ケンのブログ

日々の雑感や日記

斎藤佑樹さん 不必要な情報 あの娘

2022年02月12日 | 日記歌入り
■斎藤佑樹さん
今日の読売新聞で元プロ野球選手の斎藤佑樹さんが女子スキージャンプの高梨沙羅選手に関してこのように書いている。

「スキージャンプの混合団体では、スーツの規定違反による失格が問題になりました。高梨沙羅選手がSNSで謝罪していましたが、どうか自分を責めないでほしい。

僕も含めて、応援する人たちは高梨選手が楽しんで飛んでいる姿を見たい。次にまた飛ぶときには、あの素敵な笑顔を見せてほしいと、みんな願っているはずです」と。

これを読んだとき、僕は、いやあ、斎藤佑樹さん さわやかに過不足なくまとめるのがうまい。 これは一つの才能 と思った。

僕の率直な感想として、高梨選手のSNSでの謝罪が報じられてからの、高梨選手への応援メッセージは、なんだか心がこもるあまり逆に仰々しく思えてしまうものもあるな と思っていた。

「僕も含めて、応援する人たちは高梨選手が楽しんで飛んでいる姿を見たい。次にまた飛ぶときには、あの素敵な笑顔を見せてほしいと、みんな願っているはずです」と斎藤佑樹さんがコメントできるのは、きっと斎藤さんのキャラに加えて、ご自分自身も甲子園で優勝したり、プロで思うように勝てなかったり、いろいろ経験されたから、どういう言葉がこういう場合に、過不足がないかということがきっと感覚的にわかっておられるからだと思う。

すごいことだなと感じる。

■女児死亡事件
愛知県一宮市で女児が死亡して、母親の方が殺人未遂容疑で逮捕された事件を報じるニュースが新聞に載っている。

そのニュースの最後はこんなセンテンスで結ばれている。

「(逮捕された)○○容疑者は夫と娘3人の5人家族。近くの20代女性は『公園で親子の姿を見たことはなく、同年代のママ友との交流もなかったようだ』と話した」と。

これを、読んだ瞬間 僕は、それは不必要な情報だと思った。

まだ、容疑者の方は逮捕されただけで、取り調べも進んでいない、ましてや、裁判で、容疑者に公園で一緒のママ友がいないことと事件との因果関係が認定されたわけでもない。

それなのに、どうしてこんな 不必要な情報を書くのだろう。

この情報が、最後に書いてある。最後に書いてあることって最初に書いてあることと同様に目を引きやすいし、それゆえに重要な事柄を最初と最後に書く場合が多い。

公園でママ友がいないことが最後に書いてあると、ママ友がいないことと殺人との間に因果関係があるような印象を与えてしまう。

公園でママ友を作らなくても立派に子供を育てている人はいくらでもいるのにそういう人に対しても失礼だと思う。


大阪の橋下元知事は、最初に書きたい記事がもう決まっていて、自分が記事を書きやすいように誘導尋問的な質問をしてくる記者を、弁護士で鍛えた、論理的思考回路で、徹底的にやりこめておられた。

イチロー選手も、最初から書きたい記事が決まっていて、誘導尋問的な質問をしてくる記者を見抜いて、かなり不愉快そうな態度を示されたこともあった。

この、女児死亡事件の記事を書いた新聞記者も、最初から、容疑者はママ友もいない女だったという記事を書きたくて、公園にでも行って、ママ友もいなかったというコメントをしてくれる人を探して、誘導尋問的な質問をした可能性もかなり高いと思った。

本当に、容疑者になった方の人権も大切という人も少なからずいる中で、もう少し報道の仕方を工夫してほしいと思う。

というか、単に余計なことを書かなければいいだけの話なのだけれど、、、。

■あの娘
中島みゆきさんの「あの娘」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌い、ICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただければ嬉しいです。

“”綺麗ね 可憐ね 素直ね、比べりゃあの娘が天使
妬いても泣いてもあの娘にゃなれない 私じゃ駄目ね“”

というフレーズが印象的です。

「どうして比べるの?比べなくても もともと君はとくべつなオンリーワンなんだ」というタイプの歌よりも
「いやあ、比べたら負けるわ 私ではあかんわ」というタイプの歌のほうが僕の場合は逆にそう快感を覚えます。

こういうのも歌い手と聴き手の相性なのだと思います。

↓中島みゆきさんの「あの娘」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いました。


ややこしい時代 忘れられるものならば

2022年02月12日 | 日記歌入り
■ややこしい時代
読売新聞のコラムに宮沢賢治の「雪渡り」をいう童話のこんな文が引用されている。

「こんな面白い日がまたとあるでせうか。いつもは歩けないキビの畑の中でも、すすきで一杯だった野原の上でも、すきな方へどこまでも行けるのです」と。

本当に、雪が降ると、普段はバリアとなっていたものの上にそれが積もり 結果的にバリアフリーになって、普段はいけないところへ行ける。冬の畑の中に入ったり、田んぼの中に入ったり。

そんな、体験、僕も、もう何十年もしていないような気がする。

子供の時は確かにそんな体験はしたけれど。

新聞のコラムは、雪のとらえ方も、宮沢賢治の世界には軽く描かれている言いつつも、今の世の中では、雪が降ると交通がマヒしたり、その結果コロナワクチンの接種にも影響が出たり、迷惑なだけになってしまっている、という文脈になっている。

本当に、雪を迷惑としか感じられない時代というのも悲しいなとは思う。

コロナの内服薬が承認されるというニュースとともに、そういう薬は危険な飲み合わせもあるから、服薬履歴が不明な人への処方は慎重にならざるを得ない。だから、お薬手帳などの活用を
 という主旨のことが書いてある。

お薬手帳と言えば調剤薬局。

調剤薬局で、お薬手帳を出して、それを薬剤師がチェックして と面倒なことをしているうちに、待たされて仕方ないとイライラする人が出たり、それを避けるために、正規とは違うルートから薬を手に入れようとする人が出てきたり。

コロナをきっかけに ただでさえややこしい時代がますます、ややこしくなってくるなと思ってしまう。

僕自身は、調剤薬局で待つことはあまり苦にならない。

新聞を持ち歩いているときはそれを読んだりするし、ないならないで、調剤薬局の様子を見ていることもそれほど苦にならない。

ぼくが、面倒だなと思うことは、調剤薬局で、医師に説明したのと同じことをもう一度薬剤師に説明しなければならないこと。

僕は、治療を受けるときはなるべく、自分の思うことを医師に過不足なく、簡潔に伝えたいと思う性格で、場合によってはあらかじめ医師に伝えたいことをメモ帳にまとめたり、ワードで箇条書きに書いて印刷して持っていったこともある。

なので、余計に、同じことを説明することに、苛立ちを覚えてしまうことが多い。


本当に、コロナだと薬剤師の人もよりいっそう慎重になる可能性が高いから、それで、事故の確率も下がる代わりに面倒も増えるなと思ってしまう。

こういうストレスが受診控えを生んだり、規則の抜け道を探す人を生んだりする可能性はかなりあると思う。

本当に、ややこしい時代になったものだとは思う。

■ハンマーのおもちゃ
100円ショップに、たたくとピッ ピッと音が出るプラチック製のトンカチというかハンマーがおいてあった。

おじいちゃんが孫の姉弟を連れてきていた。

3歳くらいの弟がそのピコピコハンマーで自分の頭を何度もたたいて音を出して遊んでいた。

しばらくすると、その子はちょっと 傍らでしゃがんでいた おじいちゃんの頭をたたいてピコっと音を出して、おじいちゃんが怒らないと判断すると、だんだんぼこぼこにおじいちゃんの頭をたたき出して音を出しまくって、とうとうおじいちゃんは「いたい いたい いたい」と言い出した。

孫をしかりつけて委縮させてしまうおじいちゃんよりははるかにいいと思う。

でも、ほっておくと乱暴な子になってしまうし、しかりつけて押さえつけると、臆病な子になってしまうし、本当に子供を育てるって大変なことだなと思う。

まあ、昔は地震 雷 火事 親父 というくらいで親父は怖いものの象徴だったけれど
今は、ちょっと家族から小ばかにされているくらいのお父さんの方が案外、家族円満ということが多いから、時代も変わるものだなとは思う。

子供の情景を音楽で描いたシューマンなども、ひょっとすると、子供には寛大だったのかなと想像したりする。

■忘れられるものならば
中島みゆきさんの「忘れられるものならば」をカラオケDAMの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただければ嬉しいです。

歌詞の中で
“”忘れられるものならば もう 旅になど出ない 
忘れられるものならば もう 古い夢など見ない“”

というのは どちらかと言えば男の感覚のようにも思えます。

“”酔いきれない 胸を抱いて 疲れた靴を履きなおす“”
というのはどちらかといえば女の感覚だと思います。

男女両方の感覚を具有しているのはみゆきさんの大きな魅力のひとつと思います。

この歌は みんな去ってしまった というアルバムのB面最後の曲 つまりアルバムの最後の曲です。

忘れられるものならば と過去を回顧しつつ現在の思いを歌うこの歌は みんな去ってしまった というタイトルのアルバムの最後にふさわしい歌だと思います。

最近は 僕も歌は ベスト盤で聴いたり、動画で聴いたりして オリジナルアルバムを聴くことがほとんどなくなってしまいました。

この時代のアルバムは アルバムとしてのストーリー性があるものが多かったと思います。

僕にとってはアルバムの持つストーリー性というのは懐かしい感覚のひとつです。

↓忘れられるものならば をカラオケDAMの音源で歌ったものです。