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ブログ版 シュプリッターエコー

映画「クロワッサンで朝食を」

2018-11-22 00:52:00 | 映画
食い意地がはっているので、つい食べ物に関する言葉がついている映画にひかれてしまいます。恐らくそういう人が一定数いるおかげで、原題からかけ離れた邦題をつけられてしまう映画も割とあるように思います。

「クロワッサンで朝食を」原題は「パリのエストニア人」。

公式サイト

エストニアからパリに移民として入り、成功した老女フリーダ(ジャンヌ・モロー)は、辛辣で自由奔放な性格故に周囲の人から見離され孤独に暮らしています。
主人公であるエストニア人のアンヌは、中年の女性。フリーダの介護の為に雇われ、エストニアから初めてパリに行く事になります。アンヌにもまた理由があり、現状から逃げるように故郷を後にし、希望を抱いて憧れのパリへやって来ました。
アンヌの仕事はフリーダの朝食を用意することから始まります。寝室の白い大きな扉を叩いて老女を目覚めさせ、金の少しはげた重そうな紅茶ポットとカップ、クロワッサンをトレーに乗せてベッドに運ぶのですが…

食べ物がちょっとしたエッセンスになっている映画が好きなので、タイトルで大胆に教えて頂けるのは有難いのですが、ただこの映画に関して言えば、クロワッサンが魅力的には扱われていなかったので、それを目的に見ることはオススメしません。

もしパリを訪れた事があり、早朝のパン屋から漂う匂いに誘われた事のある人、そして焼き立てのクロワッサンを食べたことのある人なら何かよみがえるものがあるかもしれません。残念ながら私にその経験はありませんでした。

この映画ではクロワッサンの皮を噛んだ時のさくフワとした温かさと、口に広がるバターいっぱいの味を感じる事は出来ません。
むしろ最後まで、幾重にも折り重なった紙の塊を噛むような味を感じます。それは映画の背景にある、現実と憧れの差を噛み締めるような、私にはそんな印象のクロワッサンでした。

同郷であるから呼ばれたアンヌも、同郷であるが故に初めはフリーダに疎まれます。

心は悲しみに沈んだまま、アンヌは若い頃にこがれた憧憬を確かめにいくように、凱旋門やエッフェル塔を次々に訪れます。それは絵葉書で見たようなパリの街角の風景です。

終盤、フリーダはアンヌに向けて「私を貴女の母親がわりにしないで」と言い放ちます。
しかし、老いて娘の名を忘れながらそれでも生き方を否定してくる消えそうなアンヌの実母と違い、フリーダは老いてなお強く、追い詰められても実際は微塵も憐憫さを感じさせません。
まるでジャンヌモローその人かのように、プライドを貫き通す生き方をみせます。
後ろ姿でさえどこまでも力強いフリーダに、アンヌは全く別の光明を見つけたように感じます。フリーダもただ同郷の女性というだけでは、アンヌに心を寄せることはなかったでしょう。家族より信頼できる他人と出会える幸運に恵まれるか、またはそれを見極められるかどうかというのは、自由に生きてきた人であればあるほど、重要な事なのかもしれないと思いました。
(さな)


人力の凄み

2018-11-08 21:18:00 | 演劇
数年前まで、わたしはプロの人形劇をみたことがなかった。たまたま誘われていったのが、人形劇団クラルテの『有頂天家族』だった。森見登美彦氏の小説が原作の作品である。知り合いが用意してくれたチケットだったので、とてもよい席でみられたことももちろんあるが、とにかく驚いたのはそのスケール感である。空間が実際のステージの容積を遥かに凌駕する。自在なのだ。もちろん演劇とはもともとそんなものである。しかし、想像を超えた迫力が目の前に現れたのだ。
さらにわたしを釘付けにしたのは、役者たちの身体能力である。この作品では、ひとつの見せ場としていわゆる「アヒル歩き」で、舞台セットが転回される叡山電車のシーンがあった。コサックダンスのように屈んだ姿勢で走り回る大勢の役者の動きが、とんでもなく美しいのだ。
この「アヒル歩き」は人形劇役者にとって修得すべき動きのひとつなのだという。彼らはほとんどの時間を「けこみ」の内側で屈んだままで演じるからだ。後でわかったのだが、他国の人形劇では、人形を立って扱うのが一般的なのだという。日本のような操演方法はとても珍しいのだ。そしてこの作品では、普段は表に出さないこの動きを、けこみを取り払い、あえて見せ場にしていたのだ。まさに人力の凄みである。

まあ、百聞は一見にしかず。
もしも興味を持たれたのなら一度舞台をご覧いただきたい。来年早々、馬場のぼる原作の人気シリーズ『11ぴきのねこどろんこ』が関西6ヵ所で上演される。
残念ながら高速アヒル歩きは、けこみの内側に隠れているが、ねこたちが動く度に、大人でも「うわ~っ」とみとれてしまうことうけあいなのである。
日程があえば、ぜひ。



(キヌガワ)


ようこそ、未来の食卓へ

2018-11-01 15:18:00 | 食、ファッション
私事ではあるが、3月に転職したのである。片道1時間半、乗り継ぎが悪ければそれ以上かけ出勤している。夜、帰宅が遅くなるともう何も作る気力がない。コンビニで弁当を買って…と続けているとあっという間に財布が軽くなる。困った。しかし、夕食は食べたい。
ある日、ドラッグストアで「カレーメシ」をみつけた。カップ麺は苦手で食べられないが、メシというからには米であるわけだ。これなら食べられる。特売品という言葉にも誘われひとつ手に取った。
即席麺の産みの親、日清食品が作ったとあって、ホントに簡単なのである。お湯を注ぎ、5分待つ、かき混ぜる。これだけで、きちんとカレーが食べられるのだ。そして美味しい。お湯の量と待ち時間を調整すれば、ご飯の硬さもお気に召すまま。疲れた気持ちをほぐしてくれるスパイスの香りと、しっかりとしたボリューム。それでいてカロリーは通常のカレーライス半分ほどなのである。素晴らしい。
そして、9月に「トマトチキン」味が新発売。もちろん見つけて直ぐに購入。まあ、期待半分で食べたひとくち目で、なんじゃこりゃ!ほどよい酸味とスパイスのなんと調和のとれた味か。パッケージを改めてみて、さらに驚いた。考えたのはAIだという。

SF小説では、ポピュラーな食糧として「代用プロテイン」が登場する。人工知能が弾き出した1日に必要なエネルギーやビタミンなどを摂取させられるのだ。ミミズを原料とする無味無臭のなんとも不気味なゼリー状の物体。登場人物たちは、ため息をつきながら流し込む。俺たちはいつまでこんな生活を強いられるんだ、と。AIに支配されたらたまったもんじゃない。読みながら思ったものだ。

メーカーのHPによると『今回発売する「日清トマトチキンカレーメシ AIが考えた」は、さまざまな分野で活用が進むAI (人工知能) を駆使して生まれた商品です。
まず、AIが2,400万通りもの食材の組み合わせから、「カレーメシ」ファンが好むであろう最適なレシピを選定。AIが弾き出した答えはトマトとチキンをメインに、各種スパイスをきかせたトマトチキンカレーでした。
このレシピを元に、商品担当者が試食と検証を繰り返しながら、スパイスの種類や配合など味のバランスを整え、ベースとなるメニューを作成して商品化の作業を進め、本商品が完成しました。』(以上、HPから抜粋)とある。そうか、トマトチキンと弾き出したのはAIだが、最終的には人間だったのか。
安心すると同時に、少し希望が持てた。

全てを支配されかねないと、恐れてばかりはいられない。未来の食事は、我らの舌にかかっている。
(キヌガワ)