玄徳道

道を語るブログです。

先天と後天の坐道

2012-05-11 22:23:10 | 坐道
坐には先天の坐と後天の坐が在ります。先天の坐は、膝を組まず、生まれる前の胎児の形象を以って坐イスを使い自然に坐ります。後天とは、膝を組み強制(丹田やチャクラに意識)をとり入れて坐ります。世間一般的な形で坐ります。
この二坐、どちらが正しいとか正しくないということは、御座いません。それぞれの坐にそのはたらきがあります。

先天の坐から入門した者は後天の坐が間違っていると思うし、後天の坐から学んだ人は、先天の坐を一笑にふします。これは、どちらも誤りです。

本来、嗜好や私欲が少なく体が健康な者は、先天の坐が性に合います。自然に任せ、強制が無く、任運自然の道は、王道の坐です。そして強制の力を借りないので、なかなか急速な効果は得られません。しかし、その窔を得て、これを守る人は、ひとたび修行が成就すれば、霊は、永遠に堕ちる事が無く、惑いや患いが起こっても自分が損なうことがありません。

嗜好や私欲があり、体に不調や病がある人は、後天の坐が合います。不調がある人は陰気が増し陽気が後退しているので、自然に任せず、強制を以って陽気を回復させるのです。
後天の坐により、陽気が回復したら先天の坐を為せば道は、さらに深まります。
何故ならば後天の坐は覇道であり、覇道は永続出来ないからです。

これは世を治めて行く上で、同じことが言えます。

覇道…武力や権謀術数を尊び仁義や道徳を軽んじることです。

王道…自然の道徳と仁義、礼儀に基づく事です。

「自然は先天の大道である。もし少し無理すれば、ただちに後天作用に堕ちるのである。それ故、一を以って全く自然に任ずるを入坐の要旨と為す。」

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