ノブとキョン+2の日々

日頃の出来事を書いています。
楽しく過ごせたらいいなと思います。

鳥居

2013年05月23日 | ノブ
牛津の砥川にある八幡神社。
「内砥川八幡神社」には3つの鳥居があります。


小城市牛津砥川 砥川石工と呼ばれた集団がいたそうです。
肥前鳥居だそうです。

一の鳥居


二の鳥居


室町時代に造られたと思われる最古級の肥前鳥居で
石の重みで安定させる構造になっているそうです。
三の鳥居


麦秋の佐賀平野ですがかすんでいます。
最近テレビで話題になっているPM2.5の飛来? 


麦の収穫が終われば、田植えの準備に入ります。

西へ(その2)

2013年05月18日 | ノブ
一休みしてまた歩き始めました。

麦が色づいています。もうすぐ麦刈がはじまり
田植えの準備がはじまります。


大町町に入り
しばらく行くと 新たな街道の案内板が出てきました。


小田宿に到着


大庄屋中島家跡



小田宿の町並み




小田宿を西にあるくと古い楠がありまして、
シーボルトやケンペルの記録に残っている馬頭観音が彫刻されていたそうです。




とぼとぼ歩いて行くと 街道沿いに立派な家がありました。


重要文化財 土井家住宅


中はどうなっているのか?と思い障子の引き戸を開けたら
普通の人家で、おまけに犬にほえられました。
「失礼しました!」と声をあげ閉めました。すみませんでした。

北方町に入るとこのような街道の案内板になりました。
焼米宿というところ


追分 長崎街道塚崎道と長崎街道塩田道の追分

長崎街道塚崎道へ 塚崎は武雄のこと

案内板要所要所に建っており歩きやすい。


北方宿

本陣 (稗田家)立派な建物が残っており、人が住んでおられます。


九州自動車道 武雄北方ICの出入り口を横切り
高橋宿をぬけて
朝日小学校の校庭南側に武雄市内の街道の案内板があり


いよいよ塚崎宿(武雄)へ入って行きます。
閻魔大王の石像にご挨拶して


武雄市内の案内板。八並の石塔


武雄市内の街道


イベント広場「夢本陣」に到着

昔の地名は「柄崎」といったそうです。

脇本陣跡

ここには「蓬莱門」がありますが現在修復中です。

せっかくなので武雄温泉に浸かり汗を流してさっぱりして
JR武雄温泉駅から鳥栖に帰りました。

今日も足腰がガクガクなってしまいました。

西へ

2013年05月18日 | ノブ
旧長崎街道を西へ向かいます。
この前4月14日に田代宿から佐賀城下まで歩いた続き。

佐賀市内のこの前歩いたところからスタート
今日は何歩あるくかな?万歩計を確認して


佐賀市内の堀


細かい水路が引き込まれいます。


側溝の蓋に旅人の絵が書かれ長崎街道がわかりやすい。
この目印で長崎街道を歩く人や自転車の人とすれ違いながら


恵比寿様が街道沿いにおられ




石の道標




諫早へ


佐賀市内の旧街道は歩きやすい。


街道沿いの古い建物
良く見ると街道にそって斜めに建っています。
上からみると ノコギリの刃ののように建っているそうで
「ノコギリ型家並」と言うのだそうです。
敵が攻めてきたときに 建物を盾にして守るのだそうです。


天気も良くて まだ暑くなく順調に歩いていきます。

高橋 復元されたものだそうでう。




しばらく歩くと 別れの松がありました。

車で通ると気がつきません。
これより西に 森林公園の駐車場あたりが 嘉瀬刑場跡だそうです。

嘉瀬川を越えて

ここは 毎年行われるバルーン大会の会場です。

10時過ぎに久保田宿に到着 国道207号線を歩きます。


さらに歩いて牛津宿




牛津の赤レンガ館 寄ってみました。




倉庫だったそうです。

隣の牛津会館


また街道に戻り


恵比寿さん 3人組


牛津は津でもつ

船を利用して物資が集積されまた送りだされた場所だったそうです。


牛津大橋を渡って 向こうにはJR長崎本線が見えます。


街道には大黒様もおられました。


車で国道34号線を通る時「カンカン石」という案内板を目にしており
いつも何だろうと思ってました。
歩いてみてその場所がわかりました。


小石を拾って たたいてみると カンカンと金属音がしました。

なるほど・・・

まだまだ先は長いので ちょっと一休み。







ちかび

2013年05月12日 | ノブ
どこかへ行きたい。

4月28日にいちき串木野市を歩こうと思いながら
「薩摩街道 出水筋」の道標を見つけ、
そのまま街道をたどって(といってもずいぶん迷って)JR川内駅まで
歩いてしまいました。

それで またいちき串木野市を歩こうと思い
家内の車を借りて 行ってきました。

車を照島海水浴場の近くに駐車し歩き方はじめ!

天気が良くてちょっと暑いか?

まずは照島神社に寄って








神社のある照島をぐるっと一回りして見て歩き




雄淵


甑島航路発祥の地だそうです。


串木野港へ向かって歩いているうちにお昼になり
何か食べなくては・・・
国民宿舎だったホテルに寄って食べようと思いましたが、
たくさんのお客がお食事中でした。

ので観光パンフレットをもらって、簡単な地図を頼りに
近くの食堂に入って かつ丼を注文

結構お客が多く、人気がある食堂みたいでした。
ちょっと濃い味か?汗をかくのでちょうどいいか?

食事を終えて 歩き始め漁協を過ぎて串木野新港へ ここから甑島へ行く船が出ています。
仕事で甑島に行ったことがありますが、遊びで行ってみたいところです。

五反田川にかかる東海大橋を渡り


パンフレットに載っている「ちかび展示館」が気にかかり そこまで歩くことにしました。
本当は羽島浦を目指していたのですが、「ちかび」が気になりそちらへ歩いたら
山の方にあるらしくしばらく上り坂を上ることになり、行っても行っても
それらしき展示館は見あたらず車も来ない。

不安になりながら とぼとぼと一人歩いていたらマイクロバスが追い越して広場に停車。
そこが 駐車場か?と思い近づいたら到着でした。


マイクロバスからは、ご年配の方々が下りてこられ展示館に入って行きました。
それに続いて、入ったら展示館の方に「一緒に説明を聞いてください」と言われ
そのまま無抵抗のまま団体行動の仲間入り。

ちかび展示館 入場料 無料!

パンフの説明。

「ちかび」とは、地下備蓄の略称で石油を地下に備蓄することです。
日本に三カ所ある地下備蓄基地のうち串木野基地は、日本ではじめて
オイルインされた基地で、貯蔵量は175万キロリットルで日本の
消費量の約3日分に当たります。
展示館は、主な四つのコーナーから成っており、多くの方々に
石油備蓄の必要性、重要性を認識いただき、また水封式地下備蓄の
しくみ、特長、安全性についての理解を深めていただく施設です。

熱心に説明を聞く団体。


タンカーは係留ブイに係留索でつながれ石油をフローティングホースで
送り、海底配管から施設に送るような仕組みに成っているそうです。
その模型


地上施設地区の模型


この模型はサンダーバードの基地のように山の部分が持ち上がり


地下の岩盤タンクの模型が現れます。

岩盤タンクは10本あり、1本が高さ22m、幅18m、長さ555mだそうで
175万klの原油を備蓄出来るそうです。

展示館の全容

パネルや模型が展示されています。

よく見るとこの展示館の屋根は丸くトンネル型です。
それもそのはず、ここは岩盤タンクを掘り進んだトンネルの入り口だそうで
奥はこのようになってました。


奥の機械は3連ホイールジャンボという大型特殊削岩機で
実際に使われていたそうです。


ちかびでお勉強して、また トボトボ上ってきた坂道を下りて
それにしても暑い!車を止めた場所へ帰ります。
帰りはいちき串木野市の町中を突っ切ってほぼ直線で戻りました。

今日の散歩でした。






連休終わり

2013年05月06日 | ノブ
5月6日(月)振替休日 連休の最終日。

朝の散歩は永田川の河口へ向かって歩きました。
5:39 桜島から朝日がのぼります。


散歩の途中で見かける花。
この花はなんという花か知りませんが
見るたびにポーランドの国旗に見えます。


明日からまた仕事です。
仕方がないから明日の朝早く行きます。

一人で

2013年05月05日 | ノブ
5月5日(日)今日も畑仕事はありませんでした。
天気が良くてもったいないので、どこかへ行こう!

父の軽トラを借りて 向かった先は竹山です。
小学生のころ 同級生が頂上まで登ったと聞いており
また、YさんやHさんも昔登ったことがあると聞き
登ってみようと思いました。


登る物好きは誰もおらず。ボトボチ登って


竹山神社


由緒書きを読んで


中腹に竹山奥社がある。


竹山神社の左わきに登山道があり登って行きました。
登りは急になって 奥社に着きました。


奥社の前は、昔階段があったようですが壊れてました。
錦江湾の眺め 大隅半島は霞んで見えません。


奥社からさらに上に行けるような道らしきものがあり
といっても 岩場の崖になっていました。

岩場にとりついたら 動けなくなってしまいました。
本当は高所恐怖症なのです。
こんなに高いとは思いませんでした。足がすくんでしまいました。
高い所で、独りぼっちで怖い。あえなく撤退!情けないトホホ。

悔しくて振り返りながら下山!


よく写真で見る風景。ここから撮っていたんだ。

いい眺めです。情けない結果ですが、ここへ来れて良かった。

あとでHさんに聞いたら 落ちたら一貫の終わりというような崖を
よじ登った記憶がるとのこと。
つくづく高所恐怖症を思い知りました。


このままではつまらないので 知林ケ島へ
知林ヶ島は子供のころ行ったきり。何年振りか?

展望台や遊歩道が整備されいると聞いており、観光客も多いと聞いていました。
行ってみたら、連休でもありたくさんの人が訪れていました。

砂州がしっかりと続いており、知林ヶ島へ向かう人、戻ってくる人が
ゾロゾロ歩いていました。


知林ヶ島から魚見岳

山川方面を見ると さっきまで登っていた竹山の山頂部分が見えていました。
(写真では小さくて見えないです。)

海岸から展望所に上がり 南展望所からの指宿市方面。


島の中は遊歩道が整備され、灯台まで行くことができます。




北展望所からの指宿市の眺め

同じく錦江湾の眺め 霞んでいなければ桜島が見えるはずです。


実家の母から「今どこにいるんだ?お昼になる早く帰ってこい」の電話があり

南展望所から海岸に降りる途中の魚見岳方面。
砂州がしっかりと出来ており、よい眺め。


たくさんの人が歩いています。
それにしても一人で歩いているのは自分だけということに気づき
まわりを見ると若いカップルや家族連れだらけ。

おじさんが一人で歩いているなんて 思えばおかしい・・・


竹山にはだれもいませんでしたが、知林ヶ島は大賑わいでした。

実家に戻ったら 家内と長女が車で迎えに来てくれてました。
山川での2日間でした。



後半2日目

2013年05月04日 | ノブ
5月4日(土)みどりの日
実家に泊まっていたので 実家の近くを散歩しました。

集落の古地名を記した標札が建っています。


古い地名は 親たちの会話の中でしか聞くことがありません。
古い地名は、いわれがちゃんとあるようですが、使われないと
風化してしまいます。

古い地名を使わない自分たちは、とっくの昔に忘れてしまいます。


昔からここにあるハゼの木のむこうの空が明るくなってきました。5時23分です。


昨日農作業を手伝った畑

ソラマメ畑の支柱を片付けている途中です。

昨日見つけた巣。ヒバリの巣です。
近づくと親鳥が飛び立ちました。夜の間抱いていたようです。


開聞岳を目指して歩きます。朝が早く誰とも会いません。
元旦にも歩きましたが、暖かくなって気持ちがいいです。
ヒバリやホオジロ、キジなどの野鳥が鳴いています。
繁殖期なので、いろいろ主張しているのでしょうね。


JR西大山駅まで行きました。6時4分

早い時間ですが、県外からこられた観光客も数名おられました。

列車がきてみんな写真を撮ってました。


実家の畑には自家用の南瓜が植えられて花が咲いていました。


せっかくの連休だからどこかにみんなで行こう ということになり
(といってもウチの家族はいないし、H家も用事がある人がおり)
いける人だけで行くことになりました。

父母、妹夫婦、H家からはYさんとK子ちゃんの7名でお出かけ。
「どこへ行く?」「枕崎に新しい駅舎が出来たんだって、新聞に載ってた」
ということで枕材方面に行ってみることにしました。


スーパーの近くに入口があり


その奥に新しい駅舎が出来ていました。


終着駅のしるし。ここが終点。


大相撲の行司さんが書いた「枕崎駅」枕崎の出身です。


駅舎の前に建っていた像

由緒書き

昔、山川まで売りに来ていたそうです。

今日は 枕崎市では「こどもの日 かつおまつり」が行われており
港は大勢の人出でした。

お昼は、枕崎市のB級グルメ「枕崎 鰹船人めし」を食べに行こう!
と密かにねらっていましたが、お昼前というのに、お店には行列が出来ており
ならぶ気にもならず、近くのホカ弁で弁当を買って

火之神公園で 松の木の下にゴザを敷いて 弁当を食べました。


帰りにお土産を買いにかつお公社へ寄ったら
「かつおのぼり」が青空を泳いでいました。


このかつおのぼりは 販売されているそうです。
鰹からつくられる鰹節は、「勝男武士」ともいわれ
たくましい子供につながり縁起物だそうです。

子供が大きくなり それぞれの用事ができて 
一緒に行動する時間が少なくなっています。

それでも 楽しい日でした。

再び実家へ

2013年05月03日 | ノブ
ゴールデンウィークの後半の始まり。
5月3日(金)憲法記念日 朝の散歩
いつもの場所の桜島 すっかり日が昇っています。


11:00発 山川駅行きの列車で再び実家へ戻りました。
谷山駅で乗車しましたが、連休で混んでおり座れません。

動物園が近い五位野駅で家族連れやアベックが下りて座れました。

それでもお客は多い!
まわりの乗客の会話を聞いていると県外からの旅行客らしい。

海側の席に座った乗客は錦江湾越しの桜島や大隅半島などの
景色を楽しんでいました。

山側の座席に座っていたご夫婦は帰りは「絶対海側に座ろう」と
話していました。

初めて乗られた方は、海の上を走っているように感じるのでは?

観光列車に乗れなかった観光客が多くいるようで、「いぶ玉」の
ことを話してました。

指宿駅についたらそのほとんどが下車してしまいました。
一つ先の山川駅まで行ったのは数人でした。

車窓からの山川港。開聞岳も見えます。


駅にはHさんが迎えに来てくれていました。
実家に帰ってお昼をごちそうになり、
午後からはK四郎おじさんの畑を手伝いました。
仕事はソラマメ畑の後片付けでした。




連休の中日

2013年05月02日 | ノブ
4月30日(火)の早朝鳥栖に戻り、暦どおりにお勤めをして

5月1日、2日と道ばたの花を眺めながら朝の散歩して






5月2日(木)の夜に自宅に帰り着きました。

ほっぺの赤いたまげた顔のクマが待ってました。

義母さんが熊本に旅行に行った時のお土産です。

さっそく 水割りでいただきます!
「3日間の労働ご苦労様」とクマが言っていると思いこみながら
いただきます。嗚呼美味しい!