「ハッピーバースデイ九州パス」を使っての、JR九州グリーン車乗り比べ。2日目は、大分県南・臼杵からのスタートです。
第一ランナーは、883系「ソニック」博多行き。博多~大分間が基本のソニックですが、1日に2往復のみ、県南の佐伯まで乗り入れます。朝上り、夕下りの運行で、大分県南からのビジネスには便利なダイヤですが、福岡からの観光客には使えません。
時間帯としては大分への通勤にも絶好の時間ですが、日曜日なので全体的に空いていました。
ソニックのグリーン車は、革張りの電動リクライニングシート。885系で注目を集めた革張りシートですが、実は883系が先輩格です。
少し華奢にも見えるシートですが、耳型のヘッドレストはしっかり頭を支えてくれて、振り子の揺れの中でも安定感があります。
グリーン車の乗客の特権とも言えるのが、前面展望をこころゆくまで楽しめる専用フリースペース「トップキャビン」。
上り列車では後ろ向きの風景になりますが、小倉~博多間では先頭になるので、のちほどの楽しみにしておきましょう。
普通車は1995年の登場時、原色で塗られたヘッドレストが「衝撃的」な車内風景を作っていましたが、2005年のリニューアル時で落ち着いた内装になりました。
フローリングの床、ブラウン系の座席に改められ、まったく別の形式のようです。
ただデッキまわりは、登場当時CMで流れていたキャッチコピー「ディスコじゃないよ、列車だよ!」の雰囲気を残しています。チグハグな感じがなくもないけど、メリハリがあるようにも見えます。
トイレはリニューアルされていますが、床の汚れが目立っていました。特に女性には、ちょっと抵抗があるんじゃないかな…。サニタリまわりを磨きこむのはJR九州の流儀だったはずで、念入りなメンテをお願いしたいところ。
佐伯~大分間も高速化改良済みのはずですが、単線のため交換待ちで止まることがしばしば。ロングレール化も一部の区間に限られているようで、ガッタンゴットンのリズムは「ソニック」の名に似つかわしくありません。
高架に生まれ変わった大分駅の周辺は見違えるようで、2度目ですが改めて目を見張りました。ホームには多くの乗客が待ち受けており、グリーン車も半分の座席が埋まりました。
高崎山と別府湾、そして朝陽に輝く別府市街地を見ながら快走。振り子も本格稼働させ、ロングレールをすべるように走って行きます。大分までとは、別の列車のような走りっぷりです。
客室乗務員のサービスも大分からで、グリーン車ではおしぼりのサービスが。メニューまで用意してオーダーを取っていたドリンクサービスがなくなったのは、やはり寂しい気がします。
ソニック16号は小倉まで中津、行橋にしか停車しない速達タイプで、駅を飛ばして2時間8分で博多までを結びます。
小倉からはグリーン車が先頭になり、前を眺めていると、線路の傾斜よりもかなり車体が傾いていることが分かります。カーブの多い日豊本線の高速化に貢献した「振り子」ですが、福北間40分台の立役者でもあります。
臼杵から約2時間半で、博多着。わずか5分で、次なる振り子列車・885系の長崎行き「かもめ」に乗り継ぎました。どちらも同じ振り子列車なのだから、大分~長崎を直通してくれれば何かと便利だと思うのですが、博多で系統は分かれています。
「かもめ」「ソニック」の2タイプがあった885系も、今は共通運用になり塗装も統一されました。ただ先頭のエンブレムは「かもめ」が残されており、2000年に登場した1次車であることが分かります。
側面のエンブレムは、かもめから「INTERCITY AROUND THE KYUSHU」に変わっており、これは787系と同様です。
885系のグリーン車は、完全に独立した3列シートになっているのが特徴。華奢にも見えるテーブルは、床からそれぞれが独立して立っています。登場から14年、故障もなく使われているのだから、それなりに丈夫なようです。
革張りのシートは普通車も同様で、「グリーン車のようなすわり心地」とも評されますが、さすがにグリーン車はさらにもう一回りのゆとりがあります。
先頭となるグリーン車は運転席とガラスで仕切られており、ソニックのような前面展望を期待してしまいますが、座ったままだと前を見通すことができません。半室グリーン車の「狭苦しさ」を解消するための、「見せる運転席」という狙いなのです。
ちなみに事故時に「衝撃的なシーン」を乗客が見なくて済むよう、非常ブレーキの作動時にはガラスが曇る仕掛けがなされています。駅停車時に非常ブレーキをかけた時も作動し、手品のような光景でした。
自由席は満席近かったようですが、佐賀を出るとだいぶゆとりが生まれました。
自由席の一部では、一大特徴だった革張りシートが、一般的な布モケットに張り替わっています。入れ替わりの激しい自由席では、皮の痛みが早く進んでしまったのでしょうか?
多目的トイレまわりの「和」テイストの電飾は健在。14年経た今でも、新鮮です。
乗客の多い時には立席スペースにもなる「コモンスペース」が多く取られたのも885系の特徴で、車両ごとに違いがあり、車内を巡ってみるのも楽しいもの。
鹿島~諫早間では波穏やかな有明海沿岸を走り、客室の小さな窓よりも、足元にまで広がるコモンスペースからの車窓を楽しみたくなります。海の向こうには、雲仙普賢岳が姿を現しました。
長崎トンネルに入ると、ご当地歌手・さだまさしの歓迎メッセージが流れますが、トンネルの騒音にかき消されてよく聞き取れません。
12時49分、晴れ渡った長崎駅に降り立つと、同じメッセージが流れてきました。
長崎駅から大波止まで、時間もあったので歩いてブラブラ。長崎はもう何度も来ている街ですが、見て回ったのは電車通り沿線ばかりだったので、あえて別の通りに入ってみました。
2008年に開館した長崎市立図書館は、壁面緑化もなされた解放感のある建物。原爆投下の際に救護所となった新興善国民学校の跡でもあることから、その様子を伝える「救護所メモリアル」という施設も併設しています。
大波止からは、13時55分発の船に乗り込みました。
ポカポカと陽が差し、デッキに座ると季節を忘れるような暖かさだったのですが、海の上を走り出すとさすがに肌寒くなりました。
女神大橋をくぐり…
今は橋で陸続きになった伊王島へも、律儀に寄港すると…
目指す高島が見えてきました。今や全国区となった軍艦島(端島)に隣接し、1986年の閉山まで炭鉱の島として栄えた場所です。
端島ともども高島町という「日本一小さな自治体」を形成していましたが、今は長崎市に編入合併されています。
人口わずか722人(2005年現在)の島ながら、大型バスによる路線バスがあるのは奇跡のようで、ともかく乗り込みました。長崎市のコミュニティバスという位置付けで、運賃はわずか100円です。
クネクネと坂道を上り、展望台の入口で降ろしてもらいました。上り坂を歩いて10分、展望台へ。軍艦島や、昨年末に行った池島と違って、炭鉱関連施設はほとんどが撤去されています。しかし一部が残る高層住宅群に、その名残りを留めていました。
バスの本数も多くはないので、トコトコと歩いて山を下ります。
釣り公園と並び、高島観光の目玉となっているのが人工ビーチの海水浴場。大都会、長崎から手近な場所ですが、リゾート地のような海の美しさです。
島の中心部に立つ家々は、市営住宅と、元は社宅と思しき高層アパートがメイン。市営住宅はマメに手が入っているようですが、高層アパートは老朽化が進んでいるように見えました。
特に空き家となった部屋は、窓に板が打ち付けられているだけでなく、ベランダの柵まで撤去されていました。もうこれらの部屋が、新たな住民を受け入れることはないのでしょう。
しかし高島は、今もエネルギーの島。炭鉱関連施設の跡には、巨大なメガソーラー発電所が稼動していました。
海岸からは、遠く軍艦島の雄姿も見えます。
「高島いやしの湯」は、海水プールを備えた温浴施設。風呂は100円と激安ですが、こちらは普通の真水です。
プールの利用には1,000円かかりますが、島外からの利用なら船とのセット券がお得。船は往復1,980円ですが、セット券は2,000円です。海釣り公園も選べます。
隣接する石炭資料館は入場無料、しかも管理人さんはいません。鍵は開け放れており、見学者は自分で照明と空調のスイッチを入れて見学します。
長崎市内とはいえ、このあたりは島ののどかさ、大らかさが感じられました。
週末の島内で開いている店といえば「いやしの湯」程度でしたが、船着き場に戻るとスナックコーナーが開いていました。
せっかくなので名物という、鯛茶漬け(500円)をずるり。
17時45分、夕暮れの長崎港大波止に戻ってきました。
このまま「かもめ」で久留米に戻れば8時過ぎには帰れそうですが、グリーン車全車種制覇の命題があるので、快速シーサイドライナーで佐世保方面へと向かいます。
キハ66・67系の4両編成で、佐世保方2両は国鉄色でした。転換クロスシートに座り、闇に沈む大村湾沿いを早岐へと抜けました。
早岐から鳥栖までは、783系ハイパーサルーンの「みどり」に乗ります。
国鉄民営化後初の特急電車も、もう26年選手。ベテランの部類になりますが、リニューアルされた外観は疲れを感じさせませんでした。
ステンレスの車体は軽快な感じですが、グリーン車のすわり心地は重厚感があり、883系や885系よりもくつろげました。
「みどり」のグリーン車は2000年に改造された車両ですが、グリーン車⇒普通車に改造した車両から転用したもののようで、シートにはデビュー時の面影が残ります。肘掛のカバーや、背面テーブルを出すと現れるくぼみは、撤去されたAV機器の名残りです。
普通車車内。登場時は新時代の特急電車に見えた783系も、今見てみれば無機質な窓枠、素っ気ない間仕切りドアなどに、時代を感じるようになりました。
ちなみにシートは登場時のものではなく、485系から転用されたもの。足置きやオーディオ装置など普通車としては破格の車内設備を誇った783系ですが、その名残も探せなくなっていました。
結局ひとりぼっちのまま、鳥栖着。快速で久留米に帰れば、5つのグリーン車を乗り比べての九州一周を完遂しました。
ハッピーバースデイ九州パスは2月までの発売ですが、来年度も継続されれば今度こそ3日間を満喫したいものです。
第一ランナーは、883系「ソニック」博多行き。博多~大分間が基本のソニックですが、1日に2往復のみ、県南の佐伯まで乗り入れます。朝上り、夕下りの運行で、大分県南からのビジネスには便利なダイヤですが、福岡からの観光客には使えません。
時間帯としては大分への通勤にも絶好の時間ですが、日曜日なので全体的に空いていました。
ソニックのグリーン車は、革張りの電動リクライニングシート。885系で注目を集めた革張りシートですが、実は883系が先輩格です。
少し華奢にも見えるシートですが、耳型のヘッドレストはしっかり頭を支えてくれて、振り子の揺れの中でも安定感があります。
グリーン車の乗客の特権とも言えるのが、前面展望をこころゆくまで楽しめる専用フリースペース「トップキャビン」。
上り列車では後ろ向きの風景になりますが、小倉~博多間では先頭になるので、のちほどの楽しみにしておきましょう。
普通車は1995年の登場時、原色で塗られたヘッドレストが「衝撃的」な車内風景を作っていましたが、2005年のリニューアル時で落ち着いた内装になりました。
フローリングの床、ブラウン系の座席に改められ、まったく別の形式のようです。
ただデッキまわりは、登場当時CMで流れていたキャッチコピー「ディスコじゃないよ、列車だよ!」の雰囲気を残しています。チグハグな感じがなくもないけど、メリハリがあるようにも見えます。
トイレはリニューアルされていますが、床の汚れが目立っていました。特に女性には、ちょっと抵抗があるんじゃないかな…。サニタリまわりを磨きこむのはJR九州の流儀だったはずで、念入りなメンテをお願いしたいところ。
佐伯~大分間も高速化改良済みのはずですが、単線のため交換待ちで止まることがしばしば。ロングレール化も一部の区間に限られているようで、ガッタンゴットンのリズムは「ソニック」の名に似つかわしくありません。
高架に生まれ変わった大分駅の周辺は見違えるようで、2度目ですが改めて目を見張りました。ホームには多くの乗客が待ち受けており、グリーン車も半分の座席が埋まりました。
高崎山と別府湾、そして朝陽に輝く別府市街地を見ながら快走。振り子も本格稼働させ、ロングレールをすべるように走って行きます。大分までとは、別の列車のような走りっぷりです。
客室乗務員のサービスも大分からで、グリーン車ではおしぼりのサービスが。メニューまで用意してオーダーを取っていたドリンクサービスがなくなったのは、やはり寂しい気がします。
ソニック16号は小倉まで中津、行橋にしか停車しない速達タイプで、駅を飛ばして2時間8分で博多までを結びます。
小倉からはグリーン車が先頭になり、前を眺めていると、線路の傾斜よりもかなり車体が傾いていることが分かります。カーブの多い日豊本線の高速化に貢献した「振り子」ですが、福北間40分台の立役者でもあります。
臼杵から約2時間半で、博多着。わずか5分で、次なる振り子列車・885系の長崎行き「かもめ」に乗り継ぎました。どちらも同じ振り子列車なのだから、大分~長崎を直通してくれれば何かと便利だと思うのですが、博多で系統は分かれています。
「かもめ」「ソニック」の2タイプがあった885系も、今は共通運用になり塗装も統一されました。ただ先頭のエンブレムは「かもめ」が残されており、2000年に登場した1次車であることが分かります。
側面のエンブレムは、かもめから「INTERCITY AROUND THE KYUSHU」に変わっており、これは787系と同様です。
885系のグリーン車は、完全に独立した3列シートになっているのが特徴。華奢にも見えるテーブルは、床からそれぞれが独立して立っています。登場から14年、故障もなく使われているのだから、それなりに丈夫なようです。
革張りのシートは普通車も同様で、「グリーン車のようなすわり心地」とも評されますが、さすがにグリーン車はさらにもう一回りのゆとりがあります。
先頭となるグリーン車は運転席とガラスで仕切られており、ソニックのような前面展望を期待してしまいますが、座ったままだと前を見通すことができません。半室グリーン車の「狭苦しさ」を解消するための、「見せる運転席」という狙いなのです。
ちなみに事故時に「衝撃的なシーン」を乗客が見なくて済むよう、非常ブレーキの作動時にはガラスが曇る仕掛けがなされています。駅停車時に非常ブレーキをかけた時も作動し、手品のような光景でした。
自由席は満席近かったようですが、佐賀を出るとだいぶゆとりが生まれました。
自由席の一部では、一大特徴だった革張りシートが、一般的な布モケットに張り替わっています。入れ替わりの激しい自由席では、皮の痛みが早く進んでしまったのでしょうか?
多目的トイレまわりの「和」テイストの電飾は健在。14年経た今でも、新鮮です。
乗客の多い時には立席スペースにもなる「コモンスペース」が多く取られたのも885系の特徴で、車両ごとに違いがあり、車内を巡ってみるのも楽しいもの。
鹿島~諫早間では波穏やかな有明海沿岸を走り、客室の小さな窓よりも、足元にまで広がるコモンスペースからの車窓を楽しみたくなります。海の向こうには、雲仙普賢岳が姿を現しました。
長崎トンネルに入ると、ご当地歌手・さだまさしの歓迎メッセージが流れますが、トンネルの騒音にかき消されてよく聞き取れません。
12時49分、晴れ渡った長崎駅に降り立つと、同じメッセージが流れてきました。
長崎駅から大波止まで、時間もあったので歩いてブラブラ。長崎はもう何度も来ている街ですが、見て回ったのは電車通り沿線ばかりだったので、あえて別の通りに入ってみました。
2008年に開館した長崎市立図書館は、壁面緑化もなされた解放感のある建物。原爆投下の際に救護所となった新興善国民学校の跡でもあることから、その様子を伝える「救護所メモリアル」という施設も併設しています。
大波止からは、13時55分発の船に乗り込みました。
ポカポカと陽が差し、デッキに座ると季節を忘れるような暖かさだったのですが、海の上を走り出すとさすがに肌寒くなりました。
女神大橋をくぐり…
今は橋で陸続きになった伊王島へも、律儀に寄港すると…
目指す高島が見えてきました。今や全国区となった軍艦島(端島)に隣接し、1986年の閉山まで炭鉱の島として栄えた場所です。
端島ともども高島町という「日本一小さな自治体」を形成していましたが、今は長崎市に編入合併されています。
人口わずか722人(2005年現在)の島ながら、大型バスによる路線バスがあるのは奇跡のようで、ともかく乗り込みました。長崎市のコミュニティバスという位置付けで、運賃はわずか100円です。
クネクネと坂道を上り、展望台の入口で降ろしてもらいました。上り坂を歩いて10分、展望台へ。軍艦島や、昨年末に行った池島と違って、炭鉱関連施設はほとんどが撤去されています。しかし一部が残る高層住宅群に、その名残りを留めていました。
バスの本数も多くはないので、トコトコと歩いて山を下ります。
釣り公園と並び、高島観光の目玉となっているのが人工ビーチの海水浴場。大都会、長崎から手近な場所ですが、リゾート地のような海の美しさです。
島の中心部に立つ家々は、市営住宅と、元は社宅と思しき高層アパートがメイン。市営住宅はマメに手が入っているようですが、高層アパートは老朽化が進んでいるように見えました。
特に空き家となった部屋は、窓に板が打ち付けられているだけでなく、ベランダの柵まで撤去されていました。もうこれらの部屋が、新たな住民を受け入れることはないのでしょう。
しかし高島は、今もエネルギーの島。炭鉱関連施設の跡には、巨大なメガソーラー発電所が稼動していました。
海岸からは、遠く軍艦島の雄姿も見えます。
「高島いやしの湯」は、海水プールを備えた温浴施設。風呂は100円と激安ですが、こちらは普通の真水です。
プールの利用には1,000円かかりますが、島外からの利用なら船とのセット券がお得。船は往復1,980円ですが、セット券は2,000円です。海釣り公園も選べます。
隣接する石炭資料館は入場無料、しかも管理人さんはいません。鍵は開け放れており、見学者は自分で照明と空調のスイッチを入れて見学します。
長崎市内とはいえ、このあたりは島ののどかさ、大らかさが感じられました。
週末の島内で開いている店といえば「いやしの湯」程度でしたが、船着き場に戻るとスナックコーナーが開いていました。
せっかくなので名物という、鯛茶漬け(500円)をずるり。
17時45分、夕暮れの長崎港大波止に戻ってきました。
このまま「かもめ」で久留米に戻れば8時過ぎには帰れそうですが、グリーン車全車種制覇の命題があるので、快速シーサイドライナーで佐世保方面へと向かいます。
キハ66・67系の4両編成で、佐世保方2両は国鉄色でした。転換クロスシートに座り、闇に沈む大村湾沿いを早岐へと抜けました。
早岐から鳥栖までは、783系ハイパーサルーンの「みどり」に乗ります。
国鉄民営化後初の特急電車も、もう26年選手。ベテランの部類になりますが、リニューアルされた外観は疲れを感じさせませんでした。
ステンレスの車体は軽快な感じですが、グリーン車のすわり心地は重厚感があり、883系や885系よりもくつろげました。
「みどり」のグリーン車は2000年に改造された車両ですが、グリーン車⇒普通車に改造した車両から転用したもののようで、シートにはデビュー時の面影が残ります。肘掛のカバーや、背面テーブルを出すと現れるくぼみは、撤去されたAV機器の名残りです。
普通車車内。登場時は新時代の特急電車に見えた783系も、今見てみれば無機質な窓枠、素っ気ない間仕切りドアなどに、時代を感じるようになりました。
ちなみにシートは登場時のものではなく、485系から転用されたもの。足置きやオーディオ装置など普通車としては破格の車内設備を誇った783系ですが、その名残も探せなくなっていました。
結局ひとりぼっちのまま、鳥栖着。快速で久留米に帰れば、5つのグリーン車を乗り比べての九州一周を完遂しました。
ハッピーバースデイ九州パスは2月までの発売ですが、来年度も継続されれば今度こそ3日間を満喫したいものです。