ノブとキョン+2の日々

日頃の出来事を書いています。
楽しく過ごせたらいいなと思います。

海峡の散歩2

2013年07月21日 | ノブ
下関側を歩いています。
対岸は門司 てくてく 陽が照り出し暑い!


赤間神宮にお参りして




赤間神宮にあった芳一堂

この御堂の左側に平家一門のお墓がありました。

境内に日露戦争の戦利品。


関門大橋を振り返りながらてくてく


唐戸市場に到着。相変わらずの大賑わい。

お寿司などを買い求めるお客でごった返してます。
外国の方もお寿司を選んでました。

お昼になったので、海鮮丼をチョイス。500円也
せっかく下関に来たので ふぐの天ぷら、フライもつけました。
一枚100円でした。

すごく美味しかったです。

下関市にゆかりのある金子みすゞの詩
御影石に麦わら帽子姿が写っちゃってます。


門司側から見えていたタワーにたどりつき

高いところが苦手なくせに せっかくなので登ってみました。
外が見えるエレベーターは怖かった。

いい眺め

歩いてきた所をたどって見ます。

巌流島方面の眺め


JR下関駅に着きましたが駅舎は改修工事中でした。
列車に乗って九州に帰ります。


ホームにも金子みすゞの詩がありました。


ホームには「みすゞ潮彩」号が停車中。


思いつきで歩いた散歩コースでしたが、歴史の見どころ満載でした。
自分的には一級の散歩コースでした。
見逃した所もありもう少し予習して歩いた方が良いと反省。
おもしろかった。満足して鳥栖に帰りました。



海峡の散歩

2013年07月21日 | ノブ
休みの日がもったいないので、またJRに乗って出かけました。

またJR門司港駅まで行ってみました。

この前は、旧長崎街道をJR門司駅まで歩いたけど、
しばらく街道歩きは「封印」しているので違うところを歩くつもり。

「封印」した理由は暑いからと勝手に決めたんですが、
今日も暑くて歩くには本当はきつい。

門司港レトロに来てみました。
久しぶりに来たら バナナマンが増えていました。


観光トロッコ列車の線路沿いを関門大橋方面に歩きました。
なぜか行く手に暗雲がひろがってます…いやな予感。


ちょうどトロッコ列車がやってきました。

観光列車でガイドさんが乗っていて手を振ってました。

門司関の石碑

この場所に関所があったんですね。


ノーフォーク広場


ここの公園を過ぎる時、雨がポツリポツリと降り始め
どうなるかと思っていましたが、通り雨でした。

関門大橋に近づいてきました。


大橋の真下を通過。下から見てもすごい。


和布刈神社からの海峡の眺め
潮の流れが左から右へ タグボートが逆流を航行。
見るからに早い流れのようで、ゆっくり進んでいました。


めかり公園を廻り込んでトロッコ列車の終点駅に到着。
古い列車が展示されてました。銀色のボディの機関車 EF30型電気機関車。


引き返して 下関側を望み


人道トンネルへ 歩行者は無料。

エレベーターになっていて海底トンネルに下ります。

トンネルは冷房がきいているのか、ずいぶん涼しかったです。
前に来た時よりもずいぶんきれいになってました。

涼しいから県境を何度も行ったり来たりジョギングしている方も
おられました。別世界の涼しさ。

県境をこえて 山口県へ


下関側からみる門司 外はやっぱり暑い!


馬関戦争 長州砲レプリカ




歴史のある海峡で壇ノ浦の戦いもここでした。



舁山

2013年07月11日 | ノブ
7月10日(水)福岡市内で会議でした。
夕方移動していると交差点で人だかり、近づいてみると
締め込み姿の方が大勢おられました。
そういえば、博多祇園山笠の期間です。


交差点の信号機の時間が調整され大通りに曲がっていきました。

オイサ! オイサ!

今日は夕方の 流舁で「祝儀山」というんだそうです。

泊まったホテルの方に聞いたら明日の朝も舁山が見られるとのこと。
それで朝早く起きて中洲方面に行ってみました。
中洲の中心部に近づくと太鼓の音がして 
締め込み姿の舁き手と舁山が準備中でした。



「朝山」というのだそうです。

舁山が出発 流の区域内を廻るんだそうです。


廻り終えて戻ってきました。




この舁山は幕を張り巡らせた櫓に収納されました。
この櫓には飾山も入っていました。


朝が早く見物していた人は多くありませんでしたが、
場所柄 昨夜のお仕事が終わったお姉さんやお兄さんが見物しており
「なんか変?」な感じがしました。

7月15日がクライマックスの追い山です。

ちょっと先に

2013年07月07日 | ノブ
諫早市内に泊まった翌日JR諫早駅から長崎へ向かいました。

旧長崎街道を歩いていますが、ちょっと先に長崎市内へ
大村線のシーサイドライナー お世話になりました。


「うつつがわ」と車内放送がありどんな字を書くのか
興味あり、特急通過をこの駅で待ちました。

現川とかいて「うつつがわ」、地元の方はよく知っておられると思うけど
知りませんでした。


長崎駅に到着。


長崎市内の体育館で長女の部活が試合をしているので
観光案内所で体育館に行く方法を聞いたらバスで行ける。

長崎市営バスで体育館の近くまで行って大きな体育館でした。


しばらくして試合がはじまり、最初のうちはいい試合を
してましたが、だんだん点数差がつき結局負けてしまいました。
九州の強豪校で上手い選手が多かったそうです。

負けたけれど強いチームとの対戦で「得るものがあった」と言ってました。
ダブルスコアにならないでよかった。


鹿児島(鳥栖からだけど)から試合を見に来ている親は自分だけだと
思っていたら、隣にお座りのご夫婦はモロ鹿児島弁!
わざわざ鹿児島から来られたのか?お仕事でこちらにおられるのか?
はたまた観光をかねて来られたのか?

試合が終了したので体育館を出ました。
降りたバス停でバスに乗り、長崎市内の中心部に向かい
長崎観光をしてきました。

西浜町から歩いてまずは「眼鏡橋」


事前にJR長崎駅でパンフレットをもらっており
「長崎さるく」のさるくコースマップ9「伊良林界隈」を参考にして
パンフレットのコースを逆行することにしました。

「龍馬通り」お墓の中の坂道を登って行きます。

こちらから登っていくのは自分だけ、コースどおり坂道を下ってくる
人たちとすれ違います。天気が良くて暑くみんな汗をかきながら歩いてました。

亀山社中跡に到着

せっかくなので中を見学して

近くのぶーつ像




さらにコースを逆行して登っていき 坂本龍馬之像に到着


長崎港の眺め


「竜馬がゆく」の文学碑

昔熱心に読んでた。

暑いけどいいところだ!もういっちょ龍馬像。視線の先は長崎港


上野彦馬(上野家)の墓も近くにありました。

日本初の商業写真家。

公園の展望台からの長崎港の眺め


ここからは、龍馬像は下の方に見えました。


公園の展望台からの帰りは、「龍馬通り」をはずして
別の方向へ下りて行きました。

途中に神社あり 若宮稲荷神社。
ここにも「坂本龍馬像」がありました。同じ像ですがこちらは小さい像です。


この像は公園にあった龍馬像の現像だそうです。
この辺も坂本龍馬が歩いていたそうです。そんなことが書かれてました。


新大工町方面に歩いていたら
「幕末モニュメント」というものがあり

古い写真機を模したモニュメント。ここは「上野撮影局跡」だそうで
上野彦馬の撮影局の跡だそうです。

新大工町の電停で長崎駅行きの電車に乗って

JR長崎駅に向かいました。

みどりの窓口でキップを買いに
各駅停車で鳥栖に帰ろうと思っていましたが、
「当然特急でしょう」という感じで特急券込みのキップ代を
いわれ、抵抗する気もなく特急で帰ることにしました。

ホームには 佐世保行のシーサイドライナーが停車。
昨日も大村線沿いを歩きながら良く見かけた列車でした。


そして鳥栖に帰る特急「白いかもめ」

さすが特急列車思ったより早く鳥栖に帰りつきました。

長崎市内を先に観光しましたが、旧街道は涼しくなってから
歩きを再開します。まだまだ先は長い。

大村2

2013年07月06日 | ノブ
街道は松原宿に到着。旧松屋旅館




松原宿は昔、立派な松原があったそうですが、
近くに飛行場が出来るため切られてしまったそうです。
海岸の一部に 大手の真珠の会社が寄付した松が植樹されてました。

茶屋跡


敷地内は酒屋さんで 古い塀が残ってます。






雨は上がってきましたが、気温も湿度も上がってきました。
汗がどんどん出ます。

大村市の旧長崎街道の案内板 よく読んで


郡川の渡し ここも橋ではなく飛び石だったそうです。


大村市内へ 雨はすっかりあがり陽がさしてきました。暑い!

歴史のなかの キリシタン弾圧の跡 




大村市内に入って街道がわかりづらくなり 
ちょっと迷ってしまいましたが、道標を発見して軌道修正。


追分石もありました。


街中に入り本町通りのアーケード。


アーケードの手前に脇本陣跡の石碑


旧街道はアーケード街の中を通ってます。大村宿


アーケード内に大村宿の本陣跡がありました。


万歩計を確認


大村宿を過ぎて 起伏のある街道を西に向かいましたが、
蒸し暑さで だいぶくたびれてしまいました。

この先 諫早に向かう峠の山道になっており
今日はここまでと 近くのJR大村線の岩松駅へ向かいました。


佐賀県内を歩いていたときは、5万歩くらいは歩けましたが
くたびれ方を考えれば、いかに佐賀県内は平坦だったか?
7月に入っての暑さがこたえたことなど 歩くには厳しいなと思いました。

鳥栖に帰るには疲れすぎだし、
長崎市内で行われている長女の部活はトーナメントを勝ち上がり
明日まで試合があるとのこと聞き見に行こうと思い、
今日は諫早市内に泊まることしました。

涼しくなるまで 街道歩きは封印と決めました。

大村へ

2013年07月06日 | ノブ
目が覚めたらちょっと曇っている。
まあ 何とかなるだろうと思って、朝早くJRに乗って出かけました。
JR佐賀駅で乗り換え、さらにJR肥前山口駅で乗り換えて、
佐世保行きの列車に乗って西にむかいました。

この前の街道の続きを歩こうと思いJR彼杵駅を目指しました。
ところが 武雄温泉駅についた頃から雨が降り始め、雨脚はどんどん強くなり
列車の車窓をたたきつけるような大雨になりました。

この雨ではどうしようもないと思いながら とにかく早岐駅まで行って
もしダメなら佐世保駅にでも行ってみようとおもって早岐駅に降り立ちました。

しばらく諫早駅行きの列車を待ちながら雨の様子をうかがっていたら
長崎市に部活の遠征で出かけていた長女から電話があり、
「長崎市内は雨は降ってないよ。曇ってるけど」とのこと。

早岐駅ではまだ雨が降っていたけど、南下すれば雨は降らないんだと
思いこみ、当初の計画通り彼杵駅まで行きました。

雨は止んだり降ったりの天気になって 彼杵駅についたら止んでました。
出発前の万歩計の確認をして


でも空は暗い。歩き始めて3分も経たないうちに大雨に降られ
仕方がないので、民家の軒先をお借りして雨宿り
小降りになったところで、傘を取り出し歩き方再開。

この前の続き 彼杵宿から

キリスト教弾圧が厳しかったところだそうです。


この宿場の近くには

二十六聖人船乗り場の跡があり 碑が建ってます。


大村湾沿いに街道は進んでいます。街道の案内を確認。
しかし行く手には厚い雨雲が・・・雨は小雨ですが・・・


傘をさして歩いていましたが、ズボンから下はとっくの前にずぶ濡れ。
靴も靴下も完全に濡れてしまっています。
大村湾と二十六聖人船乗り場跡です。


街道は国道34号線に沿っており 水しぶきをたてながらの車や
走り去るトラックから水たまりの水を浴びながら びっしょり。

千綿宿に入りました。街道の雰囲気。


古い建物も残っており 大切に保存されているようです。


千綿宿をぬけると街道は 起伏のある畑の中を通ってました。


大村湾を見ながら歩き 海岸沿いに国道34号線とJR大村線が通ってます。

街道は下りになり、国道と合流し

しばらくいくと可愛い駅舎がありました。JR千綿駅
木造の趣のある建物でした。


改札口の向こうがホームになっており その先は大村湾です。
多分夕日が映える素敵な駅だと思いました。


国道を渡る歩道橋をのぼり 駅舎を振り返ると

なかなか いい味をだしている海辺の駅でした。

国道をはずれた街道は、畑や田んぼの中をぬけて続いてました。


才貫田というところを過ぎて 街道の案内があれば安心。


さやのごぜん


お参りして


松原宿へ向かいます。