3月17日付 産経新聞【正論】より
北の核ミサイルが使われるとき 核抑止態勢はもはや「最小限抑止」ではない
防衛大学校教授・倉田秀也氏
http://www.sankei.com/column/news/170317/clm1703170005-n1.html
本来、北朝鮮はその核戦力が米国には遥かに及ばず、通常兵力でも米韓連合軍に対して劣位に立つ条件のもとで、とるべき核態勢の選択肢は限られていた。それは「核先制不使用」を宣言して、核戦争を挑む意思がないことを明らかにしつつ、その核戦力を専ら米国の核による第1撃を抑止する第2撃として使用する核態勢であった。
従ってその核戦力は、核戦争を戦い抜く能力ではなく、人口稠密(ちゅうみつ)な大都市に着弾できるなど、米国に第1撃を躊躇(ためら)わせる最小限でよかった。かかる核抑止態勢が一般に、「最小限抑止」と呼ばれる所以(ゆえん)である。
だが近年-過去本欄でも幾度か指摘した通り-北朝鮮は「最小限抑止」の構築を目指す一方で、それとは相いれないレトリックが目に余る。「核先制不使用」とは逆行する「核先制打撃」はその最たる例だが、それは単なるレトリックだけではない。
≪「スカッドER」連射の意味≫
3月6日、弾道ミサイルの連射は、北朝鮮が目指す抑止態勢がもはや「最小限抑止」だけでは説明できないことを装備の面から改めて示した。今回連射されたのは、既存の中距離弾道ミサイル「スカッドER」とされ、その射程は約1300キロ以上といわれる「ノドン」より短い約1000キロと推測される。
今回「スカッドER」は、北朝鮮北西部の東倉里から発射されたが、東海岸を起点としても「ノドン」が射程内に収める東京には及ばない。だが、その短い射程にこそ、今回の連射の最大の意味があった。
朝鮮中央通信は、今回の「スカッドER」連射が、朝鮮人民軍戦略軍火星砲兵部隊による「日本駐屯米帝侵略軍基地(複数)」への攻撃を念頭に置いたことを明らかにした。「スカッドER」が東海岸から発射された場合、佐世保、岩国など、朝鮮戦争で国連軍派兵の拠点となった基地を収める。
人口稠密な都市よりも、あえて米軍基地を攻撃目標にする弾道ミサイルは「スカッドER」に限らない。昨年春から失敗を重ねた末に6月に成功させた「ムスダン」も同様と考えてよい。「ムスダン」の最大射程は約4000キロと推定され、その攻撃対象がアンダーセン米空軍基地を擁するグアム島であることは明らかであった。
≪「超精密化・知能化」が進展≫
「スカッドER」「ムスダン」は、もはや米国に第1撃を躊躇わせる第2撃のための弾道ミサイルではない。朝鮮半島で戦端が開かれたとき、米軍による来援や、空爆のため在日米軍、アンダーセン米空軍基地の使用を阻止するための装備と考えなければならない。
それにもかかわらず、米国がこれらの基地を使用し、北朝鮮に-非核手段であっても-空爆などの武力を行使した場合、危殆(きたい)に瀕(ひん)した北朝鮮が、これらの弾道ミサイルの使用を最後まで自制するか。第2撃の核戦力が核による第1撃を受けない限り使用されないのに対して、軍事作戦に組み込まれた核ミサイルは、第1撃を受ける以前に使用される可能性を孕(はら)む。
しかも、第2撃能力の核戦力に求められるのは破壊力であって、高い命中精度は必ずしも必要ないのに対し、軍事作戦に組み込まれた装備には、破壊力もさることながら、何よりも命中精度が求められる。この文脈から、金正恩朝鮮労働党委員長が、同行した核兵器、ロケット研究部門科学者らに向けて行った発言-「超精密化・知能化されたロケットを絶えず開発し、質量的に強化する」-には応分の注意が払われてよい。
これに似た文言は、2015年2月の朝鮮労働党政治局会議の決定書の「現代戦の要求に即した精密化、軽量化、無人化、知能化されたわれわれ式の威力ある先端武力装備をより多く開発する」との一文にある。そのときすでに北朝鮮は、核戦力を軍事作戦に組み込むことを想定していた。今回の「スカッドER」連射は、それがわずか2年の期間に一定の成果を収めたことになる。
≪「最小限抑止」では説明つかぬ≫
今回の「スカッドER」連射を報じた朝鮮中央通信が、これを「実験」ではなく一貫して「訓練」と呼び、「核戦弾頭取扱い順序と迅速な作戦遂行能力を判定・検閲するために進行した」と報じたことも、この文脈から理解されるべきだろう。昨年9月の第5回核実験の際に「核兵器研究所」は核弾頭の「標準化・規格化」に触れ、核弾頭の量産化を示唆していた。今回の「訓練」は核弾頭が一定数に達するという前提で、それを既存の弾道ミサイルに装填(そうてん)することを目的としたということか。
今日の北朝鮮は、無条件の「核先制不使用」を宣言したかつての北朝鮮ではなく、それが目指す核抑止態勢ももはや「最小限抑止」だけでは説明がつかない。しかし、それは単なるレトリックではなく、軍事技術の進展に裏づけられている。日本に配備されるミサイル防衛が、北朝鮮の核態勢の「進化」に後れをとるなどということはあってはならない。(防衛大学校教授・倉田秀也 くらたひでや)
北の核ミサイルが使われるとき 核抑止態勢はもはや「最小限抑止」ではない
防衛大学校教授・倉田秀也氏
http://www.sankei.com/column/news/170317/clm1703170005-n1.html
本来、北朝鮮はその核戦力が米国には遥かに及ばず、通常兵力でも米韓連合軍に対して劣位に立つ条件のもとで、とるべき核態勢の選択肢は限られていた。それは「核先制不使用」を宣言して、核戦争を挑む意思がないことを明らかにしつつ、その核戦力を専ら米国の核による第1撃を抑止する第2撃として使用する核態勢であった。
従ってその核戦力は、核戦争を戦い抜く能力ではなく、人口稠密(ちゅうみつ)な大都市に着弾できるなど、米国に第1撃を躊躇(ためら)わせる最小限でよかった。かかる核抑止態勢が一般に、「最小限抑止」と呼ばれる所以(ゆえん)である。
だが近年-過去本欄でも幾度か指摘した通り-北朝鮮は「最小限抑止」の構築を目指す一方で、それとは相いれないレトリックが目に余る。「核先制不使用」とは逆行する「核先制打撃」はその最たる例だが、それは単なるレトリックだけではない。
≪「スカッドER」連射の意味≫
3月6日、弾道ミサイルの連射は、北朝鮮が目指す抑止態勢がもはや「最小限抑止」だけでは説明できないことを装備の面から改めて示した。今回連射されたのは、既存の中距離弾道ミサイル「スカッドER」とされ、その射程は約1300キロ以上といわれる「ノドン」より短い約1000キロと推測される。
今回「スカッドER」は、北朝鮮北西部の東倉里から発射されたが、東海岸を起点としても「ノドン」が射程内に収める東京には及ばない。だが、その短い射程にこそ、今回の連射の最大の意味があった。
朝鮮中央通信は、今回の「スカッドER」連射が、朝鮮人民軍戦略軍火星砲兵部隊による「日本駐屯米帝侵略軍基地(複数)」への攻撃を念頭に置いたことを明らかにした。「スカッドER」が東海岸から発射された場合、佐世保、岩国など、朝鮮戦争で国連軍派兵の拠点となった基地を収める。
人口稠密な都市よりも、あえて米軍基地を攻撃目標にする弾道ミサイルは「スカッドER」に限らない。昨年春から失敗を重ねた末に6月に成功させた「ムスダン」も同様と考えてよい。「ムスダン」の最大射程は約4000キロと推定され、その攻撃対象がアンダーセン米空軍基地を擁するグアム島であることは明らかであった。
≪「超精密化・知能化」が進展≫
「スカッドER」「ムスダン」は、もはや米国に第1撃を躊躇わせる第2撃のための弾道ミサイルではない。朝鮮半島で戦端が開かれたとき、米軍による来援や、空爆のため在日米軍、アンダーセン米空軍基地の使用を阻止するための装備と考えなければならない。
それにもかかわらず、米国がこれらの基地を使用し、北朝鮮に-非核手段であっても-空爆などの武力を行使した場合、危殆(きたい)に瀕(ひん)した北朝鮮が、これらの弾道ミサイルの使用を最後まで自制するか。第2撃の核戦力が核による第1撃を受けない限り使用されないのに対して、軍事作戦に組み込まれた核ミサイルは、第1撃を受ける以前に使用される可能性を孕(はら)む。
しかも、第2撃能力の核戦力に求められるのは破壊力であって、高い命中精度は必ずしも必要ないのに対し、軍事作戦に組み込まれた装備には、破壊力もさることながら、何よりも命中精度が求められる。この文脈から、金正恩朝鮮労働党委員長が、同行した核兵器、ロケット研究部門科学者らに向けて行った発言-「超精密化・知能化されたロケットを絶えず開発し、質量的に強化する」-には応分の注意が払われてよい。
これに似た文言は、2015年2月の朝鮮労働党政治局会議の決定書の「現代戦の要求に即した精密化、軽量化、無人化、知能化されたわれわれ式の威力ある先端武力装備をより多く開発する」との一文にある。そのときすでに北朝鮮は、核戦力を軍事作戦に組み込むことを想定していた。今回の「スカッドER」連射は、それがわずか2年の期間に一定の成果を収めたことになる。
≪「最小限抑止」では説明つかぬ≫
今回の「スカッドER」連射を報じた朝鮮中央通信が、これを「実験」ではなく一貫して「訓練」と呼び、「核戦弾頭取扱い順序と迅速な作戦遂行能力を判定・検閲するために進行した」と報じたことも、この文脈から理解されるべきだろう。昨年9月の第5回核実験の際に「核兵器研究所」は核弾頭の「標準化・規格化」に触れ、核弾頭の量産化を示唆していた。今回の「訓練」は核弾頭が一定数に達するという前提で、それを既存の弾道ミサイルに装填(そうてん)することを目的としたということか。
今日の北朝鮮は、無条件の「核先制不使用」を宣言したかつての北朝鮮ではなく、それが目指す核抑止態勢ももはや「最小限抑止」だけでは説明がつかない。しかし、それは単なるレトリックではなく、軍事技術の進展に裏づけられている。日本に配備されるミサイル防衛が、北朝鮮の核態勢の「進化」に後れをとるなどということはあってはならない。(防衛大学校教授・倉田秀也 くらたひでや)