『鉄川与助(1879年 - 1976年)』は、五島列島中通島の青方村出身の棟梁であり、建築家で長崎県を中心に多くのカトリックの教会堂建築を手がけました。世界遺産の登録を目指している中通島にある『頭ヶ島天主堂』などは、『鉄川与助』が手がけたもので、1959年に黄綬褒章、1967年には勲五等瑞宝章を授与されてとても偉大な方なのですね。

1907(明治40)年、『鉄川与作』が最初に手がけた木造の『冷水教会』、今の冷水のほとんどの信徒は、迫害後近辺や平戸や下五島などから移住してきた人々であるそうです。


『冷水教会』は絶景スポット『矢堅目』へ向かう途中の集落にあります。

『冷水教会』の前には、教会と同色の小さな木造小屋のバス停が目印になります。

『冷水教会』は、冷水集落の中心の小高い丘の上に奈摩湾を見下ろす様に建っていました。


続いて『鉄川与助』が建てた3つ目の教会堂であり、煉瓦造りの教会としては2つ目となる『青砂ヶ浦天主堂』、国の重要文化財に指定されています。煉瓦造りで重厚感のある立派な建物です。




『鉄川与助』は布教にやってきた宣教師のもとで西洋建築について学び、日本の教会建築に多大なる貢献をしましたが、彼自身は生涯仏教徒であった様です。
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