Chang! Blog

福岡のハングル検定準2級建築士、そして一児の父の[ちゃん]のブログです

秋晴れ!東北の山・海を巡る【3】塩竃・相馬を歩く

2013年10月06日 | ■旅と鉄道
 3日目(9月29日)は、塩竃から相馬を見物。さらに仙台に戻って投宿しました。
 前日の酒が残ってはいましたが、なんとか7時半には起床。無料サービスのコーヒーを飲んで、行動開始です。


 朝ごはんは、塩釜市場へ。津波浸水域の市場ではありますが、沖合に点在する島々のおかげで勢いは弱かったようで、震災11日後には取引き再開されたそうです。
 日曜日のこの日は、一般のお客さんで賑わっていました。


 マグロの心臓「星」。船上で血抜きをした、国産マグロの証として置いているのだとか。
 食べてもおいしいそうで、コリコリした食感は独特。さっそくお買い上げ!


 イクラやカキも買い込んで、ご飯セットと合わせれば、即席海鮮丼の出来上がり。
 朝から贅沢、なのにリーズナブルなご飯です。


 お腹も満足したところで、塩竈といえばココ、鹽竈神社へ。
 車で参拝に来る人が多く、表参道はひっそり。半年で地元人になったYさんのガイドがなければ、「本流」の参拝ルートに気付かないところでした。


 こちらも修復中。


 振り返れば、塩釜湾。


 続いてウォーターフロントの、マリンゲートへ。松島方面の遊覧船や、離島航路の発着点です。
 屋上の上がると、何やら ささかまの少女がテレビ撮影を行っていました。


 海沿いの高架を走る、仙石線の電車も一望。海岸には、傷跡が残ります。


 塩竈を満喫した後は、相馬へ。まずは多賀城市を抜けて行きます。2年前に歩いた際には、都市型津波災害の恐ろしさに衝撃を受けた場所です。
 国道45号線沿いはすっかり復旧しましたが、津波浸水域であることを示す看板が見当たらないのは不安でもあります。


 仙台東部道路を走ります。防波堤となり、また避難場所としても機能した「命の道路」です。
 農地の復旧は、少しずつ進んでいるようでした。


 東部道路から続く常磐道は、山元まで。南側へは延伸工事が続いています。
 相馬方面への動脈、国道6号線を南下。






 相馬市に到着、相馬中村神社へ。相馬野馬追に登場する馬はここで飼われているもので、いろんな馬に会えたり、乗馬の体験ができたりする楽しい!?神社です。
 この日は多くの馬が「出張中」で、乗馬体験もできずに残念!


 海岸へ走り、原釜尾浜海水浴場へ。海の家が並ぶ、福島でも有数の海水浴場だったそうですが、海の家も、そして内陸側の住宅地も流されてしまいました。ブータン国王が、黙礼を捧げた場所でもあります。
 福島で海開きを果たした海水浴場は今のところ、いわきの一ヶ所のみ。こちらの再開の日は遠そうですが、海岸沿いで遊ぶ家族連れの姿が見られました。


 相馬港。本格操業に向け、港湾施設の復旧作業が急ピッチで進んでいます。
 日曜日ですが、クレーンの動きは休みなく続いていました。


 港に並ぶ漁業倉庫。内陸に住まいを移した漁師さんが、漁に使う道具を納めておくためのものだそうです。
 「蔵」風の外観は、近年の相馬市の公共施設共通のデザインなのだとか。


 松川湾に面した食事処、たこ八へ。波穏やかで防波堤らしい防波堤もない松川湾ですが、浸水の被害は大きかったようで、「たこ八」さんも今年3月に再開にこぎ着けたのだとか。
 巨大なあなごが2尾のった「大あなご丼」で、お腹いっぱいになりました。


 津波浸水域の水田。点々と置かれたビニール袋には、手作業で取り除いた小さながれき類が入っているのだそうです。
 元の農地を取り戻すため、地道な作業が続いています。


 磯部中学校の校地に立つ、公民館・出張所と長屋住宅。用途も設計者も異なる施設ですが、デザインが共通なので、一体感があります。
 高台にあるため、背後では住宅用地の造成も進んでいました。相馬市では復興住宅への入居も始まっているそうで、様々な人の努力で進みつつあります。


 相馬を離れ、Yさんの車を運転して塩竃へ戻ります。
 途中ナビを頼りに、常磐線不通区間の新地駅付近を目指しました。線路があり、駅があり、家々があった場所ですが、鉄橋は土台を残すのみでした。


 踏切だった名残りは、電柱一本のみ。すでに線路のルートをふさぐように、新しいガードレールが設置されています。
 常磐線は、内陸側に移設して復旧することが決まっています。


 東北本線塩釜駅でYさんと別れ、一人旅に戻ります。仙台駅は、イーグルスのリーグ優勝記念で賑わっていました。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。