ケンのブログ

日々の雑感や日記

ポールマッカートニー来日

2018年09月17日 | 日記
朝のラジオを聴いていたら間もなくポールマッカートニーが
来日ということでライブ音源を中心にポールマッカートニーの
いろんな曲を流していた。
僕がラジオをつけたときポールのビートルズ解散以降の
曲が連続で流れていた。
いい歌だけれどなんか僕にとっては今一つぐっと
くるものがないなあと思っていた。
そんな気持ちでラジオを聴いていると
ビートルズ時代の名曲
ハローグッドバイが流れた。

僕はハローという
君はグッドバイという
どうしてなんた

僕はイエスという
君はノーという

僕は高いという
君は低いという

僕はなぜという
君はわからないという

僕と君の主語があべこべになっているかもしれないけれど
まあ、そんな歌詞の連続の歌だったと思う。
他愛もない歌詞だけれどそして
シンプルな歌詞だけれど
おくが深いと思う。

僕と君 ハローとグットバイ
イエスとノー
高いと低い
こういう組み合わせの事を
英語でポラリティという。
ボラリティ、大切なことだと思う。

聖書は初めに神は天と地とを造られた
という書き出しになっている。

天と地 これもポラリティ

ベートーヴェンの交響曲第9番は
ニ短調で始まりニ長調で終わる

ニ短調とニ長調これもポラリティ

チャップリンは人生は近くで見ると悲劇だが
遠くから眺めると喜劇だ
と言った。

悲劇と喜劇もポラリティ

つまり互いに両極にある概念の事をポラリティという。

芸術を構成するのにポラリティはとても大切な考え方。

人生を考えるのにもポラリティはとても大切。

人生は近くで見ると悲劇だが
遠くから眺めると喜劇だというチャップリンの言葉は
「みなさん人の事は笑って過ごされますけど
それがいざ自分の事になると、めしものどを
通らんようになるんです」という八王源先生の言葉に
そっくりだ。

八王源先生がなくなられたのは
平成5年の9月17日
もう25年になる。

あれから四半世紀も過ぎたのかと思う。

その間、心のなかで八王源先生の事を
思わなかった日は一日もないことに思いがいたる。

本当に僕の人生のなかであんな人は他にいないなと思う。