木洩れ日通信

政治・社会・文学等への自分の想いを綴る日記です。

拡大路線の果て

2007年11月22日 | Weblog

老舗高級料亭「吉兆」の偽装問題、そして「東京ミシュランガイド」の☆付きのお店発表と、「食の話題」が続いていますが、
「ミシュランガイド」なんて、私のような田舎住まいの「あるものを食べる主義」の者にとっては、「それが何か?」の世界だ。
「吉兆」の高級?高額料理も、私は食べたことありませんが、多分、信州の伝統的な、農村の食事で育った人にとっては、値段ほどには、美味しいと感じないのでは。
食べなれてきた味の感覚、というものは、一生、ついてまわるものではないだろうか。
マスコミがあんまり「食べ物」のことばかり取り上げるものだから、「国民総グルメ」みたいになってしまって、
自分の舌で確かめるんじゃなくて、テレビで宣伝してた、という「ブランド名」だけで、多分、「美味しいんじゃないか」と思わされてしまっている。
偽装して儲けた所は悪いが、名前ばかりにこだわる消費者も考えを改めたほうがいい、と思わせるこれらの騒動だ。
ただ、ミシュランのお墨付きをもらった店は、店主みずから店に立ち、自分ができる範囲の小さな規模の店ばかり。
それに引き換え、「吉兆」は、拡大路線になっていた。
食べ物は、「拡大路線」に走ると、必ず味が落ちる。
外食チェーン店のようなところは、味のマニュアル化をはかり、そこそこの内容と味のものを出す。
私も時々利用するが、「まずい!」と思うことはまあ無い。後は安全なものを出してくれれば、産地がどこだろうと、どの部分を使おうとかまわない。
高級でかつ美味で、拡大、これは有り得ない。



そんな、都会で「ミシュランガイド」などで、ノー天気に騒いでいる間に、地方の、農山村は、静かに崩壊の道をたどっている。
「過疎集落」がさらにすすんで「限界集落」。そしていつか誰もいなくなり、そのとき、山が崩れ、それが脆弱な基盤の都市に押し寄せる。このままほうっておけば。
山地が国土の殆どを占める日本では、人は昔から山に住んできた。
山が好きだから山に住んだのではなく、山に住むことに意味があったからそこに生きてきた。
斜面に切り開かれた「棚田」は、山の荒廃を防ぎ、保水を高めてきた。
里山の山林に手を入れ、その材を使うことも、社会と自然の循環のために当然のことだったのだが。
山村に人が住んできた間は、私たちは、山村に守られていると、特に感じることなく過してこれた。しかしこれからは・・・。
「金儲け」の暴力と魔力になぎ倒されてきた、この数10年だが、今まさにUターンする時だ。しかし都会生活者にはこれがわからない。



福田首相は、ASEAN(東南アジア諸国連合)の会合を終えて帰国した。「やる気」の見えない内閣ではあるが、この人のお父さん福田赳夫氏が、77年、そう今からちょうど30年前、首相として東南アジアを訪問した際となえた構想が「福田ドクトリン」。
?日本は、「経済大国は軍事大国になる」という歴史の通説とは逆に平和国家に徹する。
?東南アジアの人々とは「ハート・ツー・ハート(心と心のつきあい)」でいく。そのために学生を受け入れ、技術支援に力を入れる。
?ASEAN加盟の国々が力をつけて安定の基礎を築く。そのために政府開発援助(ODA)を5年間で倍増する
というもの。
福田赳夫氏といえば、「タカ派?」というイメージがあったが、この構想は、アジア諸国に今でも評価が高いという。日本ではこの構想を記憶する人は少ないのだが。
私も今回、「週刊金曜日」の記事で初めて認識した。
翌年、78年、日中平和友好条約が締結される。
「日米同盟」一辺倒の小泉氏も福田氏の教えを受けた福田派なんですがね。
そして、息子の現総理は「親中派」ということだけど、米軍のイラク侵略戦争のための「インン洋上での給油」にきゅうきゅうとしている。
今の時代の政治家?がいかに目先のことしか考えず、大きな視野を持たないか、ということが知れる。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする