ケンのブログ

日々の雑感や日記

三菱UFJモルガン証券早期退職募集

2020年02月17日 | 日記
新聞の経済欄に三菱UFJモルガン証券が早期退職者を募集すると出ている。対象は45歳から59歳までの社員。課長級以上の役職者と勤続5年未満の社員は除くとなっている。僕は57歳なのでちょうど年齢的には対象に合致する。

45歳過ぎていて課長になっていなければ早期退職の対象になってしまうのかと思う。この会社がどうかはわからないけれど一般に早期退職募集ということになると人事異動などであまりやる気の出ない部署に移動ということになって積極的に退職を希望するわけではないのだけれどなんとなく雰囲気的に退職を希望せざるを得なくなることってあると思う。

そういう感覚は今の時代会社に務めたことがある人ならなんとなくわかるのではないかと思う。

僕も希望ということで会社をやめたけれど、そして確かに希望はしたのだけれど、やめなければ自分にとってとてもやりがいのないような仕事をしなければならないような状況であったことは否めない。本当につらい時代になったなと思う。

僕の同級生でも務めていた会社がより大きい会社に吸収合併になったタイミングでやめた人がいる。「なぜやめたの?」なんてとても聞けないけれどそういう流れの中でやめた可能性も大きいような気がする。その子の就職が決まったときには本当にいいところに決まったねと言っていたのに。(その子は風の便りに今は起業してうまくやっていると聞いた)

いま、人気企業ランキングなどを見ると大手の銀行などは相変わらず上位にあるようだ。しかし、僕の年齢になるとこれから人工知能の台頭、低金利などで銀行の将来がとても明るいとは思いにくい要素もある。実際に銀行に足を運んでみるととてもいいようには思えないふしもある。

本当に何を目標に何をよりどころに生きていけばいいのかわかりにくい時代だなとしみじみと思う。

学生の頃の見た植木等の無責任シリーズという映画の挿入歌に「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。二日酔いでも寝ぼけていてもタイムレコーダがちゃんと押せばどうにかカッコはつくものさ、どんと行こうねどんどね。どんがらどんとどんとどんと行きましょう」というのがあった。

喜劇映画の歌で誇張はあるものの、本当に定年を目指して真面目に働けば粗相がなければなんとかなる時代であったような気がする。当時は戦争に負けたけれどもう一度やり直すんだと日本中が燃えていた時代だったから。

課長になれなければ退職希望の対象って厳しすぎると思う。退職者には再就職は起業を応援すると書いてあるけれど、起業に成功するような人はそもそも課長になっている可能性も高いし45過ぎてからの再就職が厳しいのも事実のように思う。

もちろん大きな会社で課長以上になるのと自分で会社を作ってそれを営んでいくというのはまた別の能力ということもあって、僕の務めていた会社でも会社ではあまりパッとしなかったけれどやめてから自分で教室を開いてうまくやっているという人もいるので安易に一般化してものを言うことは慎むべきだけれど。

僕の母の口癖に「お金を貯めるのはたくさん稼ぐ人ではなく使わない人」「お金はあるだけでやっていくの」というのがあるけれど、本当に良いときもそうでないときもそういう気持ちを大切にしたいと思う。どうぞ無事に毎日生きられますように。

マスクは一人一個です

2020年02月15日 | 日記
100円ショップのレジに並んだ。僕の前に並んでいたおばちゃんは自分の順番が来るとレジに30個入りのマスクの箱を2つおいた。

レジのかかりの人は「マスクはおひとり一個にさせていただいております」と言った。僕もそれはそうやろう今はコロナウイルスでマスクは一人ひとつ。そのルールは守らなと思った。

「うん、二人。もう一人いる」と言っておばちゃんはレジの前にあるお菓子の陳列棚の方を指さした。

その陳列棚の横におばちゃんのご亭主が立っていた。それは雰囲気でそのおばちゃんのご亭主となんとなくわかる。

いやあ、ここは大阪やなと僕は思った。一昔前なら笑い話のような光景だけれど今は機械化の時代でレジを誰が打ったか機械に記録される。

そこには何をどれだけ売ったかも記録され商品の補充にはそういう記録が使われることが多い。機械の記録を見てあのレジの担当はマスク2つ売ってるやん。一人ひとつということ忘れとったんかということになったらレジの方が気の毒だなと思う。

まあ防犯カメラを見たらマスクを2つ買うおばちゃんの姿も記録されているだろうけれど。本当にそんな時代になったなと思う。

そのうちスマートメーターで、人工知能が電気代の記録をとるようになると、検針をする人の仕事がなくなるだろうし、どの部屋でいつどのくらい電気を使ったか機械の記録に残るので電気を使う人はいつどこで寝ているかまでわかってしまうという。

営業車にドライブレコーダーがついたらその気になれば誰がいつどこでサボっているかもわかるだろうし、、、。本当にそういう意味ではつらい時代になったなと思う。


本屋の学習参考書のコーナーに言ったらおばちゃんが店員さんに「くもんの問題集よりz会のほうがいいですか」、「くもんの問題集が終わったら次は自由自在ですか」「英語はやっぱり日記帳ですか」などど、どういう観点での質問なのかまるでわからないようなアットランダムな質問を店員さんに繰り返していた。

そして店員さんが「苦手か得意かにもよりますし」というような逆取材の問いを発するとしれっと何もこたえずにまた次の質問を店員にあびせかける。これまたすごいおばちゃんだなと思った。

おばちゃんといっても子供がまだ小学校高学年だから僕よりはるかに若いのだけれどもうこういうことするようになったらりっぱなおばちゃんと映ってしまう。

勉強の計画ってコンセプトを持って立てなくてはいけないのに、こういう計画の立て方をしたら成績が伸びないというお手本のような例に遭遇してしまった。

あんなに店員さんに噛み付くような調子で子供にガミガミ言ったら子供は勉強を逆にしなくなってしまう。なんのために本屋に問題集を見に来ているのかわからない。

まあ、勉強ができなくても親にいろいろ言われて免疫ができて強い子になってくれることを望むしかない。

二酸化炭素地球温暖化はうそ?

2020年02月15日 | 日記
ちょっとゆえあって環境保護に関する冊子を読んでいたら二酸化炭素温暖化説に異を唱える文章が掲載されていてその中にこんな下りがあった。

「来年に東京オリンピックを開催しているときに、天を見上げるほどの海水でロンドンもニューヨークも水没している、と信じるのは、もはや新興宗教である。

テレビ報道に出演するコメンテイターたちは『2018年の夏は異常に暑かった。地球温暖化が原因だろう』とつい口にしたが、まさか彼らも、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の詐欺集団やCO2学説を信じる新興宗教のために、そのようなことを主張するほど愚かではあるまい。

しかし今年の5月に北海道で猛暑を記録したので、CO2温暖化説の信奉者たちが勢いづくことが心配だ。

実は、この問題を真剣に考えてきた賢明な読者であれば 1998年ころまで『温暖化 温暖化』と騒いでいた人類が、最近は『異常気象 異常気象』と言葉を変えてきていることに気づくはずだ。IPCC集団が、なぜ表現を変えたかという理由は、科学的にはっきりしている」

この文章を読んだとき僕はそのとてもトゲのある言葉に心が暗くなった。どうしてこんなに暗い気持ちになるのだろうと思った。

「もはや新興宗教」、という言葉。宗教ってもともと日本語の語彙ではなくおそらくreligionの翻訳語として日本語に定着した言葉だろうから英語で調べたほうが語意はっきりすると思いオックスフォード英英辞典を引くと第一義的な意味として「神の存在に対する信頼、そしてそれらの崇拝と結びついた行為」“the belief in the existance of a god or gods、and the activities that are connected with the worship of them”と書いてある。

もともと外国の概念なので日本語で表現すると違和感があるけれど宗教の基本的な意味はここであると僕も思う。

もはや新興宗教であるという表現で宗教とりわけ新興のものを十把一絡げで悪いもののような書き方をするのはかなり不適切と思った。

「IPCCの詐欺集団」という書き方も自分と考えが合わない人を悪者扱いして敵視するするプロパガンダの用語あるいはアジテーションの用語であるように思える。

そして自分の読者のことをこの問題を真剣に考えてきた賢明な読者と持ち上げている。考えの合う人を持ち上げ考えの合わない人は悪者扱い。

僕も二酸化炭素による地球の温暖化ってかなりあやしいと思っているので冊子の文章自体はとても参考になるのだけれど、こんな書き方をして仲間をあおっているのでは、いくらいいことを言っても誰も幸せになれないのではないかと思った。

それを思ったとき、ちょっと直感で心にひらめいたことがあって、せいさんという人が1989年に書かれた本に僕が昔、線を引いておいたところを読み返してみるとこんなふうに書かれている。

「昔のお仲間の『〇〇〇〇』が毎日2000部も売れているとか『△△△△』が20万部以上も売れているということや、各地の会場で彼がいかにもてはやされているかといった話は、あなたにはほとんど興味のないことだからです。 中略 

しかし、ほんとうに大まじめで、世の不条理を正そうとしている人たちに、いえ、そんなに深刻にならないで・・・ などと、いきなり言ったら大変です。

少なくともあの青年のようなタイプの人や、彼を頂点とした流れの人達には、自分たちがいかに正しいことを主張しているかに自信を持っていることもあって、その考えの方向を変化させるのは難しいことです。

でも、それはそれでいいのです。あの人達は、そうすることを十分に体験し尽くさなければならないからです。そして気づきはじめるのです。そのような暗さの中からは何も生まれては来ないことを。光を見、光を感じ始めるには、何をすればいいのかを思い始めるのです」

せいさんが名前がわからないように気をつけて書いておられる文章の〇〇〇〇のところと環境保護の冊子に文章を書いていた人が最近書いた著書を検索してみると同じ人物にいきあたる。

ああ、せいさんが書いておられる人物はまずまちがいなくこの方のことだったのだなと思った。ひょんなことからかつて疑問に思っていたことがわかってよかった。

それにしてもせいさんと言うかたはひょうひょうとしておられてすごいなとしみじみと思う。

野村克也さんの逝去 王貞治さんのコメント

2020年02月13日 | 日記
野村克也さんが亡くなられて王貞治さんのコメントはないかと見てみるとこんなコメントが出ていた。

-野村さんは「王さんがいたから2番目だった」と言っていた

王会長 ボクはまだそのころ若かったから追いついて追い抜こうというのはなかった。日本のホームラン数の記録でノムさんに追いついた時は、ノムさんも抵抗して並行してホームランを打って、意地を見せていた。勢いはボクの方が上だったけどね。ノムさんも分かっていた。ボクに抜かれるなら仕方ないと。実際に認め合って、尊敬もしていたから。

王さんって僕のほうが上だったという言葉は通常言わない人だけれどここでは勢いは僕の方が上だったと語っておられる。

お互いに尊敬していたからこそ本塁打の勢いでは僕のほうが上と言えるのだろうなと思う。

※ここでいう二番目とは通算本塁打のことと思います。ちなみに通算打点も野村さんは王さんについで二番です。追いついて追い抜くと王さんが言っているのは野村さんは王さんよりも6才年上で通算本塁打の記録でも1973年まで王さんに先行していたのでそのことを言っている。

王さんはなくなった方に対するコメントはソフトバンクの球団を通じて出すことが多いけれどこのコメントは記者の質問に直接答える形で出ている。

それだけ王さんの気持ちもひとしおということだと思う。

王さんは野村さんのことを一連のコメントの中で同じ時代を悪戦苦闘して戦い抜いた戦友と呼んでいる。

僕にとっては子供の頃にプロ野球のヒーローだった人がなくなるという気持ちがある。

野村さんがキャッチャーのポジションからぶつぶつバッターにささやいてバッターの気持ちを乱す戦術を使っていたことに対しては、記者に問われると「なんかブツブツ言っていたね。聞こえるけど、打つのにどうこうはなかった。そんなものを聞いているようでは打てない」と王さんは答えておられる。

「なんかブツブツ言っていたね」と記者の質問をはぐらかすことなくちゃんとまともに受けて、そんなもの聞いているようでは打てないと一般論で無難にしめくくるところがいかにも王さんらしい。

本当にいろんなことがあったときに王さんのコメントを見ると心がほっとするなと思う。



都心のカレーショップ

2020年02月12日 | 日記
何日か前に大阪北のターミナル近くのカレーショップでカレーを食べた。一人だったのに店員さんが僕をテーブル席に案内してくれた。

僕が座った席のとなりのテーブルでは20代とおぼしき男の子が三人連れで来ていた。

僕はカレーを食べるととても汗をかくのでハンカチで拭いながら一心に食べていた。3人組の男の子たちは僕の左のテーブルにいて僕の右のテーブルには若い女の子が一人で来ていて店員の方が料理を持ってくるといきなりドレッシングのボトルをとってそれをふってドバーッと料理にかけた。

えっ カレーにそんなにドレッシングかけるの?と思って見るとそれはカレーではなく前菜のサラダだった。ここの店にはそんなメニューもあるのかと思った。

それからしばらくすると3人連れの男の子たちのテーブルから話し声が聞こえてきた。「僕のおかんは韓国人やねん」と一人の子が言った。そして「ほんで僕のおとんはベトナムと日本の混血やねん。だから僕には3種類の血がまじっとんねん」とその子は言った。

しばらく無言の状態が続いた。僕も隣で聞いていていきなりなんの話だろう、冗談かと思った。するとその男の子が母が韓国人で父がベトナムと日本の混血であることをもう一度繰り返した。

「そうか、最初、何言っとるか聞き取られへんかったんや」と三人連れの一人が言った。もう一人の子が「そうか、韓国とベトナムと日本か。そんならお前、中国の子と結婚したら子供は中国の血も混じるから、アジアの大部分を制覇したことになるやん」と言った。

きっとおかんが韓国と話し始めた子はこの3人で何回も話しているうちにおかんが韓国でおとんはベトナムと日本ということを話してもいいと思ったのだろう。そして実際に話したのがたまたま僕がいたカレーショップということだったのだと思う。それを思ったらなんだか心にジーンと来た。

しばらく無言が続いて、中国も混じったらアジアの大部分制覇できるという冗談とも真面目とも区別がつかない受け答えもなんかしみじみとした思いにさせられる。


本当に日本にも多くの外国人の方が来て働いたり学んだりされるようになってきた昨今、こんな会話は頻繁になってくるのだろうと思う。

世の中全体という観点から見ればいろんな国から人が来るようになっても必ずそこに愛が芽生え子供はできる。

どんなふうにときが流れていってもこの日本という国がここにいるみんなにとって少しでも住みやすい国であるようにと思わずにはいられない。