1682年に首里王府の政策により本島内にあった3つの窯場が統合されて始まった壺屋の歴史。その中でも新垣家は中心的な役割を果たしてきたと言われています。
新垣家住宅は、琉球王朝時代に造られた上焼の窯『東ヌ窯』で、18世紀後半の母屋や作業所などです。国指定文化財に指定されており、よく沖縄のイメージポスターに使用される沖縄の原風景です。
新垣家住宅には上焼(じょうやち)のみを焼いた登り窯、『東ヌ窯(あがりぬかま)』があります。
『上焼』は、17世紀以降、朝鮮陶工らによって始められた絵付陶器で、陶土に白土をかぶせて化粧し、それから色彩鮮やかな絵付や彫刻紋様を施し、釉薬を掛けて焼成したものです。用途は抱瓶(携帯用の酒器)やカラカラ(沖縄独特の注ぎ口のついた酒器)、茶碗、皿、鉢などの日用品に使われています。
1682年から焼物生産地として続く壺屋地域で唯一現存する当時の陶工の住宅と、それから1974年までは実際に使われていた共同窯です。九袋の焼成室などからなる登り窯『東ヌ窯』。
140年以前に造られた木造赤瓦ぶき母屋のほか、作業所、離れ、井戸、陶土育成用の沈殿池、フール(トイレ兼豚の飼育小屋)などが残っており、壷屋陶業の歴史を伝える貴重なものです。
近くにある琉球料理『ぬちがふぅ』は、戦後、沖縄発のラジオ局として建てられた由緒正しい古民家のレストランです。
国重要文化財『新垣家住宅』『東ヌ窯』を眺めながら古き良き琉球料理を楽しめます。
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新垣家住宅は、琉球王朝時代に造られた上焼の窯『東ヌ窯』で、18世紀後半の母屋や作業所などです。国指定文化財に指定されており、よく沖縄のイメージポスターに使用される沖縄の原風景です。
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『上焼』は、17世紀以降、朝鮮陶工らによって始められた絵付陶器で、陶土に白土をかぶせて化粧し、それから色彩鮮やかな絵付や彫刻紋様を施し、釉薬を掛けて焼成したものです。用途は抱瓶(携帯用の酒器)やカラカラ(沖縄独特の注ぎ口のついた酒器)、茶碗、皿、鉢などの日用品に使われています。
1682年から焼物生産地として続く壺屋地域で唯一現存する当時の陶工の住宅と、それから1974年までは実際に使われていた共同窯です。九袋の焼成室などからなる登り窯『東ヌ窯』。
140年以前に造られた木造赤瓦ぶき母屋のほか、作業所、離れ、井戸、陶土育成用の沈殿池、フール(トイレ兼豚の飼育小屋)などが残っており、壷屋陶業の歴史を伝える貴重なものです。
近くにある琉球料理『ぬちがふぅ』は、戦後、沖縄発のラジオ局として建てられた由緒正しい古民家のレストランです。
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