ケンのブログ

日々の雑感や日記

セラピスト

2020年08月26日 | 日記
久しぶりにリラクゼーションサロンに行った。

セラピストの方が「暑いですね」と言った。

「そうですね」と僕は言った。

「先日、みませの駅を電車が通過したときナカシマさん、駅のホームで本当に暑そうにしたましたよ。私、車両の中から手振ったけど、ナカシマさん気づきませんでした。まあ、車内から手を振っても気づくわけないですけど」とセラピストの方が言った。

「そうですか。それは僕も気づきませんでした。家から駅まで一生懸命歩いて行ってホームの階段を登り終わって止まったときが一番暑いんですよ。あの瞬間にどっと汗が吹き出すんです」と僕は言った。

「そうですね。私が見たのはその一番暑い瞬間だったんですね。でも、お元気そうで」とセラピスストの方が言った。

「Sさんからそう言ってもらえると一番嬉しいですよ」と僕は言った。

随分以前にこのセラピストの方と話をしたときに、セラピストのお父さんと僕の年齢が同じということがわかった。

セラピストのお父さんが25歳のときにそのセラピストの方が生まれたらしい。

といことはその頃には、僕も25歳。

その年齢のときの僕はまだ、結婚って何も考えていないときだったなと思う。

でも、自分の娘くらいの年齢の人から、電車の中から手を振りましたと言ってもらえると、やはりたとえ気づかなかったにしてもそれは嬉しいなと思う。

お父さん

2020年08月26日 | 日記
電車に乗ったら、向かいの席に体重80キロ以上はあるような男の人が座っていた。サンダルを履いていて下はジャージの半ズボン。

かばんの中からペットボトルのような容器を取り出した。中に飲み物が入っている。その瓶の口には子供用の飲み口のようなものがついている。

男の人がその飲み口を隣にいた2歳半くらいの男の子にふっと無造作に差し出すとその男の子は何も言わずにその飲み物を一口か二口飲んだ。

そのさまを見た瞬間に、ああ、気の合う親子と思った。

無造作に出された飲み口を子供がすっと飲む親子二人の呼吸がとても自然。

お父さんだから「はい飲みなさい」と言って子供に飲み物を差し出すわけではない。

無言で飲み物を差し出しても子供が安心してすっと飲む。

子供からこういう反応を引き出すお父さんってそんなにいない。

子供は飲み物を飲むと電車の車両の内側に背を向けて座席に座り窓の外を見ていた。

窓の外に興味のある景色を見つけるたびにパパ パパと子供はしきりに言っていた。

お母さんだったら子供にママと呼びかけられると「何が見えるの?」とか反応する場合が多いけれどお父さんは おう とか うう とか言っているだけで子供のパパという呼びかけに特に反応を示すことはない。

それでも子供はしきりにパパ と言っている。

無造作で決して積極的に子供の呼びかけに反応するわけではないのに子供が安心しきって何度もパパというところがこのお父さんの人徳。

本当に、特に努力しないでもパパの役目ができてしまう人って世の中にいるものなんだなと思う。

決して男前というわけでもなく、小太りなのに、、、。

というのは差別的な言い方かもしれないけれど。

3つくらい先の駅につくと、お父さんと子供は電車から降りていった。お父さんは特にピョンしてとか子供に言わなかったけれど、電車を降りるときは電車とホームの隙間に気をつけてちゃんとピョンと飛んで子供は電車から降りていった。

それで、僕が子供の頃のことをちょっと思い出してみたのだけれど、僕は子供の頃、電車の進行方向と垂直方向に向いた座席に座ると一心に外の景色を眺めていた。

そして今日の電車のように、座席が列車の進行方向と平行につまり車両の内側に向かってついている車両に乗ったときは、わざわざ車内に背を向けるような形で座って外を眺めるということはしないで、むしろ車内の様子を観察していた。

車内でも観察することはいくらでもある。たとえば川崎重工が作った車両だと車両番号の横に川崎重工と書いたプレートが貼ってあった。

連結部の板が電車が揺れるのに従ってはねたりするのを観察するのも好きだった。

今のように夏だと、僕が子供の頃はまだ冷房は電車の標準装備にはなっていなかったから扇風機の首振りを見るのも好きだった。家庭用扇風機は左右に首を降るけれど電車の扇風機の首は芯棒を軸に円形に振れていたな。

そういうのも結構飽きずに見ていた。

冬になるとその扇風機にカバーがしてあり、それを眺めながらまた夏のことを想像したり、、、。

僕が子供の頃はまだ、木製の床の電車も走っていたから床の木目を眺めたり、床に塗った油の匂いのなんとも言えない香りのことを考えたり。

連結部の幌が、列車のカーブに沿ってアコーディオンの空気を入れる部分のように伸びたり縮んだりするのを眺めるのも好きだった。

車両の内側に向かって座席が切ってあるときはわざわさ車内に背を向けて座って外を眺めることは基本的にはなかった。

ちょっと変わった子供だったのかもしれない。

ただ、車内に背を向けて外を見ることはなかったと言ってもそれは僕の記憶にある範囲内のことで、記憶にないほど小さいときには車内に背を向けて外を見ていたかもしれない。