教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

燃え尽きるにはまだ早いぞ

2009年07月22日 20時24分25秒 | Weblog
 仙台の研究会行ってきました。
 飛行機で鳥取空港-羽田空港、モノレールと新幹線で羽田空港-仙台を往復しました。19日に帰ってきたのですが、ちょうど帰る便が大雨にかち合ったため、出発前に「着陸できないときは羽田空港へ帰ります。帰ってきても宿泊は保障できません」というアナウンスを聞きながらの復路でした。ほかの乗客が言っていたのを聞いたのですが、冬では雪で着陸できずに帰ることもあるそうです。以前使っていた広島空港は盆地にあるため、濃霧で着陸できないというのはありました。やはり地域によって、空港の様子も違いますね。時間のことを考えると飛行機を使わざるを得ないことも多いですが、JRなどと比べて、予定通り帰れない可能性が高いのはマイナス点ですね~。
 さて、研究会は、「なんとかこなした」というのが正直な自己評価です。新しいテーマかつ超急造品でしたので、準備不十分かつ初歩的なミスが目立ってしまい、聞き手に迷惑をかけたように思います。また、もっと資料収集をしなくては、論文にはとてもできません。そのところはっきり指摘していただいたのですが、それは非常にありがたいことだと思います。
 このように、私にとって非常に不満の残る発表になりましたが、意味がなかったとは思いません。1949年に結成された日本教育協会や1952年の日本連合教育会改称については、あまり知られていませんので(しかし大先生方はすでにチェックしておられました、さすが!)、少し資料を提供できたんじゃないかと思います。また、教育会研究は戦前に偏りがちですので、戦後から見た、しかも教職員組合側でなく教育会側から見た教育会とは何だったか、考えるいい機会になったと思います。
 戦後直後の教育会は、生き残りをかけて、教組との差異化をはっきり意図的にやりました。戦前を通して肥大化していった教育会は、結局何を独自の性格・事業として選び取ったか。その辺を研究したと思っています。発表の仕方がまずくてどれだけ伝わったかわかりませんが、少なくとも私にとっては、教育会認識をより明確化する、とてもいい機会になりました。ぜひ、今後の研究に生かして行きたいと思います。
 ただ、週明けから、完全にバーンアウト状態。それでも仕事はわいて出てくるので、本気でめまいがします。学生指導にも難題が発生しています。期末テストも作らないといけません。残りの授業も作らないといけません。集中講義および後期の授業も気になります。すでに終了した授業からは、学生のために大きく修正しなくてはならないことが早くもわかってしまい、今後のことを考えてヘコんでしまいます。来週末には原稿の〆切日もありますので、それも気になります。何もかもなかなか手につかなくて泣きそうですが(苦笑)、燃え尽きている暇はないのです。
 歯を食いしばってがんばろう。ギリ、ギリ。(歯ぎしり)
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