硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

短編「スロー・バラード」

2020-09-16 17:22:48 | 小説
俺はこの町がわりと好きや。けど、同級生はあんまり好きやないらしい。

 確かにつまらん田舎町やけど、ばぁちゃんの話では、大昔は、コメ作りで栄えてて、古い街道が町の真ん中を通ってるから、大名行列が通ったとか、人や牛車がいっぱい通ってて、にぎやかやったって言うてる。
 その名残やったのかもしれんけど、小学生の頃までは、医者も交番も床屋も酒屋も魚屋も駄菓子屋もあって、この街ですべての事が済んでた。けど、最近は、新しい国道ができて、クルマも人も通らんようになって、交番もなくなって、お店も商売が難しなってきて、開いてる店は一軒だけになってしもた。その代わり町は静かなった。
それを、近所のおじさんおばさん達は喜んでるけど、同級生は、不便やとか、退屈やとか、いつかは出てくて言うてて、具合悪いことなってる。
俺は、よそのことは分からんし、車があるから不便はないし、長男やで、出てこと思たことはない。街というとこは、たまに遊びに行く位がちょうどええし、この町で面倒やなと思うのは、道幅が狭すぎるという事位や。


 愛車をこすらんように、なんとか、ブロック塀や牧垣に囲まれた道の曲がり角を曲がると、コールタールが塗られた壁の木造平屋の横に農舎がある家が見えた。その家の前で車を止めてクラクションを鳴らすと、友達のようじはガラガラと硝子戸を開けて、爽やかに手を挙げながら出てきた。
短髪の髪に、フライトジャンパー、白いTシャツにストーンウォッシュのジーンズ、靴はコンバースのオールスター。手にはスポーツバックが一つ。なんか、去年観た「トップ・ガン」のトム・クルーズみたいで、ちょっと笑ろた。

「久しぶり。無理言ってごめんな」
「おおっ、ひさしぶりやな。まぁ、乗れよ」

 ようじは、小学一年生の時、関東の方から引っ越してきた。俺らにとって標準語聞くのは新鮮で、最初は変な感じやったけど、一学年、一クラスしかない町やから、2年になった頃には、ようじも少しずつこっちの方言が出来るようになって、それをええ感じで使うから、面白いなってなって、いつの間にか友達になってた。
中学まではよう遊んだけど、高校は別々で、お互いに部活やら高校の友達との付き合いが増えて、あまり会わんようになって、高校を卒業してからは、ようじは予備校、俺は会社の人との付き合いが増えて、会わんようになってしもた。

 そやけど、昨日の晩、久しぶりにようじから、「東京へ引っ越すことになった。もし、明日暇だったら駅まで送ってもらえるかな ?」って電話がかかってきた。俺は、なんかうれしなって、直ぐに「ええよ。で、何時頃がええん? 」と、引き受けた。

 ようじは、小学校の時から勉強出来たけど、東京の大学は難しいやろと誰もが思てた。でも、さすがは、ようじ。一年浪人して、合格した。
俺らの同級生の中で、進学したのは、親が学校の先生の子や、医者の子だけで、後は、地元の会社や隣の町の会社へ就職してた。それは、皆、親が農業やってるから手伝わなあかんようになってたからやけど、多分、本音は、今は仕方がないと思てる人の方が多いんやと思う。だから、ようじとつねあきは自分の力で未来をこじ開けてかっこええなと思った。

 変なもんやけど、町の噂て言うのは、農業手伝えて言うてるわりに、ちょっとええ大学に入ると、あそこの息子さんは勉強がよう出来る子やとええ噂になった。反対に、勉強できへんのに、出てゆくと、あそこの息子はあかんと酷いうわさをされる。ようじの事も、浪人を決めた時、あそこの息子さん浪人やてって、ひそひそ言うてた。そんな親たちの話を聞くと、ホンマあほらしなる。

「すまんな。」

そんな噂も跳ね返したようじは、照れくさそうにそう言うと、カローラクーペの助手席側ドアを開けて、くたびれたシートにドスンと座った。