玄徳道

道を語るブログです。

セブンセンシズへの道

2012-05-17 04:55:03 | 坐道
アニメで聖闘士星矢Ωが始まりました。聖闘士星矢、懐かしいです。
私は、中年のオヤジですが、いまだにヒーローものが好きです。ただテレビを見るぐらいですが。息子が幼稚園を卒園と同時に、仮面ライダー等のヒーローものに興味をしめさなくなりました。お父さんは、悲しかったです。

天地、宇宙は無心にして陰陽の両義が相交わり、天地を生成してます。天地の生成は自然の法則であり、全ての生命に自然の道の働きがあります。
人は、後天世界に生まれ落ちてから六根六塵が相縁となりまして、心は、肉体(欲望)により使役されています。人の本性(内在神)は情の為に引きずられ、煩悩により他人を恨みます。それを妨げようとする心は、恐怖をまぬがれません。
妄想に入り込めば、茫然自失し、障害(魔)や迷いや惑いに囚われれば錯乱傾倒してしまいます。
全ては、自分の中の欲望が苦しみを深くして道を誤ります。

ちなみに六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意です。眼は視の根、耳は聴の根、鼻は臭の根、舌は味の根、身は触の根、意は念慮の根です。人は、六根があり、その能動的な働きを「六識」と申します。
そして六塵とは、眼で見て色塵となり、耳で聞いて声塵となり、鼻で臭って香塵となり、舌で舐めて味塵となり、身に染まって触塵となり、意に執着してして法塵となります。
この六塵が人の真性を汚染し、その為に煩悩が生まれます。本来清浄な六根でさえ、六塵は乱し穢れさせ、心がくらまされるのです。

坐の道は、ただ道に随い虚心但懐にして虚空のような心を持ちます。これにより六根は浄化され、本性は回光し真性へと還り六塵の魔塵を化するのです。
人は、自分の大切で好きな音楽、食べ物、色事等を探し求めることをされますが、自分の大切な本心(内在神)が放失されていても探し求めることをしない人が多い様です。この歩むべき道を捨ててしまい、誰も顧みない本心を求めようとしない事はとても悲しいことです。

人は小天地でもあり、小宇宙でもあります。坐や道により六根六塵を越えれば、世の汚濁も弭化、化刧、出来るのです。
六感意識を超えた超意識にたどり着く事ができれば、それは奇蹟であり永遠不滅の根源への帰還なのです。

「少年、少女よ小宇宙を燃やせ。そしてセブンセンシズ(セブンセンス)のくらいまで高めろ。」

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