マスク着用が個人の判断ということになった。平たく言えば自由ということである。
でも、この3年あまり、四六時中マスクを着けていたわけでそれにすっかり馴染んでしまっている。
朝、家を出て駅まで人に会うことはないが、汽車を待つ人がいる駅舎に入る前にはいつもの癖でマスクを着けている。
列車内では当然にマスク着用である。
鳥取駅から職場まで人通りもまばらでマスク外して歩くと、ひどく無防備な姿のような気分になる。
ウィルスに無防備というのではなく、何というか、パンツ穿かずにスカートはいているような、
(経験ないから勝手な想像だけど・・・)
仮面をかぶって演技してる最中に仮面をはぎ取られたような・・・。
素顔を晒している気恥ずかしさのような気分か。
もうひとつ、まばらではあってもすれ違う人から「あ、マスクしてない」「個人の判断になったといってもねぇ・・・」
といった非難めいた思いを抱かれはせんだろうか、とか「自由なんじゃけ俺はマスクはせん」と堂々としきれない
自分が小心者であることを自覚させられる気分がちょっとヤナのである。
服を着るのと同じようにマスクを着けるのが当たり前になってしまった自分がいる。
コロナが完全に収束して感染者数がニュースで流れなくなるまで、これから先も自由とはいえ、
場面によっては「ご協力お願いします」とか「ご配慮お願いします」といった形で
「マスク着けろよ」圧力がかかったりするんだろうなと思う。
昔から「同調圧力」ってヤツが大嫌いだったはずなのに・・・えらいことである。
ただ、人に迷惑はかけたくないとは思うので、苦手なTPOに応じて対処するしかないのう。
我が家の「東屋プロジェクト」
束石と立てる柱の位置を正確に見るために予行演習をしてみた。
束石の施工がかなりズレてる(涙)
でも、素人にしてはまあまあか、とリカバリー策を練ることにして気を取り直す。。
疲れたぴ~。
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