朝 マンションのベランダから差し込む光を見て、随分強い日差しになったなと思った。
考えてみればもう立春も近く、寒い日々はまだ続くけれど、季節は確実に動いているなと感じる。
そういえば、コロナが昨年、流行し始めた頃、中国の旧正月と重なって中国ではえらいことになっているというところからこのいわゆるコロナ渦というものが始まったのではなかったか。
ちょっと記憶があいまいだけれどたぶんそんな感じだったと思う。
ということはこのコロナももう一年になるのかなと思う。
本当に、えらい一年になってしまった。
まだ当分このコロナといいことが続きそうだけれど。
今日の新聞に「コロナワクチン高齢者接種3ヶ月で」という見出しでコロナワクチンの接種について、接種は希望する高齢者に対して行われるという文言が書いてある。
また新聞の特別面には衆議院予算委員会における菅首相の答弁として次のようなことが書いてある。
「ワクチンは感染対策の決め手となる。 中略 国民に自らの判断で接種してもらうため、副反応や効果を含め、科学的知見に基づいて正確でわかりやすい情報を発信していきたい」
首相の答弁に、国民自らの判断で接種してもらう という文言があるのを見て安心した。
ワクチンを接種しなければならないという同調圧力がかかり、接種しない人が、差別をうけるようなことがあってはいけないと僕はワクチンの問題が出たした頃から思っていたからだ。
僕の記憶に間違いがなければ、ワクチンの開発が始まり、日本もワクチンの確保に動き始めた頃、もしワクチンによる副反応で裁判になり、賠償責任をともなうような判決が出た場合には、その責任を負うのは、製薬会社ではなく、国であるという約束が国と製薬会社の間でなされているという記事が出ていたと思う。
ある意味、製薬会社にとってはむしのいい話だなとそのとき思った。
その記事を読んだ時あたりから、僕は、ワクチンの接種に関する同調圧力がかかることを気にするようになった。
やはり、首相の答弁に 国民自らの判断で接種してもらう という文言があるのはひとつの安心材料ではある。
首相の答弁にこの文言があるのは患者の自己決定の権利に配慮したものと思われるというよりは、そこに配慮していることは、ほぼ、明白であると思う。
患者の自己決定権については、ネットで検索したら医療法人 小畠病院のサイトに次のように簡潔に記載されていた。
- “”自らの意思で選択・決定する権利
自らの受ける検査や治療方法などについて、説明を受けた上で、自分の意思で選び決定する権利があり、一方で、希望しない医療を拒否したり、医療機関を選択したりする権利があります。そのために、カルテを含む診療情報の開示やセカンドオピニオンを求めることが出来ます。“”
本当に医療が発達した今、ワクチンの接種だけでなく、様々な医療に関して、自らがしかるべき情報を得た上で自己決定していくという考え方があるということをみんながもっと認識していく必要があると思う。
会社に務めていた頃、ちょっと咳をしている人を見かけたりすると「医者へ行きましたか、医者に行ったほうがいいですよ」とやたらお節介をしてくる人がいて、僕もそういうお節介をされたことがある。
その場では適当に生返事をしていたけれど、本当にうっとうしいお節介してくるやつやなあと思って、自分でいろいろ調べて、この患者の自己決定権というのを僕も意識するようになった。
やはり、医療は自分の主体性で受けることが大切で、また安易に、他人に医療を受けるべきとすすめることは慎むべきだと僕は個人的にそう思う。
※それにしても、菅首相の答弁、よく言えばそつがない、悪く言えば、役人の書いた模範解答を読んでいるようだなと思う。
なるべく自らの主体性でメッセージを発信していくということも菅首相に求めたいと思う。