9月13日付 産経新聞【正論】より
中国共産党は戦争を躊躇しない…今や戦争をする条件は満ちた
東京国際大学教授・村井友秀氏
http://www.sankei.com/column/news/170913/clm1709130007-n1.html
中国は1949年の建国以後、朝鮮戦争、中印戦争、中ソ国境紛争、中越戦争、南沙海戦など主として国境の外で戦ってきた。現在も東シナ海や南シナ海で周辺国を威嚇している。中国共産党の戦争体質を検証する。
≪軍事力を使う5つの要因≫
国際政治を見ると、(1)軍事政権(2)独裁政権(3)「構造的暴力」がある国(4)民族主義国家(5)戦争のコスト(都市化、対外依存度、少子化)が小さい国-は、軍事力を使って問題を解決しようとする傾向がある。
軍事政権では軍人が政策を決める。軍人は戦争の専門家であり、戦争で問題を解決しようとしがちである。
独裁政権は国民の支持ではなく軍隊や警察といった強制力によって支えられている。外敵が存在すれば、外敵から国民を守るという名目で軍事力を強化することができる。国民は自分たちを外敵から守る政権を支持するだろう。外敵が存在すれば、強制力の強化と国民の支持を同時に手に入れることができる。このため独裁政権は、外敵をつくる傾向がある。
「構造的暴力」とは自然災害や伝染病、政治的弾圧などによって多数の死者が発生する状況をいう。戦争以外の原因で多数の死者が発生するような国では、多数の死者の発生を防ぐために戦争を避けるという思想は希薄になる。
民族主義も戦争に傾きやすい。人々は自分の生命よりも、民族や国家の方が価値があると信じる場合に民族や国家のために戦う。民族主義や愛国主義は人々に「民族や国家の価値は個人よりも高い」と教える。
一方、戦争のコストをみると、戦争で物流が滞れば、外部の供給に頼る都市は混乱する。他方で農村は自給自足が可能であり、都市化するほど国家は戦争に対して脆弱(ぜいじゃく)になる。戦争になれば対外貿易は縮小するため、対外貿易に依存する国家は、戦争を避ける傾向がある。
また少子化の進行も若年層を減らし、兵士の供給源を縮小させることになる。国家の繁栄に不可欠な若年層が戦争によって消耗すれば、国家は危機的状況に陥ってしまう。よって少子化が進行すれば戦争する可能性は低くなる。
≪民族主義をあおる「兵営国家」≫
次に、中国は戦争する条件を持っているか検証する。
1980年代、党総書記は胡耀邦、趙紫陽であり、最高指導者のトウ小平は共産党のトップではなかった。肩書は党中央軍事委員会主席である。すなわち、党中央軍事委員会主席は党総書記よりも権力があった。毛沢東は「鉄砲から政権が生まれる」と言っている(『毛沢東選集』)。現在は党総書記と党中央軍事委員会主席は同一人物(習近平氏)である。現代の中国は軍と党が一体化した「兵営国家」である。
さらに中華人民共和国憲法の前文には「中国の諸民族人民は、中国共産党の指導の下、人民民主独裁を堅持しなければならない」と明記されている。人民民主独裁とはプロレタリアート独裁、すなわち共産党独裁である。
「構造的暴力」も存在している。建国後、共産党は経済不振を脱却する「大躍進」(1958~61年)を唱え、その後「文化大革命」(66~76年)を開始した。「大躍進」では非現実的な農業政策や工業政策によって1千万人から4千万人が餓死し、「文化大革命」では多くの国民を巻き込む権力闘争によって数百万人から1千万人が死亡した。他方、戦争による死者は朝鮮戦争が50万人、中越戦争は2万人である。
一方、中国の民族主義の状況はどうか。現代中国は政治が共産主義、経済は資本主義という矛盾を抱えている。これを解決するために共産党政権は、共産主義でもなく資本主義でもない「偉大な中華民族の復興」という民族主義をスローガンにして正統性を維持しようとしている。
≪「専守防衛」は愚策と認識≫
戦争のコストについてはどうか。経済発展に伴って3億人が農村から都市へ移動し、農村人口は全人口の4割まで低下した。毛沢東が人民戦争を構想していた時代の中国では農村人口が8割を超えていた。
また現在、対外貿易が国内総生産(GDP)に占める比率は3割である。戦争になって対外貿易が縮小すれば中国経済は深刻な打撃を被る。中国には中東からのシーレーンを守る軍事力はない。
「一人っ子政策」によって中国では出生率が低下し、2011年には生産年齢人口の減少が始まった。15年の合計特殊出生率は1・05まで低下した(日本の合計特殊出生率は1・44)。16年に「一人っ子政策」が廃止されたが、少子化の傾向は続いている。少子化の時代に人海戦術は無理である。
現在の中国は戦争のコストが上昇しているが、基本的に戦争する国の条件を満たしている。
毛沢東は「専守防衛」を愚策と言い「積極防衛」を主張した(『遊撃戦論』)。中国は戦争を躊躇(ちゅうちょ)することはない。(東京国際大学教授・村井友秀 むらい ともひで)
中国共産党は戦争を躊躇しない…今や戦争をする条件は満ちた
東京国際大学教授・村井友秀氏
http://www.sankei.com/column/news/170913/clm1709130007-n1.html
中国は1949年の建国以後、朝鮮戦争、中印戦争、中ソ国境紛争、中越戦争、南沙海戦など主として国境の外で戦ってきた。現在も東シナ海や南シナ海で周辺国を威嚇している。中国共産党の戦争体質を検証する。
≪軍事力を使う5つの要因≫
国際政治を見ると、(1)軍事政権(2)独裁政権(3)「構造的暴力」がある国(4)民族主義国家(5)戦争のコスト(都市化、対外依存度、少子化)が小さい国-は、軍事力を使って問題を解決しようとする傾向がある。
軍事政権では軍人が政策を決める。軍人は戦争の専門家であり、戦争で問題を解決しようとしがちである。
独裁政権は国民の支持ではなく軍隊や警察といった強制力によって支えられている。外敵が存在すれば、外敵から国民を守るという名目で軍事力を強化することができる。国民は自分たちを外敵から守る政権を支持するだろう。外敵が存在すれば、強制力の強化と国民の支持を同時に手に入れることができる。このため独裁政権は、外敵をつくる傾向がある。
「構造的暴力」とは自然災害や伝染病、政治的弾圧などによって多数の死者が発生する状況をいう。戦争以外の原因で多数の死者が発生するような国では、多数の死者の発生を防ぐために戦争を避けるという思想は希薄になる。
民族主義も戦争に傾きやすい。人々は自分の生命よりも、民族や国家の方が価値があると信じる場合に民族や国家のために戦う。民族主義や愛国主義は人々に「民族や国家の価値は個人よりも高い」と教える。
一方、戦争のコストをみると、戦争で物流が滞れば、外部の供給に頼る都市は混乱する。他方で農村は自給自足が可能であり、都市化するほど国家は戦争に対して脆弱(ぜいじゃく)になる。戦争になれば対外貿易は縮小するため、対外貿易に依存する国家は、戦争を避ける傾向がある。
また少子化の進行も若年層を減らし、兵士の供給源を縮小させることになる。国家の繁栄に不可欠な若年層が戦争によって消耗すれば、国家は危機的状況に陥ってしまう。よって少子化が進行すれば戦争する可能性は低くなる。
≪民族主義をあおる「兵営国家」≫
次に、中国は戦争する条件を持っているか検証する。
1980年代、党総書記は胡耀邦、趙紫陽であり、最高指導者のトウ小平は共産党のトップではなかった。肩書は党中央軍事委員会主席である。すなわち、党中央軍事委員会主席は党総書記よりも権力があった。毛沢東は「鉄砲から政権が生まれる」と言っている(『毛沢東選集』)。現在は党総書記と党中央軍事委員会主席は同一人物(習近平氏)である。現代の中国は軍と党が一体化した「兵営国家」である。
さらに中華人民共和国憲法の前文には「中国の諸民族人民は、中国共産党の指導の下、人民民主独裁を堅持しなければならない」と明記されている。人民民主独裁とはプロレタリアート独裁、すなわち共産党独裁である。
「構造的暴力」も存在している。建国後、共産党は経済不振を脱却する「大躍進」(1958~61年)を唱え、その後「文化大革命」(66~76年)を開始した。「大躍進」では非現実的な農業政策や工業政策によって1千万人から4千万人が餓死し、「文化大革命」では多くの国民を巻き込む権力闘争によって数百万人から1千万人が死亡した。他方、戦争による死者は朝鮮戦争が50万人、中越戦争は2万人である。
一方、中国の民族主義の状況はどうか。現代中国は政治が共産主義、経済は資本主義という矛盾を抱えている。これを解決するために共産党政権は、共産主義でもなく資本主義でもない「偉大な中華民族の復興」という民族主義をスローガンにして正統性を維持しようとしている。
≪「専守防衛」は愚策と認識≫
戦争のコストについてはどうか。経済発展に伴って3億人が農村から都市へ移動し、農村人口は全人口の4割まで低下した。毛沢東が人民戦争を構想していた時代の中国では農村人口が8割を超えていた。
また現在、対外貿易が国内総生産(GDP)に占める比率は3割である。戦争になって対外貿易が縮小すれば中国経済は深刻な打撃を被る。中国には中東からのシーレーンを守る軍事力はない。
「一人っ子政策」によって中国では出生率が低下し、2011年には生産年齢人口の減少が始まった。15年の合計特殊出生率は1・05まで低下した(日本の合計特殊出生率は1・44)。16年に「一人っ子政策」が廃止されたが、少子化の傾向は続いている。少子化の時代に人海戦術は無理である。
現在の中国は戦争のコストが上昇しているが、基本的に戦争する国の条件を満たしている。
毛沢東は「専守防衛」を愚策と言い「積極防衛」を主張した(『遊撃戦論』)。中国は戦争を躊躇(ちゅうちょ)することはない。(東京国際大学教授・村井友秀 むらい ともひで)