9月6日付 産経新聞【正論】より
日本「核武装」議論を忌避するな まずは通常戦力による敵基地攻撃力の整備に乗り出してもらいたい
福井県立大学教授・島田洋一氏
http://www.sankei.com/column/news/170906/clm1709060006-n1.html
≪米国に出始めた積極的容認論≫
「日本核武装を対中カードに」という声が再び米国で聞かれ出した。中国が最も危惧するのは、北朝鮮の動きに対抗して日本が核ミサイル開発に乗り出す事態である。従って、中国を対北制裁に本気で取り組ませるためには、俗に言えば「中国の尻に火を付ける」には、日本の核武装を容認、それどころか積極的に促す必要があるという議論である。
ここであるやりとりを思い出す。8年前、国家基本問題研究所が訪米団(櫻井よしこ団長)を出した際、政府要職も歴任した中国専門家との間で「日本核武装」が話題になった。その専門家は一言、「日本には能力はあるが意思がない。どこにも変わる気配はない。中国は見切っていますよ」。だから対中カード云々(うんぬん)という米側の期待は虚(むな)しいというのである。
北の核が文字通り日本の生存を脅かすに至った現在、改めて問題を整理してみよう。日本は拒否的抑止力(ミサイル防衛など)は持つが、「核の傘」を含む懲罰的抑止力は全面的に米国に依存するという政策を取ってきた。ところで北朝鮮の場合、特に明確だが、懲罰の対象は一般民衆ではなく独裁者周辺である。指令系統中枢を確実に無力化する一方、一般民衆の被害を極力抑えられる攻撃態様があれば理想といえる。
≪対北「破壊能力」の共同開発を≫
この点、河野太郎外相が8月中旬の訪米の際、米側に包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准を求めたという話には首をかしげる。米国では1996年、クリントン政権がCTBTに調印したものの、共和党議員の多くが同意せず、批准に至っていない。爆発実験が必須な新型核兵器が自国および同盟国の安全保障上、必要となるかもしれず、自ら手を縛るべきではないというのが反対理由である(ちなみに中国も未批准、北朝鮮は調印すらしていない)。
実際、続く共和党ブッシュ政権が開発を進めた「強力核地中貫通弾」がそうした新型核の一例だった。地下に独裁者の隠れ家や重要軍事施設を集中させる北朝鮮を想定し、地上にはできるだけ被害を及ぼさず、司令部を瞬時に除去することを目指した兵器だった。
大量にある生物化学兵器も小型核が発する熱波で蒸発、無害化されよう。ただし信頼性確保には、コンピューター・シミュレーションを超えた爆発実験が必要となるかもしれず、CTBT批准は国益に反するというのがブッシュ政権の立場であった。
いま北の脅威に日米がどう立ち向かうかを協議する中で、日本の外相が米側にCTBT批准を求めるという行為に戦略的思考を認めることは難しい。そして、仮に将来、日本が独自核の保有に乗り出す場合、先制不使用を掲げた上で「地中貫通型」に特化するというのが有力なオプションとなろう。
日本側が米側に要請するとすれば、CTBT批准ではなく、敵の地下司令部を破壊する能力の共同開発、データ共有ではないのか。
なお、1998年に核実験を行った直後、パキスタンのシャリフ首相が朝日新聞のインタビューにこう答えている。「日本がもし核兵器を持ち、核を使う能力があったら、広島、長崎に原爆は落とされなかっただろう」。この意識は潜在的には多くの日本国民の中にもあろう。だからこそ「強い反核感情」が言われる中で、米国の核の傘に頼る政策が支持されてきたわけである。
≪攻撃力の実現に必要な言論空間≫
70年2月、核拡散防止条約(NPT)の署名に当たり、日本政府は「条約第10条に、『各締約国は…異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認めるときは…この条約から脱退する権利を有する』と規定されていることに留意する」との声明を発している。
今まさに、日本は極度に非人道的な政権が核ミサイルを実戦配備するという「異常な事態」に直面している。唯一の被爆国・日本がNPT脱退、核武装となれば、世界に核拡散の波を起こしかねないという議論があるが、よくも悪くも日本にそんな影響力はない。国際社会から制裁を科され経済が破綻してしまうという主張も、インドの前例に照らせば正しくない。
2008年9月、国際原子力機関(IAEA)理事会において、NPTが「核兵器国」と規定する米露英仏中に加え、インドを例外的に核保有国として認める決定がなされた。米ブッシュ政権が主導し、日本も賛成票を投じている。中国はパキスタンも例外扱いすべきだと主張したが、北朝鮮などへの核拡散の「前科」を問われ却下された。ここにおいて、「信頼できる(responsible)国」の核保有には制裁を科さないという国際的な流れができたといえる。
とはいえ、いま首相が核武装を口にすれば、日本の政界は大混乱に陥ろう。安倍晋三政権には、まずは通常戦力による策源地(敵基地)攻撃力の整備に着実に乗り出してもらいたい。その実現のためにも、核武装論議ですら何らタブーではないという言論空間が生み出される必要があるだろう。(福井県立大学教授・島田洋一 しまだよういち)
日本「核武装」議論を忌避するな まずは通常戦力による敵基地攻撃力の整備に乗り出してもらいたい
福井県立大学教授・島田洋一氏
http://www.sankei.com/column/news/170906/clm1709060006-n1.html
≪米国に出始めた積極的容認論≫
「日本核武装を対中カードに」という声が再び米国で聞かれ出した。中国が最も危惧するのは、北朝鮮の動きに対抗して日本が核ミサイル開発に乗り出す事態である。従って、中国を対北制裁に本気で取り組ませるためには、俗に言えば「中国の尻に火を付ける」には、日本の核武装を容認、それどころか積極的に促す必要があるという議論である。
ここであるやりとりを思い出す。8年前、国家基本問題研究所が訪米団(櫻井よしこ団長)を出した際、政府要職も歴任した中国専門家との間で「日本核武装」が話題になった。その専門家は一言、「日本には能力はあるが意思がない。どこにも変わる気配はない。中国は見切っていますよ」。だから対中カード云々(うんぬん)という米側の期待は虚(むな)しいというのである。
北の核が文字通り日本の生存を脅かすに至った現在、改めて問題を整理してみよう。日本は拒否的抑止力(ミサイル防衛など)は持つが、「核の傘」を含む懲罰的抑止力は全面的に米国に依存するという政策を取ってきた。ところで北朝鮮の場合、特に明確だが、懲罰の対象は一般民衆ではなく独裁者周辺である。指令系統中枢を確実に無力化する一方、一般民衆の被害を極力抑えられる攻撃態様があれば理想といえる。
≪対北「破壊能力」の共同開発を≫
この点、河野太郎外相が8月中旬の訪米の際、米側に包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准を求めたという話には首をかしげる。米国では1996年、クリントン政権がCTBTに調印したものの、共和党議員の多くが同意せず、批准に至っていない。爆発実験が必須な新型核兵器が自国および同盟国の安全保障上、必要となるかもしれず、自ら手を縛るべきではないというのが反対理由である(ちなみに中国も未批准、北朝鮮は調印すらしていない)。
実際、続く共和党ブッシュ政権が開発を進めた「強力核地中貫通弾」がそうした新型核の一例だった。地下に独裁者の隠れ家や重要軍事施設を集中させる北朝鮮を想定し、地上にはできるだけ被害を及ぼさず、司令部を瞬時に除去することを目指した兵器だった。
大量にある生物化学兵器も小型核が発する熱波で蒸発、無害化されよう。ただし信頼性確保には、コンピューター・シミュレーションを超えた爆発実験が必要となるかもしれず、CTBT批准は国益に反するというのがブッシュ政権の立場であった。
いま北の脅威に日米がどう立ち向かうかを協議する中で、日本の外相が米側にCTBT批准を求めるという行為に戦略的思考を認めることは難しい。そして、仮に将来、日本が独自核の保有に乗り出す場合、先制不使用を掲げた上で「地中貫通型」に特化するというのが有力なオプションとなろう。
日本側が米側に要請するとすれば、CTBT批准ではなく、敵の地下司令部を破壊する能力の共同開発、データ共有ではないのか。
なお、1998年に核実験を行った直後、パキスタンのシャリフ首相が朝日新聞のインタビューにこう答えている。「日本がもし核兵器を持ち、核を使う能力があったら、広島、長崎に原爆は落とされなかっただろう」。この意識は潜在的には多くの日本国民の中にもあろう。だからこそ「強い反核感情」が言われる中で、米国の核の傘に頼る政策が支持されてきたわけである。
≪攻撃力の実現に必要な言論空間≫
70年2月、核拡散防止条約(NPT)の署名に当たり、日本政府は「条約第10条に、『各締約国は…異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認めるときは…この条約から脱退する権利を有する』と規定されていることに留意する」との声明を発している。
今まさに、日本は極度に非人道的な政権が核ミサイルを実戦配備するという「異常な事態」に直面している。唯一の被爆国・日本がNPT脱退、核武装となれば、世界に核拡散の波を起こしかねないという議論があるが、よくも悪くも日本にそんな影響力はない。国際社会から制裁を科され経済が破綻してしまうという主張も、インドの前例に照らせば正しくない。
2008年9月、国際原子力機関(IAEA)理事会において、NPTが「核兵器国」と規定する米露英仏中に加え、インドを例外的に核保有国として認める決定がなされた。米ブッシュ政権が主導し、日本も賛成票を投じている。中国はパキスタンも例外扱いすべきだと主張したが、北朝鮮などへの核拡散の「前科」を問われ却下された。ここにおいて、「信頼できる(responsible)国」の核保有には制裁を科さないという国際的な流れができたといえる。
とはいえ、いま首相が核武装を口にすれば、日本の政界は大混乱に陥ろう。安倍晋三政権には、まずは通常戦力による策源地(敵基地)攻撃力の整備に着実に乗り出してもらいたい。その実現のためにも、核武装論議ですら何らタブーではないという言論空間が生み出される必要があるだろう。(福井県立大学教授・島田洋一 しまだよういち)