ケンのブログ

日々の雑感や日記

夏の鳥

2021年05月03日 | 日記
自宅の近所の水田で土を起こして、水を引く準備をしていた。

土を起こすことで出てくる獲物をねらって、ホトトギスとおぼしき鳥が電線と水田の間をさかんに往復していた。

こういう風景見るのって僕にとっては珍しいなと思う。

その足でJRの駅へ。

ここ3日くらい、駅の階段の下にあるツバメの巣の糞を受けるためにおいてあるダンボールに、ゴミがほかしてあって、気になっていた、

そして巣もあるにはあるのだけれど、そこに燕の姿は見えず、ひょっとして燕が巣を放棄した可能性もあるのではないかとそれも気になっていた。

ところが今日、巣の下のダンボールを見ると、ゴミは撤去されていた。

そして、巣からは五羽くらいのひながおおきな口をあけて顔を出していて、そこに親鳥がやってきてひなに餌を与えていた。

こういうの見るとやはり、心がおちちく気持ちになる。

それに、つばめ といえば、JRの前身、国鉄の、特急列車の代名詞のような名前だもの。

国鉄がプロ野球の球団を持っていた時の名前はそのつばめにちなんで国鉄スワローズだった。

今、ヤクルトスワローズと言っているのは国鉄スワローズの名前を受け継いでそうしているはずだ。

いっときヤクルトアトムズと言っていた時期もあったけれど、、、。

鉄腕アトムもいいな。

“”目を見張れ 耳を澄ませ
そうだ アトム 油断をするな
心弾む ラララ 科学の子
7つの威力さ 鉄腕アトム“”

鉄腕アトムのアニメ主題歌の歌詞だ。

本当に心が弾むような歌詞だなと思ってみると
谷川俊太郎さんの作詞となっている。

やっぱり違うなと思う。

科学の子って、本当に鉄腕アトムが流行った頃はみんな科学に夢を持っていたけれど、今は科学が進みすぎて、どこまでが科学で、どこからが非科学か、ややもすると、みんな区別がつかなくなってしまって、逆に、科学的とか、エビデンスに基づく とかいう言葉がくせものという感じにさえなってしまっている。

まあ、それはともかく、燕のひなが親鳥に餌をもらっている姿を見るのはいいものだなあと思う。

ひなはひなで、ちゃんと大きく口をあけて餌をもらわないと、兄弟同士の生存競争に負けてしまうという話もちょっと聞いたことがあったような気がするけれど、、、。

そういう淘汰というものも含めて、自然の生命ということなのだと思う。

鳥を見ると

“”
空の鳥を見るがよい 種もまかず 刈り入れもせず 倉に納めもしない。
だが、あなたがたの父は鳥を養っていてくださる。
あなた方は鳥よりも優れたものではないか。
あなたがたのうちの誰が思いわずらったからと言って
寿命をわずかでも伸ばすことができようか“”

というイエスの言葉を思い出す。

コロナのときだからこそ、こういう言葉の意味を噛み締めてみるべきだと思う。

この 空の鳥をみるがよい という言葉は、栄華をきわめたソロモンでさえ野の花のひとつほどにも着飾ってはいなかった と続き そして、最後に有名な言葉

明日のことを思いわずらうな 明日のことは明日自身が思いわずらうであろう。
今日の労苦は、その日だけで十分である

というところに続いている。

明日のことは思いわずらうな と言ってもそう簡単にできることではないけれど、
少しでも、そういう気持ちに近づけたらと僕自身願っている。

一日、いちにち無事に過ごせることを第一に願っていきたいと思う。

※イエスの言葉はマタイによる福音書から一部言葉を改めて引用しました。