え日本にも向けられている。尖閣諸島の領海侵入や沖縄への“干渉”もその一環だ。
中国はこの構想を推進するために、500億ドル(約5兆5000億円)を超える「シルクロード基金」を設立し、独自の政策判断でアジア諸国における投資案件を決定している。2015年に、その第1号としてパキスタンにおける水力発電建設が決定し、16億5000万ドル(約1800億円)が投資された。この事業は中国の企業群が建設から運営までを一括して受注しており、まさに自国のための投資といえる。
このほか、電力供給システムも中国企業が受注し、工事が進められている。また、パキスタンのグワダルにも将来、軍港化が指摘される大規模な港湾を建設中だ。「一帯一路」における陸と海の結節点になるパキスタンは、すでに中国の“掌中”にあるといえる。
さらに中国は自国だけの資金で賄いきれない部分を補うため、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を立ち上げた。アジア諸国の交通網整備など多くの事業は、巨額の投資に見合う採算が見込めず、大陸ルート(「一帯」)の開発は「前途多難」とされる。そこで中国は、既に基盤が整備されている海洋ルート「一路」の獲得に力を注ぐようになった。
≪「首飾り戦略」を分断せよ≫
「一路」の主導権を握るため、南シナ海に軍事拠点となる人工島を建造。また、南シナ海からペルシャ湾までの主要都市に港湾を建設して、インド包囲網の形成を目指す「真珠の首飾り」戦略を進めて、シーレーンの支配をもくろんでいる。その重要な拠点のひとつとなるスリランカのハンバントタ港は7月、99年間、中国に譲渡されることが決まった。
しかし、南シナ海とインド洋を結ぶ要衝・マラッカ海峡は、これまで海峡の維持管理に力を注いできた日本と、海域の安全保障を主導してきた米国の影響が強く、「首飾り戦略」を分断している。中国のアジア海洋支配の野望は、マラッカ海峡で阻まれている。
これは「マラッカジレンマ」と呼ばれ、中国の海洋侵出の課題となっている。そのため、マラッカ海峡の玄関口である南シナ海における軍事力の強化を進める一方、南シナ海を回避して、ベンガル湾から直接、中国につながるミャンマー経由のパイプライン建設や、マレー半島・クラ地峡に運河を掘削する提案を行うなど、次々に対抗策を打ち出している。
≪透明性確保の可能性は低い≫
現在のアジアの海洋安全保障体制は、海賊問題を契機に、日本の海上保安庁と東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドなどの海上警備機関の連携によって確立されてきた。さらにフィリピン、ベトナムなどに日本が海上警備船艇を供与することで、南シナ海沿岸の監視体制が強化されている。
また6月末には、海上自衛隊のヘリ搭載型護衛艦「いずも」がアジア諸国10人の士官を乗せ、南シナ海で国際法に準拠した研修を実施。海洋秩序を守るために国家の枠を超えた協力に踏み出した。
安倍晋三首相は「一帯一路」に対して、「インフラ整備は万人が利用でき、透明で公正な調達が行われること」「プロジェクトに経済性があること」を条件に付けた。これまでの中国の開発や投資実態からすれば、この条件が満たされる可能性は極めて低い。
アジアと欧州をつなぐ経済圏創設は、周辺の小国にとって魅力的な構想だ。問題なのは、国際法を守る意思がない中国の主導の下で力によって秩序が乱され、関係国の主権が犠牲になる恐れがあることだ。それは、南シナ海の現状を見れば一目瞭然だろう。
日本はこれまでの海洋安全に対する実績を踏まえて、世界銀行、アジア開発銀行などの融資を誘発し、「海の開発」の主導権を握るべきである。
2018年には、アジアと欧州を結ぶ新たな海の道「北極海航路」の商業運航も開始される。海洋を通した新経済圏を構築するには、日本こそその主役を担うべきだと考える。(東海大学教授・山田吉彦 やまだよしひこ)