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私が、生きる肌 [監督:ペドロ・アルモドバル]

2012-06-07 22:03:59 | 映評 2011~2012
個人的評価: ■■■■■■
[6段階評価 最高:■■■■■■、最悪:■□□□□□]

スペインの監督ペドロ・アルモドバルを天才と信じ、その才能に惚れ、彼の新作を観るために遠い街まで出かけていった。
「オール・アバウト・マイ・マザー」を観に東京へ行き、「トーク・トゥ・ハー」は茅野の映画祭で鑑賞し、「バッド・エデュケーション」を東京で観て、「ヴォルベール/帰郷」は長野に観に行き、「抱擁のかけら」は東京マラソンの出走前日に東京で鑑賞。そしてまた彼の新作を名古屋で観ることになった。
これほど愛して止まない監督だったが、新作「私が、生きる肌」を観て、私はアルモドバルのことを何にも理解していなかったことをおもい知った。


凄まじいストーリーだった。物語的な意外性よりも、人物たちの異常さの方が想像不可能で、観ているこちらの価値観が破壊されかねない危うさがある。
ただ異常な人物が出るだけなら大した脚本ではないのだが、構成が観るものを引き込む。

世の中のほとんどの「物語」は、三つのパートに分解できる。それぞれを「発端」「中盤」「結末」とするなら、「私が、生きる肌」という物語は明らかに「中盤」→「発端」→「結末」という順序でパートが並んでいる。ここが構成のうまさだ。
単に時系列で物語を並べれば異常な登場人物たちへの嫌悪から物語への興味がそがれてしまいかねない。ところが「発端」と「中盤」の並びを入れ替えるだけで、物語には推理小説的種明かし効果が生まれ、その登場人物たちの意外過ぎる正体に驚愕してしまう。
この意外性は、物語における全体と部分の関係とも関わりがある。
登場人物たちの行為一つ一つを見ればそこに意外性は無い。娘を犯した男に復讐する気持ちも、自分を改造した男を殺して逃げ出すことも、愛した妻そっくりに整形した女を愛しく思う気持ちも、その女が犯罪者に犯されているのを目の当たりにして犯罪者を殺すことも・・・それら部分部分において理解できないことは無いといっていい。しかしながら「全体」とは単なる「部分の総和」ではない。「私が、生きる肌」というストーリーは理解可能な部分を集めて全体に組み立てた時、理解不可能な物語となって完成する。

狂ったような世界とか狂気を描いてきた作家は多い。ラース・フォン・トリアーやキム・ギドクあたりが代表格だろうか。しかしフォン・トリアーもギドクも正常な感覚を基軸にドラマを組み立てているから、新しい考えを知ったり、多様な価値観を認めたりすることはあっても、こちらの価値観自体を揺るがすものではない。
対してアルモドバルの「私が、生きる肌」は異常な感覚を基軸にしており、自分の価値観が破壊されるような危険なものを感じる。初めての経験をしすぎるようで、観ていてエネルギーを消耗する。

ただし、単純に物語に対する不満も無いではない。
ヒロインが逃げ出して家族の元に帰るというのは、この異常な物語にしては随分とありきたりな帰結ではないか?
自分を痛めつけた者に逆襲して逃げるというそれだけならよくある話ではないか。ラース・フォン・トリアーの「ドッグビル」がそうだったではないか。
ギドクの「悪い女」の進んで売春婦になる主人公の方がキャラクターの変化として面白かった。
けどもふと黒澤明の「乱」の台詞を思いだす「狂った世界で気が狂うならまともってことだ」
フォン・トリアーやギドクのヒロインたちは、狂っていく世界の中で狂っていくという点で普通の人たちなのかもしれない。
アルモドバルのこれだけ狂った世界の中で、体も心もすべて委ねながらも決して狂わなかったヴェラこそ、逆説的に最も狂ったヒロインなのかもしれない。

愛のようで明らかに愛ではないその登場人物たちの執着心に、ただ戸惑い恐れるしかない。これを物語として映画として提示したアルモドバルはやはり天才であり尊敬できる芸術家だ。しかし同時にどこかでアルモドバル本人に遭っても私は近づくのをためらうだろう。「私が、生きる肌」はそれくらい恐ろしい映画だ。



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ブロガーによる00年代(2000~2009)の映画ベストテン
↑この度、「ブロガーによる00年代(2000~2009)の映画ベストテン」を選出しました。映画好きブロガーを中心とした37名による選出になります。どうぞ00年代の名作・傑作・人気作・問題作の数々を振り返っていってください
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