今日のブラタモリは麻布と三田。
イタリア大使館の大名屋敷の庭園そのままの日本庭園は素晴らしかった。
その後の麻布の蒲池も素晴らしかったけど、こちらはなんとか残ったという感じであり、しかも、当時のこのあたりに住んでいた外国人が無くさないようにという活動をしたとの新聞記事まで紹介されていて、そのおかげもあって残ったようだ。
そう考えると、大名屋敷跡がイタリア大使館になったおかげで、今回撮影されたようなほぼ完全で、いまでもメンテされている状態だったのは、外国人のおかげということになる。
なんか残念。
でも、それが日本。
私のうけた教育も江戸時代は最悪の時代で明治維新でその悪夢のような過去を捨て去っていまの日本だみたいな感じだったけど、そのおかげである時期古いものはどんどん捨て去られた。
どれを捨てて、どれは残すなどをしっかり吟味すれば、このようなことにならなかっただろうに!
これまでの放送:第10回 三田・麻布をブラタモリ ディレクターズ・カット 完全版|ブラタモリ
この上の文章は下の地図の赤羽小学校あたりのタモリさんをクリックすると写真と共に出てきます。
イタリア大使館の大名屋敷の庭園そのままの日本庭園は素晴らしかった。
その後の麻布の蒲池も素晴らしかったけど、こちらはなんとか残ったという感じであり、しかも、当時のこのあたりに住んでいた外国人が無くさないようにという活動をしたとの新聞記事まで紹介されていて、そのおかげもあって残ったようだ。
そう考えると、大名屋敷跡がイタリア大使館になったおかげで、今回撮影されたようなほぼ完全で、いまでもメンテされている状態だったのは、外国人のおかげということになる。
なんか残念。
でも、それが日本。
私のうけた教育も江戸時代は最悪の時代で明治維新でその悪夢のような過去を捨て去っていまの日本だみたいな感じだったけど、そのおかげである時期古いものはどんどん捨て去られた。
どれを捨てて、どれは残すなどをしっかり吟味すれば、このようなことにならなかっただろうに!
これまでの放送:第10回 三田・麻布をブラタモリ ディレクターズ・カット 完全版|ブラタモリ
イタリア大使館
三田の高台に広がるこの場所は、江戸時代、伊予松山藩・松平隠岐守(まつだいら・おきのかみ)の中屋敷でした。江戸時代の回遊式庭園が、ほぼ当時のまま残されています。
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