遠くまで行く秋風とすこし行く 矢島渚男
自然のなかに溶け込んでいる人間の姿。吹く風に同道するという発見がユニークだ。「すこし行く」という小味なペーソスも利いている。同じ風でも、都会のビル風ではこうはいかない。逃げたい風と一緒に歩きたい風と……。作者は小諸の人。秋風とともに歩く至福は、しかし束の間で、風ははや秘かながらも厳しい冬の到来を予告しているのである。同じ作者に「渡り鳥人住み荒らす平野見え」がある。出来栄えはともかくとして、都会から距離を置いて生きることにこだわりつづける意志は、ここに明確だ。『船のやうに』所収。(清水哲男)
【行く秋】 ゆくあき
◇「秋の果」 ◇「残る秋」 ◇「去る秋」 ◇「秋の別れ」 ◇「秋の行方」 ◇「秋去る」 ◇「秋過ぐ」
秋の季節が終わること。秋を惜しむ感慨もおのずからこもっている。後ろ髪をひかれる気持ちが込められている語。
例句 作者
行秋や抱けば身に添ふ膝頭 太祇
行く秋の虹の半分奈良にあり 廣瀬直人
行く秋の萬年橋を塗り替へる 棚山波朗
行く秋や夢二の墓に一升瓶 寺島ただし
行秋や案山子の袖の草虱 飯田蛇笏
蛤のふたみにわかれ行秋ぞ 芭蕉
ただ海の蒼さに秋の逝く日かな 武田鶯塘
逝く秋のからくれなゐの心意気 桂 信子
逝く秋の風景に一本の太い煙 鈴木石夫
ゆく秋の不二に雲なき日なりけり 久保田万太郎