硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 9

2014-08-16 06:19:03 | 日記
放送が終わると、喪失感と安ど感が入り混じったなんともいえぬ思いがその場を包んでいた。しばらく沈黙があった後、主人が足を崩し次郎に、

「堀越君。君はこれからどうする。もう、勤めに行かなくてもよくなるのでは・・・。」

と、尋ねた。次郎は正座のまま主人の方を向き、

「・・・とりあえずここを離れ、実家へ戻ろうと思います・・・。」

と、答えると、主人は少し残念そうに、

「そうか・・・。それがいい。」

と、言った。

すると夫人は、しんみりする二人を見て、

「さぁ。みなさん。私達の戦はこれからです! 腹が減っては戦が出来ぬですよ。お昼御飯用意しましたから、皆で食べましょう。」

と、元気づけるように声を張ると、次郎と主人は顔を見合わせ軽く笑った。

信州は都市ほど食料不足を感じなかった。それはこの地域の豊かな自然が主な資源だったからであるが、味噌や醤油、砂糖といった調味料はさすがに不足していた。それでも夫人の作ったサツマイモご飯とたくわんは大変美味しく次郎達を明るくした。

食事が済むと、主人は改めて、

「堀越君。先ほど帰省すると言っていたが、いつここを?」

と、帰郷について尋ねた。次郎はためらうことなく「明朝。一番の汽車で・・・。」と答えると夫人は箸を停めて、

「お急ぎですのね。淋しくなりますわ。今まで忙しかったのですから、ゆっくりしていらしゃればよろしいのに・・・。」

と、残念がるも、主人は次郎の気持ちを察して、

「・・・そうか。まぁ、私達には分からない事も色々あるだろうからな。」

と、言った。すると次郎は軽く頭を下げ、

「・・・勝手言ってすいません。食事を済ませたら荷物の整理を始めます。」

と、言うと、

「何か手伝えることがあったらおっしゃってくださいな。」

「ふむ。遠慮する事はない。何でも言ってくれたまえ。」

と、夫妻そろって優しい言葉を掛けてくれたので、次郎は恐縮してしまい、「ありがとうございます。」と、言って再び頭を下げた。

六畳の自室にはほとんど物を置かなかった。ここに来た時からまたいずれ異動があるだろうと思っていたからだ。押し入れから少し大きめの皮の手提げかばんを取り出すと、借りていた箪笥から衣類やわずかな筆記用具、計算機、日用必需品を出してカバンに詰めた。

「風立ちぬ」 君さりし後 8

2014-08-15 07:56:46 | 日記
松本での次郎は会社の紹介により、三菱銀行に勤めている男の一家の部屋を間借りしていて生活していた。家に着くと、髪を後ろで結ったアッパッパ姿の夫人が、「おかえりなさい。」と言って出迎えてくれた。

「ただ今戻りました。」

「ご苦労様でした。お食事はどうなさいますか。」

そう尋ねられると、腹が空いていたことを思い出した。

「おねがいします。」

「では、さっそく準備しますから、座敷でお待ちになってください。主人もおりますので。」

「はい。では。」

次郎は返事をすると、疲れた足を引きずるように自室に戻り、シャツを脱ぎ、手ぬぐいをとると、ランニング、ステテコ様になり、下駄に履き換え、井戸に向かった。
ポンプで水をくみ上げると、信州独特の氷水かと思わんばかりの冷水を手ですくい、乾いたのどを潤し顔を洗った。そして手ぬぐいを水にさらし両手で絞って煙の臭いが染み付いた身体を拭いていると、座敷の奥で新聞を読んでいた主人が縁側まで出てきて、

「いやあ、お帰り。今日も徹夜でしたか、ご苦労様でした。ところで次郎君。昨日からラジオで何度か重大な放送があるといっていたが、何かご存知かな。」

と、尋ねてきた。次郎は知っていたがあえて言葉にせず手短に、

「いえ。なにも存じ上げません。」と、答えた。

すると主人は「そうか、君なら何か知っているかと思ったのだが・・・。」

と残念そうに言ったので、次郎は申し訳なさそうに、

「すみません。」と謝った。

たらいにためた水で手ぬぐいを洗い、絞った後、しわをきちんと伸ばし物干し竿に干して、部屋に戻り着替える頃には、正午を迎えようとしていた。座敷に行くとラジオの前で夫婦が正座をして放送を待っていた。次郎は主人の横に静かに正座し、夫妻と共にラジオを見つめた。

正午になると放送員が国民に向けて起立を求め、つづいて陛下自らの勅語朗読である事が説明され、君が代が流れた。

「これは、どういうことですか。」と夫人が小さな声で尋ねると、主人が

「黙って聞いていなさい。」と、小さな声で諭すと、ラジオから聴き取りにくい音ではあったが、陛下の沈痛な御声が聞こえてきた。

「朕深ク、世界ノ大勢ト、帝国ノ現状トニ鑑ミ、非常ノ措置ヲ以テ、時局ヲ収捨セムト欲シ・・・」

次郎も夫妻も、万感胸に迫り、あふれんばかりの涙をこらえ、陛下の詔勅を聞き入っていた。放送は5分弱ほどではあったが、とても長い時間のように感じた。

「風立ちぬ」 君さりし後 7

2014-08-14 06:16:48 | 日記
次郎は皆を見送った後、自身も図面を手に取ると、

「堀越さん!」

と、次郎を呼んでゆっくり近づいてくる男がいた。次郎はその男を見ると手を挙げて挨拶をした。男は次郎の朋友の山室であった。
彼は開発部ではあったが、機体を作り上げてゆく上で欠かせぬ存在であり、特に機体に生じる振動問題では改善に取り組んだ中であった。山室もまた昨晩から開発部の資料の焼却にあたっていて、ようやくひと段落ついたところだった。

「堀越さん。」

「やぁ山室君。開発部の方は終わったのですか? 」

顔をすすで黒した山室は、疲労困ぱいした表情で、

「ええ。なんとか処分し終えました・・・。しかし、残念ですね。成し遂げていない問題を解決せぬまま終わりを迎えるのは・・・。」

と、言った。じつに学者らしい考え方だなと思った次郎は笑みを浮かべ、

「うん。実に残念だ。しかし、僕は肩の荷が下りた気がして、ほっとしています。」

と、言うとゴホゴホとひどく咳き込んだ。それを見ていた山室は心配して、

「大丈夫ですか? 体調がすぐれないようだけれど、これからどうなされるのですか? もしよろしければ、また、養生をかねて実家に遊びにきませんか。」

と言って、次郎を誘った。次郎は空を見上げるように深呼吸をした後、

「それもいいですね・・・。しかし、その前に僕は奈穂子の墓参りを兼ねて実家に帰ろうと思っています・・・。山室君はどうするのですか?」

そう、尋ね返すと、山室は腰に手を当て背筋を伸ばし晴れ渡った夏の空を見上げながら、

「僕も実家に帰ってしばらく休息し、その後、独自の研究に取り組もうと思います。」

そう言うと、次郎は顔をほころばせ「山室君らしい。実にいいですね。」と、言った後、

「じゃあ、僕も落ち着いたらそちらに手紙を出しますよ。」と、続けた。すると山室は笑顔で、

「待ってますね。手紙。」

「うん。必ず出すよ。」

しばらく二人は灰になってくすぶっている設計図や資料の塊の前で、開発途中だった飛行機の問題点やこれからの事を話した。そして今までのお互いの労をねぎらいあい、どちらからともなく握手を求め、「じゃあ、また。」と、言って別れた。

次郎は駐輪場に止めてある自転車に乗り、山々に囲まれた田園風景の広がる細い道をゆっくりと走りだした。額から流れ落ちる汗をぬぐうと、美しい水を湛えた青々とした稲を揺らす風が、心持ち涼を感じさせた。すると真っ黒に日焼けした無邪気な子供たちが大声で軍歌を歌いながら歩いてきて、最敬礼をしてすれ違って行った。次郎はその時、二度と子供たちが戦争にゆかなくてもよい世の中になるよう願った。

「風立ちぬ」 君さりし後 6

2014-08-13 06:02:33 | 日記
太陽が昇りきると山国特有の直射日光が次郎達を焼きつくさんばかりに照らし、蝉がうるさい位に鳴き出した。何とも言えぬ喪失感の中、しばらくその場に立ち尽くしていると、再び黒川がやってきて、

「皆、御苦労だった。この先、どうなるか俺にも分からんが、三菱はきっと会社として再建を果たすだろう。もし、新たな事業を始めるときは、又皆といっしょに勤めてゆきたいと思う。そのときまで各人諦めることなく奮起して生きていってほしい・・・。今までありがとう。」

と、言って頭を下げた。皆も黒川に頭を下げると、黒川は改めて設計所の皆に向けて今後の処遇について述べた後、解散命令を出した。この瞬間、皆は職を失った。時節のすることは無常であった。皆は誰からともなく極秘裏に進められた保存資料を手にし、一人ひとり次郎へ別れの挨拶をつげた。その中でも河合、後藤、神谷の三人の女性設計士は、挨拶の際に涙を流すと次郎は、

「戦争は終わりました。これからの世は、欧米のように女性が社会で活躍するようになるでしょうから、努力を怠らず、重々自愛し頑張ってください。今までご苦労様でした。」

と、言ってこれまでの労苦をねぎらい、彼女たちの未来を案じつつ見送った。

火が小さくなって灰になって積もった設計図を竹やりの先で突いて跡形もなくなるまで丹念に焼却していると、曽根が次郎に本心を吐露した。

「僕はもう、戦闘機は作りたくありません。こんなことになるのなら作らなければよかったと思っていました。でも、先ほどの話を聞いて少し心持が軽くなりました。もし、この先、堀越さんと飛行機を作る機会が訪れるとしたら、今度は皆が幸せになる飛行機を作りたいと思います。」

その言葉を聞いて、次郎は幼いころに見たカプローニとの夢を思い出した。

「うん。そうしよう。次は皆が幸せになる飛行機を作ろうじゃないか。」

と、言うと、曽根は涙を流しながら次郎に握手をもとめ、二人は固い握手をした。

「きっとですよ! それまで元気でいてください。」

「うん。きっとだ。曽根君も元気で・・・。」

設計所に集まった同志達は、託された設計図を持ち、役目を終えた設計所から、先の見えぬ未来へ向けて去って行った。

「風立ちぬ」 君さりし後 5

2014-08-12 06:16:04 | 日記
処分が一段落すると、次郎は集まった同志に向けて、

「処分しなかった設計図は我々個人個人の手で保存することとした。しかしこれは我々独自の行動であるが故、決して口外せぬようにお願いしたい。そしてこの時代が人々から忘れ去られるまで誰の目にもつかぬように保管していただきたい。」

と言うと、皆は静かにうなずいた。すると、次郎の横で立ち尽くしていた部下の鈴木が思い余る思いを吐露した。

「堀越さん。俺たちは今迄飛行機作りに心血を注いで来ましたが、その為に沢山の人の血が流れてしまった・・・。俺達が作って来た飛行機が成した事ってなんだったんでしょうね・・・。」

皆が一斉に鈴木を見た。それを観た次郎も、誰もがどこかで思っていた事なのだと察し、主任として真摯に答えねばなるまいと決心した。

「そうだね・・・。」

呟くように言うとしばらく沈黙がつづいた。となりにいる曽根、燃え続ける設計係の歴史を囲んでいた皆も、次郎の答えを静かに待った。蝉の鳴き声だけがその場に響いていた。次郎は、少し顔を上げると鈴木の問いについて答え始めた。

「日本における航空技術の進歩・・・でしょう。たしかに我々が戦闘機を作った為に敵味方関係なく多くの人命が奪われましたが、我々は参謀でもなければ政治家でもなく、ただパンを得る為に集まったわけでもありません。我々はエンジニアであり、飛行機が作りたくて集まった同志であり、常に良い製品を作る為に、誰かの期待にこたえる為に、どの国にも負けない美しさと高性能を兼ね備えた機体を生み出す事がすべてではなかったでしょうか。」

それを聞いた曽根は「無論です。」と言うと、次郎は少し間をおき、

「・・・もし、仮に。」

と、続けると、鈴木が「仮に?」と、問いかけた。すると次郎は鈴木を見ながら、

「・・・仮に、日本が勝利していたら・・・おそらく我々は、鈴木君が提起した哲学的な問題を考えることなく、さらに人も物資も豊富だったら、より高性能な戦闘機を何の疑いもなく作り続けていたでしょう・・・。だから、勇気を持って言うならば、この結果は日本にとって精神的な進歩をもたらしたと考えるべきでしょう・・・。鈴木君が言わんとすることは僕にもよく解りますが、多くの人命を奪った責任の所在を追求し出したら、どこまで歴史をさかのぼればいいのか分からなくなってしまいます。しかし、仕事とはいえ戦争する為の兵器を作る事に加担していたわけですから、罪の意識を持って生きてゆかねばなりません。しかし、だからといって懸命に努めてきた日々まで卑下することはないと思います。」

と、返答した。それを聞いた鈴木は大きく頷き「そうですね。」と短く答えた。

「風立ちぬ」 君さりし後 4

2014-08-11 06:29:54 | 日記
「今日も暑くなりそうですね。」

ふと曽根が呟くと、次郎も、

「暑くなりそうだ・・・。」と繰り返した。曽根は失意の中、

「・・・もう、なにもすることがなくなりましたね。堀越さんは、この後どうするのですか?」

と言うと、次郎は腕組をして、

「・・・まず、保存する資料を各人で保存に勤めてもらう。」

と答えたが、曽根は次郎個人の今後の身を案じていた。

「いや、そうではなくて、堀越さん自身の事。」

「僕?」

「ええ。堀越さん自身です。」

軍部の要求に沿う飛行機製造のことばかり考えてきた次郎は、菜穂子と離れて以来、個人の身の振り方など考えたこともなかった。しかし、敗戦によって我に帰ることを余儀なくされ、戸惑いながらも何をするべきか真剣に考え始めた。

「・・・おそらく、もう飛行機は作れなくなるだろうから・・・。」

燃え続ける設計図を見つめながら、気持ちを整理するように、とぎれとぎれに、心の奥から絞り出すように言葉を発していた。

「・・・そうだな。奈穂子に・・・。一度も会いに行ってないから。」

「・・・細君ですか。たしかお亡くなりになったのでは。」

「うん。・・・9年前にね。でも、忙しすぎて墓前すらも行けてないんだ。」

「・・・そうでしたか。」

「うん。だからまず、奈穂子に会いにゆくよ。」

「・・・それはいいですね。」

「・・・曽根君は?」

「僕は妻子を守らねばなりませんから、しばらくこの地に留まり、時節を見定めてから進退を考えようと思います。」

「・・・うん。それは正しい判断だと思う。・・・しかし、我々も含めて日本と言う国はこれからどうなってゆくんだろうね。」

そう答えると、会話が途切れてしまった。それは近代戦争における敗戦は、日本にとって未経験であり、身の置き所が誰にもわからなかったからであった。しかし一方では、もう戦争による犠牲を誰にも強いることをしなくてよいのだという安ど感を感じていた。

「風立ちぬ」 君さりし後 3

2014-08-10 14:28:50 | 日記
苦労した図面には愛着を感じる。しかし、すべて保存するわけにもいかない。次郎は気持ちを切り替え、処分と決めた図面は無造作に床へ放ち、保存と決めた図面は丁寧に机の上へ重ねた。裸電球のほのかな明かりだけを頼りに、黙々と作業する深夜の設計所には紙の音だけが響いていた。
しばらくすると設計課長である曽根が息を切らしながら駆けつけてきて、設計図を手にした次郎のそばに歩み寄ると「・・・堀越さん。・・・実に無念ですね。」と言った。

曽根は次郎が体調を崩した際に次郎に変わって設計主任を引き受け、零戦の開発、軍部の困難な要求に応えてきた技術部門では欠かせぬ存在であった為、敗戦と言う結果は受け入れがたかった。しかし、次郎は驚くほど穏やかに、

「うん。たしかに無念だ。」

と、返事をしたあと、これから行う作業について簡潔に説明をした。曽根は次郎があまりにも平生であったため最初は戸惑ったが、設計主任と言う立場を貫くために平静を装っている事を察し、「やりましょう!」と言って作業に取りかかった。

第一工場の設計所は数か月前まで学童が通う中学校校舎であった。次郎はこの地に疎開してきた当初、再び校舎に通う新鮮さを感じたが、しかし、この地でも学徒動員が始まっており、名古屋での悲惨な出来事が繰り返されるのではないかと思い胸を痛めた。

二人で作業を進めていると設計所の従業員が続々と駆け付け、全員が集合した所で技術部長である次郎が改めて詳細な指示を出し、皆で一斉に作業に取り掛かった。焼却班は次郎を中心とする選別班が破棄を決定した資料を外に運び出すと、無造作に積み上げ、火を放った。

信濃の夏の夜は涼しかったが、皆はその涼しさをも忘れ、汗をかきながら懸命に作業を進めていた。窓の外を見ると、校庭が炎でぼんやりと明るくなっていた。

そして空が白々と明るくなる頃に作業は完了し、しっかりと焼却されるのを皆で見守っていた。次第に朝日が鉢伏山から登ると、白山やハト峰といった山々の雄大な姿が浮かび上がってきた。

「風立ちぬ」 君さりし後 2

2014-08-09 07:00:56 | 日記
小さな裸電球の灯りに照らし出される次期甲戦闘機の翼面図。設計の見直しに向き合う次郎の顔は赤みを帯びているようにみえたが、顔は青白く、昨年末から慢性的にせき込むようになり、体調を崩していた。しかし疎開作業によって出た遅れを取り戻すために、身心を削るように徹夜作業を続けていた。

そして、昭和20年8月14日の日付が変わろうとしている頃、上司の黒川が息を切らしながら駆け付けると、厳しい表情で、

「次郎! 軍部から航空機の設計図などすべて焼却処分しろとの命令がでた。」

と、言った。敗戦という結末は人によっては受け入れがたいものであったが、次郎は理性を失わなかった。それは戦闘を続けてゆく為の戦闘機の設計に取り組みながら思っていた、矛盾した未来の一つであったからであった。

「・・・それはどういうことですか?」

と、穏やかな口調で黒川に尋ね返すと、黒川は表情をこわばらせ、

「・・・日本は負けた。明日、陛下よりお言葉を授かった後、それを持ってこの工場も閉鎖となる。しかし、アメリカに貴重な技術や情報を渡す事はならないということだ・・・。」

と、言った。次郎は鉛筆を置き、眼鏡をはずすと静かに息を吐き、「・・・しかたがありませんね・・・。」と呟いた。時節のすることとはいえ、落胆した次郎の気持ちを察した黒川は、

「・・・曽根君や他の設計士にも連絡をした。そのうちに駆け付けてくれるだろうから、君たちの判断で処分するもの、保存するものを分別して、早急に始めてくれ。」

と、軍部の命令とは違った指示を出した。次郎は深くうなずき「わかりました。曽根が到着次第、作業に掛ります。」

と言うと、心中を察してくれた次郎に対して、申し訳なさそうに、

「本当にすまない。しかし、私のできる事はこれ位なのだ。分かってくれ・・・。」

と言い残し、慌しく次の部署へと走って行った。次郎は次期甲戦闘機の図面をじっと見つめ「もう必要がなくなったのだ」と自身に命令し、図面を丸めると、席を立ち、真っ直ぐ設計図保管庫へゆくと、うす暗い電灯を点け、棚から過去の設計図を取り出して確認作業を始めた。

次郎が手掛けた7式艦戦から今日までの13年分という資料を焼却処分する事は身を切るような思いと同じであったが、黒川の「保存」という判断は唯一の心の救いになっていた。

「風立ちぬ」その後 君さりし後

2014-08-08 08:27:54 | 小説
菜穂子が次郎のもとを去ってからの9年の月日が流れた日本は、平和には程遠い、大東亜戦争と銘打った大戦へ突き進んでいた。開戦当初は勝利しつづけ、領土も拡大していったが、ミッドウェー海戦の敗戦を境に圧倒的な物量の差で形勢は逆転。昭和19年には本土に被害が及び始めるようになり、攻撃目標となった軍事施設のある主要都市は空爆によってつぎつぎ焦土化し、次郎の勤め先であった名古屋航空製作所も大打撃を被っていた。

名古屋航空製作所は愛知県名古屋市港区大江町の伊勢湾に面した埋め立て地の工業地帯にあり、そこでは、船舶での海上輸送、鉄道などのインフラも整備されており、ピーク時には関連企業を含めるとおよそ10万人を雇用するほどの軍事工場地帯になっていた。

しかし、昭和16年から行われた工場拡張計画会議の際に名古屋を訪れた東條陸軍大臣が、その場で「鉄を使う事はまかりならん。」と発言した為、製作所は仕方なく木材や煉瓦を用いて工場を建造。しかし、その判断により、19年12月7日に東海地方を襲った東南海地震では、大きな揺れに耐えられず、木造や煉瓦造りの工場の多くが倒壊してしまい、また、零戦の生産を主とする海軍工場の飛行機製造の要ともいえる冶具は基礎を地中に埋め込んで設置する埋め込み式を採用していた為、えっ化現象とせり上がった地盤によって著しく損傷してしまった。さらに、大震災の混乱も収まらぬ12月13日から始まった空襲で被害はさらに拡大した。

そこで、政府と軍部はようやく生産増強一辺倒であった方針を変換し、一宮、各務原、大府、松本に工場を緊急分散するよう発令を出したが、問題の根本であった物資の不足は解決されぬ上に、震災や空襲で学生を含めた多くの従業員を失い、設計士や熟練工といった欠かせない人材も徴兵され、生産能力はさらに悪化した。

しかし、壊滅的となった大江工場が、敵の目を欺くのには格好の場所であると判断されると、最小限に再建され細々と飛行機の製造を始めたが、ピーク時にはとても及ばず、順を追って製造機種ごとに疎開が始まった。
その時期に次郎達が開発を進めていた、略式名称「A7M3」 烈風改と呼ばれる重爆撃機迎撃の為の高高度戦闘機型試作機は、名古屋製作所の対岸にある第二鈴鹿海軍航空基地で開発が進められていてが、伊勢湾沖まで進行していた空母より発艦した、米軍の艦載機による突然の攻撃で試作機の何機が損傷を受け、その事を重く見た軍部は、この地への攻撃も増えるであろうと判断し、開発を松本にて継続すると即座に決定。被害を免れた機体を大急ぎで分解し、鉄道輸送で試作工場のある松本の第一工場に輸送し、昭和20年3月末には次郎の所属する試作工場の技術部門も長野県松本市にある名古屋航空製作所第一工場に拠点を移した。

戦局が悪化の一途を辿っていることは誰の目にも明らかであったが、美しい飛行機を作りたいという熱意は次郎から潰える事はなく、軍部から新たな要請を受けた次期甲戦闘機の完成予定日である10月30日に向けて急ピッチで準備を進めていた。


「風立ちぬ」にはもう一つのエンディングがあって・・・。

2014-08-05 19:54:07 | 日記
心待ちにしていたDVDが発売され、いざ買おうと言う時に見つけてしまった、絵コンテ集。

値段も同じぐらいである。迷いに迷い絵コンテ集を購入。しかし読んでみるとやはり面白いのである。映像ももちろんよかったのであるが絵コンテも負けず劣らず素晴らしいのである。

映画を思い出しつつページをめくって行くと、エンディングで引っ掛かった。「おや。こんなせりふだったかな。」と、

更にページをめくって行くと、映像になる際に変更になったと記してあった。しかし、変更前のセリフはどうしてつけられたのか。それが気になりいろいろ調べてみると、鈴木敏夫さんが実はあのシーンは煉獄なんです。と、おっしゃっていた。

「ああ、なるほどだからか」。と納得。そして、その際に頭の中をよぎったのが、そのラストシーンに行きつくまでの物語の断片。

「もう一つのエンディング」に向けて僕なりにまた妄想してみようか思います。





未来を感じる瞬間に出合う。

2014-08-04 20:30:25 | 日記
昨晩「情熱大陸」を観た。

スタジオジブリにも世代交代がやって来ていて、ついに鈴木敏夫さんも引退されるようなことをおっしゃっていたけれども、「思い出のマーニー」のキャッチコピーをスタッフで考えているシーンの中で、キャッチコピーの案を出した理由を、自身の経験を語りながら涙する女性スタッフを見て、僕はこういう人がいるのなら、ジブリはこの先もきっと大丈夫と思った。


飛天御剣流は人を護る剣でござる。

2014-08-01 20:28:39 | 日記
疲れ切った夜勤明けの体に鞭打ち映画館へ。朝一番の上映時間にもかかわらず、沢山の人。

「るろうに剣心~京都大火編」を観てきました。

少年ジャンプ連載当時、テレビアニメでハマった僕はビデオに撮り欠かさず観ていました。その為か未だに涼風真世さんをテレビで拝見すると剣心を思い出してしまうほどでござる。

さて、この漫画が実写化する事を情報番組で知った時、即座に「無理にきまっている。」と思ったし「やめてくれ。」とも思った。

もちろん、映画化されても恐くて観に行けるはずもなく、DVDレンタルが始まってから、ようやく手を伸ばした。

観て見ると、肌が粟立った。これはなんだと!! 凄過ぎるじゃないかと。!!

待ち望んだ次回作。あの志乃雄真実との対決編。四乃森蒼紫はもちろんの事、十本刀も登場するのである。さすがにこれは無理だろうと思っていが、また肌が粟立った。 これは何だと!! 凄過ぎるじゃないかと!!

沢下条張は、刃は伸びぬが、そのままではないか!!

驚きの連続で、京都大火編は幕を閉じるのであるが、忘れてはならぬキャラクターがいる。

そう、剣心の師匠である比古清十郎である。その人は誰が演じるのだろうかと思っていたら・・・・!!

ストーリーも上手くリメイクしてあり、ほとんど違和感も感じないし、実写であるがゆえにアニメよりグッとくる場面も多い。

るろうに剣心ファンだった頃に帰って観てしまえる実写版るろうに剣心。 伝説の最期編 待ち遠しいのである。