北海道でノンビリと

タブタブの何処かへ行こう を改題しました。
何処かへ行く機会も減ってきたので 北海道を楽しもうと思ったからです

車中泊の旅・・・・湖北から比叡へ

2017-04-07 20:29:45 | 旅行




湖北(琵琶湖の北部)の雰囲気が何となく好きだ。
この辺りは日本史に何度か登場する地でもある。

朝倉、浅井軍に挟まれ身動きできなくなった信長があわてて京へ逃げ帰ったルートがこの湖北から朽木への道筋らしい。

また信長亡き後、天下取りを秀吉と柴田勝家が争った決戦の地、賤ケ岳があるし、少し東には あの有名な関ヶ原もあるから落ち武者はこの辺りを必死になって逃げたことだろう。


車を進めた日、何故か奥琵琶湖パークウェイは通行止めだったので、脇道のどん詰まりにある隠れ里のような菅浦地区へ入ってみた。



「ようこそ」と書いてあるが道は車を拒む程に狭く余所者が入られない雰囲気がする。もしかしたら落ち武者が隠れ住んだ里なのかも知れない。



珍しいことに こちらの神社には素足で参拝する風習があるようだ。

ある程度写真を撮ったら長居は無用と早々に引き揚げた。


珍しいカタカナのマキノ町を通り、道の駅「籐樹の里あどがわ」で車中泊。

翌日は堅田の浮御堂へ寄った後、比叡山へ上がるのに奥比叡ドライブウェイを通ろうとしたのだが、調べてみると道路の通行料より比叡山坂本ケーブルを使った方が安いことに気がついた。



ケーブル駅に車を置き乗車。このケーブルは二度目だ。途中の山腹には あの土佐日記の紀貫之の墓があったはずだ。

山頂に近い延暦寺駅に付き、あとは坂道を1キロ程歩かなければならない。





新しく御朱印帳を買って御朱印を頂き根本中堂へ入り手を合わせて不滅の法灯を見た。

そうそう、比叡山には延暦寺という寺は無いのを知っていた?
根本中堂も横川中堂も 全部ひっくるめて延暦寺だ。

その比叡を降りて三井寺(園城寺)へ行った。寺域から湧く水を天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使ったことから三井寺と呼ばれるようになったが、かつては山上の延暦寺と抗争を繰り返し何度も焼かれた歴史がある。



だから御朱印をお願いする時に「比叡山で買った御朱印帳で申し訳ないのですが・・・」と云ったらニヤリと笑みを浮かべて「もう気にしていませんから」と言われた(笑)





抗争時、比叡山にいた弁慶が三井寺の鐘を山上へ運ぼうとして傷が付いた「弁慶の引き摺り鐘」なんてものもある。



広大な寺域は様々なロケにも使われているので歩いていて楽しい寺でもある。



車中泊の旅・・・・マジで限界を感じた日

2017-04-05 21:36:46 | 旅行


琵琶湖の北、湖上に浮かぶ竹生島。

ここには宝厳寺と都久夫須麻神社があり信仰の島として知られているが、島であるからには船で行かねばならず二の足を踏んでいた場所でもある。

しかし今回を逃したら二度と訪れることは無いだろうと思い、早朝 観光船乗り場がある長浜港に車を停めた。

9時出港の第一便が8時から乗船券を売るらしいのだが、個人予約は受けていないため行列ができるとか。



無事に乗船券を手に入れワクワクしながら湖上の人となったが景色を楽しむ間もなく30分程で竹生島へ到着した。



しかしまぁ、この石段。一段の踏み幅が高いし角度も急だ。



オネエサマの後ろに続こうなんて思っている余裕はない。
それに、オネエサマが見当たらない。

次々に上がって行く 昔のオネエサマに押されて 覚悟の一歩。



途中からは恥も外聞もなく両手で手すりを掴んで必死の形相。休むと後ろの人に影響するし、転げ落ちようものなら将棋倒しで死人が出るだろう。

(もうダメ、もう死ぬかも) と何度思ったか知れないがへたり込むように何とか登頂した時には目の前がクラクラ。





こんなキツイ思いをしたのは初めてだ。
昨日不純な気持ちで犬山城の階段を上がった罰なのかも知れない。



さらに神社と寺とを結ぶ舟廊下は見られたものの肝心の唐門は工事中で見られず、次の便で早々に島から離れた。









少しずつ小さくなっていく島の あの必死に上がった石段を見て(もう絶対に来ない) と強く思った。



ホント、マジでキツカッタ。

車中泊の旅・・・・・中山道 木曽路

2017-04-02 22:39:49 | 旅行
中山道 木曽路は山の中だと誰かが云っていた。
その中で昔の宿場の面影を残しているとして有名なのが妻籠と馬篭宿だが、もう一つ あまりメジャーではないが奈良井宿も立派に旧宿場町としての面影を残している。



観光客がウロウロしていない分、昔の風情をそのままに感じることができるような気がする。



それに反して妻籠宿と馬篭宿は人で溢れていた。ファインダーの中に人を入れないで撮るのはかなり難しい。








昔、退職したら東海道と中山道を歩き 富士山にも登りたいと思っていた。
ところが試しに自宅から13キロほど離れた駅まで歩いてみて自分の体力の無さを知り街道を踏破しようなんて無謀なことだと知った。

だから今回は車での走破だ。

木曽路は山の中というだけあって峠道のオンパレードだ。馬篭宿なんて宿場町全体が急な坂道の両側に宿が並んでいるので、私の様な体力のない人間は宿場の中を歩くだけでヘトヘトになった。



木曽路にあって 一風変わった景観を見せるのが寝覚の床だ。あの浦島太郎が目を覚まし玉手箱を開けた場所だと云う事が命名の由来らしい。







ここは一見の価値があるので是非尋ねてほしい場所だ。

さて国宝犬山城へ上ることになった。彦根城や松本城へ行ったことがあるので天守閣へ上がるのが大変なのは知っているのだが、やっぱり上がらずにはいられない。






階段と云うよりハシゴと云った方が良いような急傾斜の階段を楽しく上るにはオネエサマの後ろについて上るに限る。



息が切れ、苦しい中でも 目の前に揺れる臀部が気持ちを奮い立たせてくれる。
これが何処かのオッサンの後ろだと・・・・気が滅入る。



城から下りてヒーヒー云いながら美濃加茂にいる同級生に電話した。

「近くに来たけれど寄らないで行く」と云うためだ。

今年退官すると云う その出来のずば抜けて良い同級生は喫茶店を待ち合わせ場所に指定してすっ飛んで来た。

相変わらずスマートな長身でキビキビと動くイケメンは見た目も私とは正反対だ。

退官するので学生が謝恩会を開いてくれたのだが、女子学生が何人も泣いたらしい。

過去、私のために泣いてくれた女性なんか一人もいないので 少し・・・・いや、かなり羨ましい。

病気の気配もないようで、私のようにレジ袋いっぱいの薬を持ち歩く人間には別の人種のようにさえ見える。

この後、本当は岐阜城へも上がる予定だったけれど、もう体力の限界。Tバックのオネエサマでもいるのなら頑張るけれど・・・・もう城は 良いや。