いつの間に昔話や春灯(はるともし) 塚田采花
春夏秋冬、灯りはそれぞれに明るいとはいえ、ニュアンスに微妙なちがいがある。とりわけ春の灯りは明るく暖かく感じられるはずである。作者は越後の人であるから、雪に閉じ込められていた永い冬からようやく抜け出しての春灯は、格別明るくうれしく感じられるのである。夜の団欒のひととき、尽きることのない語らいは、ある時いつの間にか昔話にかわっていたのであろう。家族ならお婆ちゃん、他での集まりなら長老が昔話をゆっくり語りだす。もう寒くもなく、みんな真剣になって耳傾けているなかで、灯りが寄り集まった人たちを、まろやかに照らし出している様子がうかがえる。雪国育ちの筆者も子どもの頃、親戚のお婆ちゃんにねだって、たくさんの昔話を聞いたものである。きまって「昔あったてんがな…」で始まり、「…いきがぽーんとさけた」で終わった。「もっと、もっと」とせがんだものである。采花の他の句に「一つの蝶三つとなりし四月馬鹿」がある。『独楽』(1999)所収。(八木忠栄)
【春燈】 しゅんとう
◇「春の燈」 ◇「春燈」(はるともし) ◇「春の燭」
春の夜のともしびで、殊に朧夜には一種の艶な感じがある。
例句 作者
若き尼御厨子に春の灯をささぐ 水原秋櫻子
人ひとりひとりびとりの春灯 五所平之助
春の燈やかきたつれどもまた暗し 村上鬼城
本売りて一盞さむし春燈下 加藤楸邨
春燈やはなのごとくに嬰のなみだ 飯田蛇笏
翳にさへ語りかけたく春灯 林 翔
爪染めて爪に春燈あそばせる 加藤雅伊
春の灯や女は持たぬ喉仏 日野草城
春の灯のむしろくらきをよろこべる 久保田万太郎
春燈や云ひてしまへば心晴れ 星野立子
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